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入試こそ「歴史教育」をゆがめた元凶
2006年11月07日04時03分 / 提供:PJ
【PJ 2006年11月07日】−
校長の自殺者も出るなど全国的な問題となった高校生の「履修不足問題」は、50時間程度の補習授業実施などによって生徒を救済する方向で、政府・与党が合意した。一部の高校では、すでに補習授業も始まっているらしい。しかし、本来1年かけて学習すべきカリキュラムを、短期集中で消化する方策が「教育」と呼べるものなのかは大いに疑問である。とりわけ、国内外でわが国の「歴史教育」が議論の的となっているこの時期に、このような形で生徒が「世界史」や「日本史」を履修したことにしてしまう日本の教育行政には、国際的な信用はもちろん、国民からの信頼も集まらないであろう。
「歴史教育」には、独特の難しさがある。本来、「歴史」というものは過去の客観的事実であるにもかかわらず、それが文字で記述された途端に筆者の歴史観という主観が入り交じる可能性を帯びるからである。昨今の歴史教育論争を見ても、特に「近現代史」の解釈に関連して、歴史認識の主観的な違いから対立が生じている。たとえば南京大虐殺、たとえば東京裁判。関ヶ原の戦いやペリー来航と比べると、歴史的事実というにはまだまだ生臭さを残しているこれらのトピックスを、歴史教育の中でどこまで主観を排し、客観的に解析できるのか。教育者にとっては、語学や数学とは違う困難さを感じつつも、歴史教育の本当の醍醐味を味わえる場面とも言えよう。
一方、わたしたちは「歴史」という教科に何を学ぶべきなのか。歴史を学ぶという行為は、自分が何者なのかを知ることと、将来に向けて今いかなる選択をなすべきかという知恵を得ることにほかならない。地球上にヒトが現れ、人種が分かれ、言語が分かれ、民族が分かれ、それぞれが独自の文化を形成しつつ、争い、融合し、階級を生み、繁栄と没落を繰り返してきた事実を理解せずに「今、あるべくしてある自分」を知ることはできない。そして、自分が何者かを知らぬ者は、直面する問題や紛争の解決に向けて、責任ある発言・責任ある判断を行うことはできまい。歴史的な批判に耐えられる的確な状況判断は、集団の中での個、時間軸の中での個という視点を持たずしてはあり得ないからである。「歴史」は人類の経験の記録であり、そこから教訓を学び取ることが歴史学習の最大の意義なのである。つまり、「歴史」とは考える学問である。
したがって、今回の救済措置のような短期集中授業で「歴史」を教えること、学ぶことは、きわめて難しいと言わなければならない。どんなにまじめな生徒だったとしても、歴史用語や年代を覚えるのに精一杯で、それを自分自身や現代社会に結び付けて考えるような思索の余裕はあるまい。だが、これで歴史学習を履修させたことにしてしまえるところに、文部官僚の「歴史教育」に対する認識の甘さがある。もっとも、これまで国の学習指導要領どおりに「歴史」の授業を実施したとされている高校においても、単なる知識の詰め込みでない「歴史教育」が実践されていたか、どうかは疑わしい。なぜなら、「歴史」が“考える学問”から“単純な暗記科目”におとしめられるのは、今に始まったことではないからである。
わが国の大学入試における「歴史」の出題は、国公立・私立を問わず、長年にわたって知識偏重傾向を推し進めてきた。試験対策として歴史上の地名・人名、年代を正確に覚える作業は、結果的には年表を丸暗記するのと同じ労力を要する。「日本史」以上にボリューム感がある「世界史」が、生徒から敬遠されがちな理由もそこにある。大学入試の「歴史科目」で、重箱の隅をつつくような難問・奇問の出題が長年にわたって繰り返された結果、高校レベル・中学レベルの入試でも「社会科」は記憶量で勝負する科目となってしまった。当然、小・中・高それぞれの段階での「歴史教育」も、入試を意識すればするほど、「効率のいい暗記の仕方」といった受験テクニックにばかり気を取られることになる。
「コロンブスがアメリカ大陸発見に失敗していたら、その後の歴史にどんな違いが現れたと想像できるか」「徳川幕府が鎖国政策を選んだ背景を考え、鎖国をしなかった場合には、当時どのような政策の立案が可能だったか、鎖国政策の対案を検討せよ」「敗戦が濃厚となった日本が、広島と長崎に原爆が投下される前に戦争を終結させることはできなかったのか」とか、正解が一つでなくていいから、その生徒が「歴史」から学んだ生きる知恵や想像力を確かめることができるような出題ができたら、現場の「歴史教育」も変わり、「履修不足」の実質も違っていたのではないか。【了】
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パブリック・ジャーナリスト 成越 秀峰【 神奈川県 】
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「歴史教育」には、独特の難しさがある。本来、「歴史」というものは過去の客観的事実であるにもかかわらず、それが文字で記述された途端に筆者の歴史観という主観が入り交じる可能性を帯びるからである。昨今の歴史教育論争を見ても、特に「近現代史」の解釈に関連して、歴史認識の主観的な違いから対立が生じている。たとえば南京大虐殺、たとえば東京裁判。関ヶ原の戦いやペリー来航と比べると、歴史的事実というにはまだまだ生臭さを残しているこれらのトピックスを、歴史教育の中でどこまで主観を排し、客観的に解析できるのか。教育者にとっては、語学や数学とは違う困難さを感じつつも、歴史教育の本当の醍醐味を味わえる場面とも言えよう。
一方、わたしたちは「歴史」という教科に何を学ぶべきなのか。歴史を学ぶという行為は、自分が何者なのかを知ることと、将来に向けて今いかなる選択をなすべきかという知恵を得ることにほかならない。地球上にヒトが現れ、人種が分かれ、言語が分かれ、民族が分かれ、それぞれが独自の文化を形成しつつ、争い、融合し、階級を生み、繁栄と没落を繰り返してきた事実を理解せずに「今、あるべくしてある自分」を知ることはできない。そして、自分が何者かを知らぬ者は、直面する問題や紛争の解決に向けて、責任ある発言・責任ある判断を行うことはできまい。歴史的な批判に耐えられる的確な状況判断は、集団の中での個、時間軸の中での個という視点を持たずしてはあり得ないからである。「歴史」は人類の経験の記録であり、そこから教訓を学び取ることが歴史学習の最大の意義なのである。つまり、「歴史」とは考える学問である。
したがって、今回の救済措置のような短期集中授業で「歴史」を教えること、学ぶことは、きわめて難しいと言わなければならない。どんなにまじめな生徒だったとしても、歴史用語や年代を覚えるのに精一杯で、それを自分自身や現代社会に結び付けて考えるような思索の余裕はあるまい。だが、これで歴史学習を履修させたことにしてしまえるところに、文部官僚の「歴史教育」に対する認識の甘さがある。もっとも、これまで国の学習指導要領どおりに「歴史」の授業を実施したとされている高校においても、単なる知識の詰め込みでない「歴史教育」が実践されていたか、どうかは疑わしい。なぜなら、「歴史」が“考える学問”から“単純な暗記科目”におとしめられるのは、今に始まったことではないからである。
わが国の大学入試における「歴史」の出題は、国公立・私立を問わず、長年にわたって知識偏重傾向を推し進めてきた。試験対策として歴史上の地名・人名、年代を正確に覚える作業は、結果的には年表を丸暗記するのと同じ労力を要する。「日本史」以上にボリューム感がある「世界史」が、生徒から敬遠されがちな理由もそこにある。大学入試の「歴史科目」で、重箱の隅をつつくような難問・奇問の出題が長年にわたって繰り返された結果、高校レベル・中学レベルの入試でも「社会科」は記憶量で勝負する科目となってしまった。当然、小・中・高それぞれの段階での「歴史教育」も、入試を意識すればするほど、「効率のいい暗記の仕方」といった受験テクニックにばかり気を取られることになる。
「コロンブスがアメリカ大陸発見に失敗していたら、その後の歴史にどんな違いが現れたと想像できるか」「徳川幕府が鎖国政策を選んだ背景を考え、鎖国をしなかった場合には、当時どのような政策の立案が可能だったか、鎖国政策の対案を検討せよ」「敗戦が濃厚となった日本が、広島と長崎に原爆が投下される前に戦争を終結させることはできなかったのか」とか、正解が一つでなくていいから、その生徒が「歴史」から学んだ生きる知恵や想像力を確かめることができるような出題ができたら、現場の「歴史教育」も変わり、「履修不足」の実質も違っていたのではないか。【了】
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