今週のお役立ち情報
過熱した事件報道、消えた「推定無罪の法理」
2006年06月08日14時06分
【PJ 2006年06月08日】− 秋田県藤里町の小学1年生(7)が殺害された事件で、秋田県警捜査本部は4日深夜に、今年4月に水死体で発見された小学4年生児童(9)の母親(33)を、死体遺棄容疑で逮捕したと発表。母親の逮捕を受けて翌日の新聞各紙は大々的に報道した。(一部地方紙は締め切りの関係上「逮捕状を請求」「任意で事情聴取」と報道)テレビも朝から情報番組で容疑者逮捕のニュースを流した。
だが、この事件は週刊誌が先行して過熱報道を繰り広げ「週刊新潮」6月1日号は「『犯人』はわかっている!」「新聞が書けない『秋田の児童殺人』」の見出しで6ページの特集を組み、「週刊現代」や「週刊文春」などが加わり、母親のプライバシーなどを書いた。「週刊朝日」「週刊ポスト」などが母親の「犯人ではない」との主張を掲載したが、逆に母親が怪しいという印象を与えてしまった。あまりの過熱ぶりに5日付読売新聞は「一部週刊誌は過熱取材 新聞・TVも自浄作用必要」との記事を掲載し、同じく6日付読売新聞は「過熱取材防止 課題残る」や、6日付朝日新聞「報道被害、どう防ぐ」は、過熱した取材現場、報道のあり方を取り上げた。
元共同通信記者で同志社大学社会学部メディア学科教授の浅野健一氏は、一連のテレビでの事件報道について「テレビ報道には、当局に捕まった市民に対し、裁判で有罪が確定するまでは無罪を推定されるという無罪推定の法理を尊重する姿勢が全くない」と批判する。また、母親が4日午前6時頃から延べ17時間に及ぶ“任意”での事情聴取を受けた後に逮捕という点についても、浅野教授は「報道には17時間もの『任意』の聴取というのはありうるのかという批判的視点も懐疑的な姿勢も全くない」と指摘する。6日付常陽新聞では「捜査本部によると、容疑者が前夜の調べを終え、休んだのは5日未明。体調が優れない様子だが、調べに支障はない程度という」と報道されているように、捜査に行きすぎがないか危惧される。
当初から、秋田県警は「被害者支援の一環でマスコミ対策」の名目に、警察車両を24時間待機させ、「過熱取材からの被害者保護を口実に、容疑者としてマークしている人物の行動監視をしていた感が否めない」「取材攻勢から身を守ってくれるはずの警察が、実は身柄の拘束を狙っていたことになり、被害者保護を捜査機関である警察に任せる危うさが浮き彫りになったと言える」(5日付読売新聞より)と、被害者支援の取り組みを都合よく利用していた実態がうかがえる。
容疑者の母親と秋田県警の間では、水死体で発見された小学4年生の子供の死因をめぐって、「事故死」で片付けようとする県警側と、再捜査を求める母親が対立し、母親はテレビ朝日の「テレビのチカラ」に登場し、子供の水死の再捜査を訴えていた。
しかし、警察に逮捕されたことで状況が一変し、「FLASH」6月20日号では「鬼母逮捕!」の見出しが付けられ、あたかも自分の子供と小学1年生児童を殺したかのような印象を与える記事が掲載された。また、テレビ各局は自宅前に陣取る報道陣に向かって「撤収してください」と叫び、カメラを叩くシーンを繰り返し放送したうえ、コメンテーターによる発言で「いかにも怪しい人物」の印象を与える番組構成を行った。
新聞各紙も「これで○○君(記事では実名)も浮かばれると思う。小さな町でいろんなうわさが飛び交い、皆が疑心暗鬼になっていた。容疑者逮捕で少し安心した」(6日付茨城新聞より)と、いうコメントを掲載し、容疑者を加害者と断定した記事を掲載している。
浅野教授は「今回の事件でも集団的取材による個人と地域に対する名誉・プライバシー侵害が問題になった」と集団的取材による人権侵害(メディア・フレンジング、media frenzying)を問題視し、週刊誌の報道についても「週刊誌への情報提供者は新聞、通信社の記者であろう。記者たちが県警幹部や捜査員から得た情報がほとんどだ」と週刊誌記事の手の内を明かした。
また、浅野教授は、新聞報道についてもテレビ同様に「今回の事件報道を見ていると、NHK、共同通信も含め、当局に捕まった瞬間から、被疑者を犯人と断定している。その後は、DNAが一致した、タイヤ痕がどうしたとか、殺害をほのめかし始めたなど捜査当局がリークした情報を裏取りもせずに垂れ流している。こうした情報源、情報の入手ルートが全く明示されず、『一致した』『分かった』などと書いて、根拠もなく捜査を神聖視する姿勢は全くない」と改めて批判し、「過去の松本サリン事件などの冤罪事件の経験が全く生かされていないように思えるが、逮捕をクライマックスにする犯罪報道のあり方を根本的に、裁判報道に変えていくなどの改革が必要だ」と、犯罪報道の改革を提唱した。
2009年(平成21年度)から裁判員制度が導入されるが、「推定無罪の法理」を無視し、マスコミ報道による予断と偏見を持った裁判員に裁かれるのでは、刑事裁判の信頼性が問われる。ましてやインターネットが普及している現在、インターネット掲示板の書きこみに影響された裁判員ならば、なおさら予断と偏見に基づいた公判が行われる恐れさえある。「警察が逮捕=犯罪者=有罪認定」というまるで江戸時代並みの単純な考えがまかり通るならば、1967年に茨城県利根町で起きた布川事件の再来は避けられない。「推定無罪の法理」という法律の世界の常識を口にしただけで、「人殺しの味方」とレッテルを貼るのは問題がある。日本は仮にも法治国家である。また、法によらない「2ちゃんねるリンチ」は、誰の為にもならない自己満足の愚行でしかないことを認識しなければならない。【了】
※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。
パブリック・ジャーナリスト 崎山 勝功【 茨城県 】
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だが、この事件は週刊誌が先行して過熱報道を繰り広げ「週刊新潮」6月1日号は「『犯人』はわかっている!」「新聞が書けない『秋田の児童殺人』」の見出しで6ページの特集を組み、「週刊現代」や「週刊文春」などが加わり、母親のプライバシーなどを書いた。「週刊朝日」「週刊ポスト」などが母親の「犯人ではない」との主張を掲載したが、逆に母親が怪しいという印象を与えてしまった。あまりの過熱ぶりに5日付読売新聞は「一部週刊誌は過熱取材 新聞・TVも自浄作用必要」との記事を掲載し、同じく6日付読売新聞は「過熱取材防止 課題残る」や、6日付朝日新聞「報道被害、どう防ぐ」は、過熱した取材現場、報道のあり方を取り上げた。
元共同通信記者で同志社大学社会学部メディア学科教授の浅野健一氏は、一連のテレビでの事件報道について「テレビ報道には、当局に捕まった市民に対し、裁判で有罪が確定するまでは無罪を推定されるという無罪推定の法理を尊重する姿勢が全くない」と批判する。また、母親が4日午前6時頃から延べ17時間に及ぶ“任意”での事情聴取を受けた後に逮捕という点についても、浅野教授は「報道には17時間もの『任意』の聴取というのはありうるのかという批判的視点も懐疑的な姿勢も全くない」と指摘する。6日付常陽新聞では「捜査本部によると、容疑者が前夜の調べを終え、休んだのは5日未明。体調が優れない様子だが、調べに支障はない程度という」と報道されているように、捜査に行きすぎがないか危惧される。
当初から、秋田県警は「被害者支援の一環でマスコミ対策」の名目に、警察車両を24時間待機させ、「過熱取材からの被害者保護を口実に、容疑者としてマークしている人物の行動監視をしていた感が否めない」「取材攻勢から身を守ってくれるはずの警察が、実は身柄の拘束を狙っていたことになり、被害者保護を捜査機関である警察に任せる危うさが浮き彫りになったと言える」(5日付読売新聞より)と、被害者支援の取り組みを都合よく利用していた実態がうかがえる。
容疑者の母親と秋田県警の間では、水死体で発見された小学4年生の子供の死因をめぐって、「事故死」で片付けようとする県警側と、再捜査を求める母親が対立し、母親はテレビ朝日の「テレビのチカラ」に登場し、子供の水死の再捜査を訴えていた。
しかし、警察に逮捕されたことで状況が一変し、「FLASH」6月20日号では「鬼母逮捕!」の見出しが付けられ、あたかも自分の子供と小学1年生児童を殺したかのような印象を与える記事が掲載された。また、テレビ各局は自宅前に陣取る報道陣に向かって「撤収してください」と叫び、カメラを叩くシーンを繰り返し放送したうえ、コメンテーターによる発言で「いかにも怪しい人物」の印象を与える番組構成を行った。
新聞各紙も「これで○○君(記事では実名)も浮かばれると思う。小さな町でいろんなうわさが飛び交い、皆が疑心暗鬼になっていた。容疑者逮捕で少し安心した」(6日付茨城新聞より)と、いうコメントを掲載し、容疑者を加害者と断定した記事を掲載している。
浅野教授は「今回の事件でも集団的取材による個人と地域に対する名誉・プライバシー侵害が問題になった」と集団的取材による人権侵害(メディア・フレンジング、media frenzying)を問題視し、週刊誌の報道についても「週刊誌への情報提供者は新聞、通信社の記者であろう。記者たちが県警幹部や捜査員から得た情報がほとんどだ」と週刊誌記事の手の内を明かした。
また、浅野教授は、新聞報道についてもテレビ同様に「今回の事件報道を見ていると、NHK、共同通信も含め、当局に捕まった瞬間から、被疑者を犯人と断定している。その後は、DNAが一致した、タイヤ痕がどうしたとか、殺害をほのめかし始めたなど捜査当局がリークした情報を裏取りもせずに垂れ流している。こうした情報源、情報の入手ルートが全く明示されず、『一致した』『分かった』などと書いて、根拠もなく捜査を神聖視する姿勢は全くない」と改めて批判し、「過去の松本サリン事件などの冤罪事件の経験が全く生かされていないように思えるが、逮捕をクライマックスにする犯罪報道のあり方を根本的に、裁判報道に変えていくなどの改革が必要だ」と、犯罪報道の改革を提唱した。
2009年(平成21年度)から裁判員制度が導入されるが、「推定無罪の法理」を無視し、マスコミ報道による予断と偏見を持った裁判員に裁かれるのでは、刑事裁判の信頼性が問われる。ましてやインターネットが普及している現在、インターネット掲示板の書きこみに影響された裁判員ならば、なおさら予断と偏見に基づいた公判が行われる恐れさえある。「警察が逮捕=犯罪者=有罪認定」というまるで江戸時代並みの単純な考えがまかり通るならば、1967年に茨城県利根町で起きた布川事件の再来は避けられない。「推定無罪の法理」という法律の世界の常識を口にしただけで、「人殺しの味方」とレッテルを貼るのは問題がある。日本は仮にも法治国家である。また、法によらない「2ちゃんねるリンチ」は、誰の為にもならない自己満足の愚行でしかないことを認識しなければならない。【了】
※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。
パブリック・ジャーナリスト 崎山 勝功【 茨城県 】
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