日本の美術界に一言
【ライブドア・ニュース 2006年06月17日】− 6月14日。国立新美術館(港区六本木)の竣工(しゅんこう)式。ヒルズのすぐそばということもあり、S記者に同道させてもらう。もともと美術は好きなので、記事は本チャンのS君にまかせて、見学会気分で参加というわけだ。広い。そして、立派な建物である。展示スペースは1万4000平方メートル(12室)もあり、延べ床面積に至っては4万8000平方メートル、まさに国内最大級の美術館といっていいだろう。建物正面の曲線の壁は全面ガラス張りの様相で、環境を配慮して紫外線は100パーセントカットする代物だとか。設計者の黒川紀章氏の言葉を借りるなら、「自然や環境との共生を配慮した、考え抜いた建物」ということになるのだろう。
最初は「またこんな箱物を作ってしまって、税金のムダ遣いの繰り返しか…」などと考えた。しかし、この際グチはやめておこう。ここは自館での美術品収集はやらず、公募展、企画展を中心に運営するとのことだが、アマチュアを含めて多くの人が利用できる施設として発展することを望んでいる。
とは言いながらも、私は美術ファンの一人として、日本の美術館や美術教育の現状には大いに不満がある。まず、入場料が高いこと。国立美術館等の企画展でも、1400〜1600円ほども取られることはけっこうある。作品の借り出しに大きな費用がかかることは分かるが、せめて800〜1000円という値段が、愛好者の裾野(すその)を広げるための必要条件ではないだろうか。
そしてもう一点は、話の種のためだけに訪れる人が余りに多過ぎることだ。平日の昼間に訪れると、中高年の女性の姿が多いことに驚くはずである。そして、多くはグループ連れで、常に「この絵は見たことがある。○○の方がいいわね」とおしゃべりに忙しい。気分を害されること夥(おびただ)しい。
思うに、日本の美術教育に造形教育はあっても鑑賞教育はなきに等しい。ヨーロッパなどでは、小・中学生に美術鑑賞のノウハウを教えるのは当たり前のことであり、先生に引率されて頻繁に近所の美術施設を訪れる。私もアムステルダムの国立絵画館で、かのレンブラントの『夜警』の前に陣取って、廊下に座り込んだまま教師の説明を聞く小・中学生の一群に度肝を抜かれたことがある。しかし、これでいいのだと思う。絵画の意味合いがきちんと分かれば、後年、必ず自らの意思で美術散歩を楽しむことになるからだ。
紙数の関係で意を尽くせないが、要するに日本では美術が一部の人の特異的な意識や活動の対象になっており(今回の絵画偽造事件を思い出して欲しい)、一般人の目が届きにくいのだ。芸術は万人のもの、ましてや「イイ物はイイ」と言える環境と施設づくりがなされなければ、それこそ国立新美術館の名が泣くだろう。【了】



