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死生観が失われつつある子どもたち(上)

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【PJ 2006年08月30日】− 子供たちの間で「死」に関する意識が希薄化している。死への意識が希薄となる原因として、しばしば少子化や核家族化などの社会構造が指摘される。一昔前は赤ん坊が誕生するのも、年老いた者が大往生を遂げるのも、自宅住居という日常的エリアであった。生と死は、生活のごく身近にあった。

 しかし、現代の都市では、そのエリアが施設にとってかわった。生と死は我々の遠くの施設に預けられて、それは非日常的なものとなった。非日常的でない様々ものに対して、現代人の意識は希薄化している。死生観はその典型ともいえる。現代の科学や論理では説明のつかぬ死生観は、現代の都市型社会において次第に面倒で邪魔なものとして扱われ始めている。

 加えて少子化の社会によって、子供たちは親類の生にたちあう機会が減った。一人っ子の家庭が増えており、弟や妹の誕生にたちあう事は少なくなった。また、核家族化によって子供たちは祖父や祖母や親類などの、死にたちあうことも少なくなった。子供たちが生死に触れる機会が一昔に比べ格段に減った事は確かだ。そして生死に対してのリアリティを持てなくなったのも、自分の目で現実の生と死を見たことがないからである。

 その現代において子供たちが、生死に対して無頓着で無知になるのは、至極当然の結果であるとも考えられる。無論、悲しいことであるが。失われる死生観を復活させるために、まさに社会が努力を尽くさなければ、現代の子供たちは、“生”の喜びや“死の”尊さ、ものの哀れを知らぬまま社会生活を行うことになる。

 生死の意識は道徳や情緒の基盤となる。また死生観無くしては伝わらぬ教養や文化、感動がある。正しい生と死の意識を知らぬまま、子供たちが育ってしまうことは、当人は当然のこと、社会全体にとっても不利益なことである。【つづく】

※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。

パブリック・ジャーナリスト 藤原 和也【 大阪府 】
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