マスコミの戦争責任を考える(5)
2006年08月19日09時29分 / 提供:PJオピニオン
(4)からのつづき。
(5)スポーツを戦争賛美と販拡活動の道具にしたマスコミ
この原稿を書いている06年8月半ば、例年のごとく高校野球の熱戦が甲子園球場で繰り広げられています。みなさんもご存じのように、8月15日正午の甲子園では、ある儀式が行われます。サイレンの音と共に高校球児や観客が戦没者にささげる1分間の黙とうです。日時こそ違いましたが、この黙とう自体は日中戦争勃発後の1938年大会から始まりました。今年で88回目を迎えた全国高校野球大会は1915年、朝日新聞の主催で始まった歴史があります。
国内新聞社が経営の安定化と拡大化を意図した商業主義路線を歩み出したのは、「大新聞」が消滅した後の大正時代に入ってからです。その頃、明治以降に海外から輸入された野球や陸上競技など近代スポーツが日本国内で徐々に定着し始め、それが人々に興味を持って観られる対象になりました。そして、スポーツ・ジャーナリズムの分野が誕生し、メディアが積極的にかかわるイベント、メディア・イベントを介したスポーツ報道が盛んになってきました。新聞社の経済的成長を支えた一因が、スポーツ報道と言われています。
スポーツのメディア・イベントの発端は、大阪毎日新聞が主催した1905年の「大阪湾10マイル競泳大会」だといわれています。これは水泳教室を開いていた大阪毎日と海水浴場までの路線をもっていた南海電鉄のコラボレーションといってよいでしょう。市民のスポーツへの関心を高めると同時に、新聞の拡販運動と企業の広告戦略に結びつきました。
政論活動を運動会の中に包み隠した政論新聞
明治後期の厳しい言論統制の時代には、スポーツ・イベントが政論活動としての意味合いも持ちました。政府は1901年、治安警察法を制定して、労働者の団結権や罷業権を制限する対策を打ち出しました。こうした中、三井財閥批判や廃娼キャンペーン報道を繰り広げていた二六新報社は同年、第一回日本労働者大懇親会と労働者運動会を同時に開催しました。
この運動会はその実、弾圧を受けていた自由民権主義者による「壮士運動会」と銘打った政治集会だったのです。ここで繰り広げられた数々の競技名が興味深いので紹介します。競技には、運動会という平和・文化的なイベントに不釣り合いな「圧制棒倒し」「自由の旗奪い合い」「政権争奪騎馬合戦」といった名前が冠されていました。二六新報などの政論新聞は、自らが主催するスポーツ・イベントの中に政治的弾圧を受けていた労働運動を包み隠して報道するという形態で、政論活動を行っていたのです。
野球観を一転させた朝日新聞、商業発展のため
朝日新聞と野球とのかかわりを紐解くと、興味深い事実に出くわします。朝日新聞は明治後期、紙面上で1カ月にわたり、新渡戸稲造や乃木希典らを動員して、「野球と害毒」と銘打った野球害毒論を展開していました。
それが1915(大正4)年になると一転して、野球と教育の相互作用を説くようになり、大阪朝日新聞は全国中等学校野球優勝大会(現在の夏の甲子園)を主催したのです。同紙は大会主催にあたって「運動競技界における最も必要なことはよき鞭撻であり、監視であり、更によき指導であるといへよう。・・・積極的に各種の競技を自ら計画し又は後援するようになったのも、この精神から出発したものに外ならぬ」と表明しました。1923年には社会部から運動部を独立させ、同時にスポーツ雑誌『アサヒ・スポーツ』を発行しました。スポーツ・イベントが朝日新聞の商業的発展に大きく寄与したのは、いうまでもありません。
オリンピックを戦争賛美の道具にするマスコミ
その後、国内スポーツ・ジャーナリズムは発展の一途をたどりました。そして、戦争美化にも利用されてしまいました。1936年、ベルリン五輪の男子マラソンで、朝鮮半島出身の孫基禎選手が優勝、南昇竜選手が3位に入る成績を残しました。同年8月16日付「東京朝日新聞」の社説は「特に忍苦24年のマラソンにおいて半島出身の選手が二人まで勝利の栄冠を戴いたことは、内朝融和の精神的効果においても、極めて意義深く、また甚だ価値高き事象といはなければならない」などと日本の侵略政策を正当化する論調を披露しました。
一方、抑圧された側の朝鮮紙「東亜日報」は同年8月25日、胸の日の丸を消した孫選手の写真を掲載しました。いわゆる「日の丸抹消事件」といわれている事件で、日本の当局は同紙を無期限の発行禁止処分にしました。
また、日中戦争に突入していた1938年には、マスコミはスポーツを「国防体育」に変質させてしまいました。毎日新聞の前身、東京日日新聞はこの年、陸・海軍省と国民精神総動員中央連盟などの後援を得て「第一回関東地方青年学校国防体育大会」を開催しました。同紙はこの大会を主催するに当たって紙面上で「待望の日はきた。青年学校教練科の延長たる国防体育運動・・・颯爽として登場した『国防体育』の眞姿を観戦されたい・・・」などと報じました。また、夏の甲子園は「激烈なる列国競争裡」の世界で勝ち抜くための「国民元気の養成」の場となり国家への犠牲的忠誠を象徴するメディア・イベントと変わり果ててしまいました。【つづく】
■関連情報
第1回
第2回
第3回
第4回
引用・参考文献
・有山輝雄著『「民衆」の時代から「大衆」の時代へ−明治末期から大正期のメディア』(有山輝雄・竹山昭子編『メディア史を学ぶ人のために』第4章)、世界思想社、2004年
・飯田泰三著『批判精神の航跡−近代日本精神史の一稜線』筑摩書房、1997年
・有山輝雄著『総動員体制とメディア』(有山輝雄・竹山昭子編『メディア史を学ぶ人のために』第9章)、世界思想社、2004年
・内川芳美著『マス・メディア法政策史研究』有斐閣、1989年
・佐藤卓己著『現代メディア史』岩波書店、1998年
・佐藤卓己著『言論統制−情報官・鈴木庫三と教育の国防国家』中公新書、2004年
・川上和久著『情報操作のトリック−その歴史と方法』講談社現代新書、1994年
・佐藤卓己著『メディア社会−現代を読み解く視点』岩波新書、2006年
・田村紀雄・林利隆編『新版ジャーナリズムを学ぶ人のために』世界思想社、1999年
・小田光康著『「スポーツジャーナリスト」という仕事』出版文化社、2005年
・美作太郎・藤田親昌・渡辺潔著『言論の敗北−横浜事件の真実』三一新書、1959年
(5)スポーツを戦争賛美と販拡活動の道具にしたマスコミ
この原稿を書いている06年8月半ば、例年のごとく高校野球の熱戦が甲子園球場で繰り広げられています。みなさんもご存じのように、8月15日正午の甲子園では、ある儀式が行われます。サイレンの音と共に高校球児や観客が戦没者にささげる1分間の黙とうです。日時こそ違いましたが、この黙とう自体は日中戦争勃発後の1938年大会から始まりました。今年で88回目を迎えた全国高校野球大会は1915年、朝日新聞の主催で始まった歴史があります。
国内新聞社が経営の安定化と拡大化を意図した商業主義路線を歩み出したのは、「大新聞」が消滅した後の大正時代に入ってからです。その頃、明治以降に海外から輸入された野球や陸上競技など近代スポーツが日本国内で徐々に定着し始め、それが人々に興味を持って観られる対象になりました。そして、スポーツ・ジャーナリズムの分野が誕生し、メディアが積極的にかかわるイベント、メディア・イベントを介したスポーツ報道が盛んになってきました。新聞社の経済的成長を支えた一因が、スポーツ報道と言われています。
スポーツのメディア・イベントの発端は、大阪毎日新聞が主催した1905年の「大阪湾10マイル競泳大会」だといわれています。これは水泳教室を開いていた大阪毎日と海水浴場までの路線をもっていた南海電鉄のコラボレーションといってよいでしょう。市民のスポーツへの関心を高めると同時に、新聞の拡販運動と企業の広告戦略に結びつきました。
政論活動を運動会の中に包み隠した政論新聞
明治後期の厳しい言論統制の時代には、スポーツ・イベントが政論活動としての意味合いも持ちました。政府は1901年、治安警察法を制定して、労働者の団結権や罷業権を制限する対策を打ち出しました。こうした中、三井財閥批判や廃娼キャンペーン報道を繰り広げていた二六新報社は同年、第一回日本労働者大懇親会と労働者運動会を同時に開催しました。
この運動会はその実、弾圧を受けていた自由民権主義者による「壮士運動会」と銘打った政治集会だったのです。ここで繰り広げられた数々の競技名が興味深いので紹介します。競技には、運動会という平和・文化的なイベントに不釣り合いな「圧制棒倒し」「自由の旗奪い合い」「政権争奪騎馬合戦」といった名前が冠されていました。二六新報などの政論新聞は、自らが主催するスポーツ・イベントの中に政治的弾圧を受けていた労働運動を包み隠して報道するという形態で、政論活動を行っていたのです。
野球観を一転させた朝日新聞、商業発展のため
朝日新聞と野球とのかかわりを紐解くと、興味深い事実に出くわします。朝日新聞は明治後期、紙面上で1カ月にわたり、新渡戸稲造や乃木希典らを動員して、「野球と害毒」と銘打った野球害毒論を展開していました。
それが1915(大正4)年になると一転して、野球と教育の相互作用を説くようになり、大阪朝日新聞は全国中等学校野球優勝大会(現在の夏の甲子園)を主催したのです。同紙は大会主催にあたって「運動競技界における最も必要なことはよき鞭撻であり、監視であり、更によき指導であるといへよう。・・・積極的に各種の競技を自ら計画し又は後援するようになったのも、この精神から出発したものに外ならぬ」と表明しました。1923年には社会部から運動部を独立させ、同時にスポーツ雑誌『アサヒ・スポーツ』を発行しました。スポーツ・イベントが朝日新聞の商業的発展に大きく寄与したのは、いうまでもありません。
オリンピックを戦争賛美の道具にするマスコミ
その後、国内スポーツ・ジャーナリズムは発展の一途をたどりました。そして、戦争美化にも利用されてしまいました。1936年、ベルリン五輪の男子マラソンで、朝鮮半島出身の孫基禎選手が優勝、南昇竜選手が3位に入る成績を残しました。同年8月16日付「東京朝日新聞」の社説は「特に忍苦24年のマラソンにおいて半島出身の選手が二人まで勝利の栄冠を戴いたことは、内朝融和の精神的効果においても、極めて意義深く、また甚だ価値高き事象といはなければならない」などと日本の侵略政策を正当化する論調を披露しました。
一方、抑圧された側の朝鮮紙「東亜日報」は同年8月25日、胸の日の丸を消した孫選手の写真を掲載しました。いわゆる「日の丸抹消事件」といわれている事件で、日本の当局は同紙を無期限の発行禁止処分にしました。
また、日中戦争に突入していた1938年には、マスコミはスポーツを「国防体育」に変質させてしまいました。毎日新聞の前身、東京日日新聞はこの年、陸・海軍省と国民精神総動員中央連盟などの後援を得て「第一回関東地方青年学校国防体育大会」を開催しました。同紙はこの大会を主催するに当たって紙面上で「待望の日はきた。青年学校教練科の延長たる国防体育運動・・・颯爽として登場した『国防体育』の眞姿を観戦されたい・・・」などと報じました。また、夏の甲子園は「激烈なる列国競争裡」の世界で勝ち抜くための「国民元気の養成」の場となり国家への犠牲的忠誠を象徴するメディア・イベントと変わり果ててしまいました。【つづく】
■関連情報
第1回
第2回
第3回
第4回
引用・参考文献
・有山輝雄著『「民衆」の時代から「大衆」の時代へ−明治末期から大正期のメディア』(有山輝雄・竹山昭子編『メディア史を学ぶ人のために』第4章)、世界思想社、2004年
・飯田泰三著『批判精神の航跡−近代日本精神史の一稜線』筑摩書房、1997年
・有山輝雄著『総動員体制とメディア』(有山輝雄・竹山昭子編『メディア史を学ぶ人のために』第9章)、世界思想社、2004年
・内川芳美著『マス・メディア法政策史研究』有斐閣、1989年
・佐藤卓己著『現代メディア史』岩波書店、1998年
・佐藤卓己著『言論統制−情報官・鈴木庫三と教育の国防国家』中公新書、2004年
・川上和久著『情報操作のトリック−その歴史と方法』講談社現代新書、1994年
・佐藤卓己著『メディア社会−現代を読み解く視点』岩波新書、2006年
・田村紀雄・林利隆編『新版ジャーナリズムを学ぶ人のために』世界思想社、1999年
・小田光康著『「スポーツジャーナリスト」という仕事』出版文化社、2005年
・美作太郎・藤田親昌・渡辺潔著『言論の敗北−横浜事件の真実』三一新書、1959年
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