「うらやす」 日本人が失ってしまったもの。
2006年11月02日18時04分 / 提供:PJ
昨今の事件、世相を見ていると、日本人が失ってしまったものが余りにも多い事を感じてしまう。短絡的に言えば、アメリカ的個人主義・自由主義と日本人の本質の差が、61年の時間を経て具体的に現れ始めて来ているのではないだろうか。
「浦安の国」とよばれたところがあった。東京ディズニーランド所在の千葉県浦安市ではない。「うら」は「心」の意味で、「うらやす」とは「心の安らかこと。不安のないこと」である。字義的に「うら」は「裏」に通じている。「心」は、人の内面、つまりは「うら」であるのだ。「うらさびしく」なっているのが、この国の現状だ。だから、伝統を重んじて「美しい国」を作ろうとする人たちが、出てきても不思議ではないのかも知れない。
しかし、あまりにも「裏」がありすぎるのが、現実だ。単純に判断できない。例えば、「いじめ」というある意味で「心」の問題について、その状況が「あった」「なかった」の言葉に終始しての隠蔽工作などは、その本質からの逃避であって、ひとつしてその解決になっていないことが、はっきりしているではないか。「いじめ」は、最近なって生まれたものではない。「ごめんなさい」「反省します」は、その場のみであって、常に繰り返される「のど元、過ぎれば熱さを忘れる」事でしかない。
日本人はだらしのない生活に慣れすぎてしまって、規則正しく生活することを忘れてしまったようだ。「規範」がなくなってしまっているのだろう。それは、余りにも「マニュアル」に慣れすぎている結果ともいえるのかも知れない。「みんなで渡れば怖くない」式の、妙な公平・平等・自由主義で、「みんな」から外れるものに対しては、異質として排除しか出来ない社会になっている。
人は、環境によって作られる。子供は、親があるから存在し、それは100%親の反映でしかない。親に出来ないことを、社会に依存してしまっては、親としての本来の責任の放棄でしかない。人間以外の動物での親子関係は、生存するための基本の伝承が終わるまでの厳しさがある。「巣立ち」までだ。現代では、この「巣立ち」をどこにするかも難しい状態であるが、「公園デビュー」ということを、社会生活の第一歩とすると、もうそこから親の見栄と競い合いしかなく、親の気に入らなければ付き合わない状態だ。
自然発生的な付き合いは、ほぼないと言ってよいだろう。つまりは、全てが表面的な付き合いになってしまっている。「表」は、システムである。例外があってはならない。その「裏」は、「心」の問題であって、例外ばかりで公式的に解決できることではない。社会(親も含め)が要求しているのは、全てに「表」優先であって、イメージづけられた「よいこ」以外は、認めなくなっているのだ。
「忙しい世の中に、個別に対応する余裕などありません。私達も生きることで精一杯なのです。それをするのが、教育や政治ではないですか!」という言葉が、返ってくることは容易に想像できる。結局、個人としての究極の選択は、全てを他人に依存して、ぬるま湯に漬かった生活をおくるか、厳しくても自分自身をしっかりともって自分に責任ある人生(うらやす)をおくるかである。「浦安の国」とは、日本の美称とされている。【了】
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「浦安の国」とよばれたところがあった。東京ディズニーランド所在の千葉県浦安市ではない。「うら」は「心」の意味で、「うらやす」とは「心の安らかこと。不安のないこと」である。字義的に「うら」は「裏」に通じている。「心」は、人の内面、つまりは「うら」であるのだ。「うらさびしく」なっているのが、この国の現状だ。だから、伝統を重んじて「美しい国」を作ろうとする人たちが、出てきても不思議ではないのかも知れない。
しかし、あまりにも「裏」がありすぎるのが、現実だ。単純に判断できない。例えば、「いじめ」というある意味で「心」の問題について、その状況が「あった」「なかった」の言葉に終始しての隠蔽工作などは、その本質からの逃避であって、ひとつしてその解決になっていないことが、はっきりしているではないか。「いじめ」は、最近なって生まれたものではない。「ごめんなさい」「反省します」は、その場のみであって、常に繰り返される「のど元、過ぎれば熱さを忘れる」事でしかない。
日本人はだらしのない生活に慣れすぎてしまって、規則正しく生活することを忘れてしまったようだ。「規範」がなくなってしまっているのだろう。それは、余りにも「マニュアル」に慣れすぎている結果ともいえるのかも知れない。「みんなで渡れば怖くない」式の、妙な公平・平等・自由主義で、「みんな」から外れるものに対しては、異質として排除しか出来ない社会になっている。
人は、環境によって作られる。子供は、親があるから存在し、それは100%親の反映でしかない。親に出来ないことを、社会に依存してしまっては、親としての本来の責任の放棄でしかない。人間以外の動物での親子関係は、生存するための基本の伝承が終わるまでの厳しさがある。「巣立ち」までだ。現代では、この「巣立ち」をどこにするかも難しい状態であるが、「公園デビュー」ということを、社会生活の第一歩とすると、もうそこから親の見栄と競い合いしかなく、親の気に入らなければ付き合わない状態だ。
自然発生的な付き合いは、ほぼないと言ってよいだろう。つまりは、全てが表面的な付き合いになってしまっている。「表」は、システムである。例外があってはならない。その「裏」は、「心」の問題であって、例外ばかりで公式的に解決できることではない。社会(親も含め)が要求しているのは、全てに「表」優先であって、イメージづけられた「よいこ」以外は、認めなくなっているのだ。
「忙しい世の中に、個別に対応する余裕などありません。私達も生きることで精一杯なのです。それをするのが、教育や政治ではないですか!」という言葉が、返ってくることは容易に想像できる。結局、個人としての究極の選択は、全てを他人に依存して、ぬるま湯に漬かった生活をおくるか、厳しくても自分自身をしっかりともって自分に責任ある人生(うらやす)をおくるかである。「浦安の国」とは、日本の美称とされている。【了】
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パブリック・ジャーナリスト 鈴木 修司
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