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8・14大阪大空襲を考える=市民の意見30・関西

8・14大阪大空襲を考える=市民の意見30・関西
集会に参加した市民らに、自身の戦争体験を話す小田実氏。14日、大阪市立弁天町市民学習センターにて(撮影:渡辺直子)
【PJ 2006年08月15日】− 兵庫県西宮市在住の作家で、「市民の意見30・関西」代表の小田実氏が14日、講演会「8・14と九条」を、大阪市立弁天町市民学習センターで開いた。

 同会は「すでに、日本政府が降伏を決めていた14日の大阪空襲は、市民に無意味な死を強いた。戦争はそれが行われる限り、どの戦争も「無意味な死」を市民に強いることになる。大阪大空襲は、そのことをむき出しの戦争の本質として私たちに示している」と市民に訴えかけ、91年から毎年8月14日前後に、この空襲の意味を考える集会を開催しているという。

 集会で、小田氏は「私は、大阪で3度の大空襲を体験しました。1度目は、1945年3月14日、2度目は6月15日、3度目が、8月14日でした。8月14日は終戦の前日で、私はその時、防空壕の中にいました」と語った。

 さらに「防空壕は、兄が家の庭に手で穴を掘り、どこかで拾ってきたトタン板で覆い、土を乗せただけのものだった。日本政府は、防空壕を作れと言っただけで、作るための釘一本くれなかった。私はその防空壕の中で、震えながら大空襲の時間を過ごしました」と続けた。

 そして小田氏は「アメリカはB29で1トン爆弾とともに、『お国の政府が降伏して、戦争が終わりました』と書いたビラを投下し、私はそのビラを拾いました。そのビラの字は、日本語で書かれていました。20時間後、天皇の放送はその文面が真実であることを告げていました」と、大阪大空襲における自身の体験を、集会に参加した市民らに話した。

 さらに、小田氏は、戦没者慰霊について、「大空襲があった日に、ただ、亡くなった人のことを、かわいそうだということが慰霊ではない。一体、彼らが、何のために殺されたのか、一人一人が、考えることが、8・14集会の主旨でもあるのだ」と強調した。【了】
※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。

パブリック・ジャーナリスト 渡辺 直子【 兵庫県 】
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