メタボリック症候群は「病気」?
2006年11月02日18時11分 / 提供:PJ
2日、秋の褒章の受賞者が発表された。学術・芸術・スポーツ分野で功績のあった人に贈られる紫綬褒章は、大阪大学名誉教授の松沢佑次氏(65)らが授賞する。松沢名誉教授は、「メタボリックシンドローム」(内臓脂肪症候群)の疾患概念の確立とその診断基準の策定に主導的役割を果たした人物として広く知られている。
インスリンというよく知られたホルモンがある。インスリンは、膵臓のβ細胞が作り出すホルモンで、血液中の糖分(血糖)を細胞の活動エネルギーに変えたり、脂肪やグリコーゲンに変えて肝臓に蓄積したりする働きがある。インスリンの量や働きに異常が起こると、様々な疾患が引き起こされる。インスリンが関係する病気としてよく知られているのは糖尿病で、遺伝的要因などによって膵臓のβ細胞が少ない1型、インスリンの分泌量が低下したりインスリンの働きが悪くなったりする2型がある。
メタボリックシンドロームも、インスリンと密接な関係にあると考えられている。大型の脂肪細胞は、インスリンの働きによって筋肉細胞に取り込まれようとしている糖分を横取りする。筋肉細胞に十分な糖が供給されないため、「インスリンの量が足りない」と脳が判断して、インスリンが大量に生産されるようになり、血中インスリン濃度が高い状態になる。これが「高インスリン血症」と呼ばれる状態である。「高インスリン血症」によってインスリン濃度が高い状態が続くと、高血圧、高トリグリセライド血症、低HDLコレステロール血症、内臓脂肪の蓄積などにつながり、動脈硬化を引き起こす。
動脈硬化を引き起こす様々な疾患群は、内臓脂肪症候群(松沢氏ら、1987)、シンドロームX(Reaven氏ら、1988)、死の四重奏(Deadly Quartet)(Kaplan氏ら、1989)、DeFronzo氏らはインスリン抵抗性症候群(DeFronzo氏ら、1991)などと呼ばれていたが、1998年、世界保健機関(WHO)が公的機関として初めて「メタボリックシンドローム」という名称とその診断基準を提唱したことで、「メタボリックシンドローム」という名称が定着した。
メタボリックシンドロームの診断は、1)空腹時トリグリセライド濃度、2)HDL−コレステロール濃度、3)へその位置での断層撮影による内臓脂肪面積、4)血圧、5)空腹時血糖値などによって行われるが、2005年に松沢氏らが策定した日本における基準では、男性で85センチ、女性で95センチ以上のウエストを「要注意」とし、その上で、血圧や血液検査の結果を併せて診断することになっている。ウエストを測るだけで「要注意」とするのは、手軽に測定できる点で画期的な診断基準である。事実、この診断基準が公表されてから「メタボリックシンドローム」はマスコミに取り上げられ、市民権を得た。2006年には松沢氏を委員長とする「メタボリックシンドローム撲滅委員会」なるものも組織され、全国的な「撲滅」キャンペーンも展開されている。
ただ、男性85センチ、女性90センチのウエスト基準に疑問を投げかける研究者も少なくない。中高年(40〜69)歳の日本人男性の平均ウエストは、84.7センチ。つまり、中高年男性の半数以上はメタボリックシンドローム要注意である。一方、中高年女性の平均ウエストは79.3センチ。平均ウエストが女性のほうが5センチ小さいのに、基準では逆に5センチ大きくなっている。この基準の根拠は、血糖、総コレステロール、血圧などに危険因子を持つ人の内臓脂肪面積の測定によるものだが、サンプル数が数百人と少なく、統計処理にも問題があったとする意見もある。このような指摘に応える意味もあって、ウエスト基準の見直しが検討されている。また、アメリカ糖尿病学会やヨーロッパ糖尿病研究協会は、「メタボリックシンドロームには、さまざまな定義があり、診断基準として確立しておらず、臨床的価値は定まっていない」「心血管疾患のリスクマーカーとしての価値が疑わしい」とする声明を出しており、国際的な議論もある。診断基準に、心疾患と直接的な関係が証明されているLDLコレステロール(いわゆる悪玉コレステロール)濃度が含まれていないことも問題である。
メタボリックシンドロームを、病気の始まりと捉えるべきなのか、単なる健康の指標と見るべきなのか。健康食品会社や製薬会社は「病気の始まり」と捉えたいのかもしれない。中高年男性の半数以上が「罹患」している「病気」が、大きなマーケットを構成するのは確実である。すでに、メタボリックシンドロームの予防啓発パンフレットに、通風治療薬や高血圧治療薬の記載があった例も報告されている。だが、「病気」として保健指導や薬物治療が必要となってしまえば、国民医療費の削減など吹き飛んでしまう。また、病気の始まりとして認識されるようになれば、ウエストの太さによって生命保険や医療保険の保険料が加算される可能性もある。
健康を願わない人はいないと思うが、健康に関する情報があふれている現代社会では、その情報とどうやって付き合うのかも重要だ。テレビを見てウエストを測って愕然として、強迫観念によるストレスを溜め込んだのでは、逆効果な気がする。やれる範囲での運動と、ちょっと我慢の食生活。言い古された健康の秘訣かもしれないが、それが健康への確実な近道だろう。【了】
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インスリンというよく知られたホルモンがある。インスリンは、膵臓のβ細胞が作り出すホルモンで、血液中の糖分(血糖)を細胞の活動エネルギーに変えたり、脂肪やグリコーゲンに変えて肝臓に蓄積したりする働きがある。インスリンの量や働きに異常が起こると、様々な疾患が引き起こされる。インスリンが関係する病気としてよく知られているのは糖尿病で、遺伝的要因などによって膵臓のβ細胞が少ない1型、インスリンの分泌量が低下したりインスリンの働きが悪くなったりする2型がある。
メタボリックシンドロームも、インスリンと密接な関係にあると考えられている。大型の脂肪細胞は、インスリンの働きによって筋肉細胞に取り込まれようとしている糖分を横取りする。筋肉細胞に十分な糖が供給されないため、「インスリンの量が足りない」と脳が判断して、インスリンが大量に生産されるようになり、血中インスリン濃度が高い状態になる。これが「高インスリン血症」と呼ばれる状態である。「高インスリン血症」によってインスリン濃度が高い状態が続くと、高血圧、高トリグリセライド血症、低HDLコレステロール血症、内臓脂肪の蓄積などにつながり、動脈硬化を引き起こす。
動脈硬化を引き起こす様々な疾患群は、内臓脂肪症候群(松沢氏ら、1987)、シンドロームX(Reaven氏ら、1988)、死の四重奏(Deadly Quartet)(Kaplan氏ら、1989)、DeFronzo氏らはインスリン抵抗性症候群(DeFronzo氏ら、1991)などと呼ばれていたが、1998年、世界保健機関(WHO)が公的機関として初めて「メタボリックシンドローム」という名称とその診断基準を提唱したことで、「メタボリックシンドローム」という名称が定着した。
メタボリックシンドロームの診断は、1)空腹時トリグリセライド濃度、2)HDL−コレステロール濃度、3)へその位置での断層撮影による内臓脂肪面積、4)血圧、5)空腹時血糖値などによって行われるが、2005年に松沢氏らが策定した日本における基準では、男性で85センチ、女性で95センチ以上のウエストを「要注意」とし、その上で、血圧や血液検査の結果を併せて診断することになっている。ウエストを測るだけで「要注意」とするのは、手軽に測定できる点で画期的な診断基準である。事実、この診断基準が公表されてから「メタボリックシンドローム」はマスコミに取り上げられ、市民権を得た。2006年には松沢氏を委員長とする「メタボリックシンドローム撲滅委員会」なるものも組織され、全国的な「撲滅」キャンペーンも展開されている。
ただ、男性85センチ、女性90センチのウエスト基準に疑問を投げかける研究者も少なくない。中高年(40〜69)歳の日本人男性の平均ウエストは、84.7センチ。つまり、中高年男性の半数以上はメタボリックシンドローム要注意である。一方、中高年女性の平均ウエストは79.3センチ。平均ウエストが女性のほうが5センチ小さいのに、基準では逆に5センチ大きくなっている。この基準の根拠は、血糖、総コレステロール、血圧などに危険因子を持つ人の内臓脂肪面積の測定によるものだが、サンプル数が数百人と少なく、統計処理にも問題があったとする意見もある。このような指摘に応える意味もあって、ウエスト基準の見直しが検討されている。また、アメリカ糖尿病学会やヨーロッパ糖尿病研究協会は、「メタボリックシンドロームには、さまざまな定義があり、診断基準として確立しておらず、臨床的価値は定まっていない」「心血管疾患のリスクマーカーとしての価値が疑わしい」とする声明を出しており、国際的な議論もある。診断基準に、心疾患と直接的な関係が証明されているLDLコレステロール(いわゆる悪玉コレステロール)濃度が含まれていないことも問題である。
メタボリックシンドロームを、病気の始まりと捉えるべきなのか、単なる健康の指標と見るべきなのか。健康食品会社や製薬会社は「病気の始まり」と捉えたいのかもしれない。中高年男性の半数以上が「罹患」している「病気」が、大きなマーケットを構成するのは確実である。すでに、メタボリックシンドロームの予防啓発パンフレットに、通風治療薬や高血圧治療薬の記載があった例も報告されている。だが、「病気」として保健指導や薬物治療が必要となってしまえば、国民医療費の削減など吹き飛んでしまう。また、病気の始まりとして認識されるようになれば、ウエストの太さによって生命保険や医療保険の保険料が加算される可能性もある。
健康を願わない人はいないと思うが、健康に関する情報があふれている現代社会では、その情報とどうやって付き合うのかも重要だ。テレビを見てウエストを測って愕然として、強迫観念によるストレスを溜め込んだのでは、逆効果な気がする。やれる範囲での運動と、ちょっと我慢の食生活。言い古された健康の秘訣かもしれないが、それが健康への確実な近道だろう。【了】
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パブリック・ジャーナリスト 小林 亮一
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