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ネット社会における「部落地名総鑑」の卑劣さ

【PJ 2006年10月27日】− 部落地名総鑑がネット上に掲載され、削除されていたことが26日、分かった。法務省人権擁護局は「内容の正誤は不明だが、差別をあおる行為で大変遺憾」とコメントしている。

 わたしが生まれ育った東北地方では、「部落」は「被差別部落」を意味しない。特に年配の人は、「部落」を「集落」を意味する日常語として使っている。一説によれば、中世以前の東北・北海道地方には身分や職業による差別は存在しなかった。被差別部落史研究者の中には、中世以前のこの地域が文化的後進地域であったために被差別部落が存在しなかったとする人もいるようだが、これは、東北・北海道地方全体を「蝦夷」という蔑称で呼ぶことに等しい。しかし、近世には、「文化とともに」、東北・北海道でも一部の城下町や交通の要衝に被差別部落が見られるようになった。被差別部落を作り出すことが「文化」とは、なんと愚かなことか。

 部落差別に限らず、現代のあらゆる差別は、他人をグループ化し、個々の人間としてみることを放棄することから始まる、とわたしは思っている。性別、国籍、人種、出身地、病気。そんなもので人間の価値が決まるはずがない。人間は、その人個人の行動や言動によってのみ評価され得る。

 現在のネット社会の中で、被差別部落を列挙した「部落地名総鑑」は卑劣極まりない存在だと思う。それは、ネット社会そのものが、顔の見えない希薄な人間関係を構築しがちで、相手を一人の人間として評価するのに必要な情報を得るのが難しいからだ。相手を一人の人間として理解できなければ、その人を何らかのグループの一員として認識するほかない。血液型や星座、占いなどによって、グループ分けしたがる風潮も、このような希薄な人間関係によるものであろう。そのような判断の材料に、部落地名総鑑が使われることを心から危惧する。

 部落地名総鑑がネットに出回って、興味本位で入手した人も相当数いると思う。だが、その興味さえも、部落差別に苦しんでいる人に、刃のように突き刺さることをよく分かってほしい。「人の世に熱あれ、人間に光りあれ。」と叫んだ人たちの苦しみを、知って欲しいと思う。【了】

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※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。

パブリック・ジャーナリスト 小林亮一【 宮城県 】
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