ライブドア・ニュースのインタビューに答えて、代用監獄での経験を語る大西さん。(撮影:徳永裕介)

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法務省が管轄する拘置所の代わりに、警察署内の留置所に被疑者の身柄を置き、警察が取り調べをする代用監獄。えん罪の温床との指摘もあるが、実際にはどのように運用されているのか。東京都立川市の自衛隊官舎に反戦ビラを配ったとして、メンバー2人とともに逮捕され、拘置所を含めて75日間勾留(こうりゅう)された反戦団体「立川自衛隊監視テント村」の大西章寛さんに話を聞いた。


──逮捕されてから、どのような対応を受けましたか。

 朝、逮捕され、私は立川署に送られました。それから留置所での23日間の取り調べが始まりました。

 取り調べは3人の刑事が入れ替わりで担当し、常に2人が行いました。私はほかのメンバーとともにずっと黙秘しました。始めは型通りの、名前を言え、住所を言え、という人定質問で、あとは「お前がビラを撒(ま)いたんだろう」と聞かれました。黙秘権があることは、最初の日にごく簡単に言われた程度です。

 こちらがずっと黙っていると、この事件を取り上げた朝日新聞の社説をプリントアウトした紙を見せられました。そして、刑事は「まだ黙っているけど、外の連中はビラを撒いたって言っているぞ」と迫ってきました。逮捕されて4−5日ぐらいあとではないでしょうか。

──そのほか取り調べでは、どのようなことがありましたか。

 刑事が聞いてくることは、型通りの人定質問と事件のことです。黙っていると、あとは嫌がらせ、恫喝(どうかつ)、暇つぶしの3パターンですよね。

 嫌がらせで一番きつかったのは、一緒に逮捕されたメンバーの高田幸美さんで、「立川の浮浪児」「反戦運動をやめないなら、立川をぶらぶら歩けないようにしてやる」「テント村はおれがつぶしてやる」と罵倒(ばとう)されていました。

 私の場合は、同居の母が介護保険を受給しているので「お前は政府に反対してるので、福祉の制度を使うな」と責められたり、「そんなに日本が嫌だったら北朝鮮へ行け。北朝鮮だったら、こんな取り調べで済まないぞ」などと大声でどなられました。

 一言一言のせりふで言えば、それくらい聞き流せばいいように思われるかもしれませんが、それが1日8時間、23日間続きます。最悪の場合、その後に再逮捕されたら、さらに倍になります。閉じ込められた部屋の中で、ずっと悪口を言われ続けるのは、精神的にきつかったですね。取り調べ部屋も4畳半ぐらいで、腰紐(こしひも)で体と椅子が結ばれていましたし、ちょっと立ち上がることもできませんでした。

──恫喝はどうでしたか。

 拘置期間の比較的前半の方で大分されました。だんだんエスカレートしていって、最後には暴力的な取り調べに変化するのではないかと思いました。隣の取調室からは、椅子や机を壁に投げつけているような音がし、刑事は「がんばっているなあ。うちらもあれぐらいやるか」と言っていました。

 私たちの場合はまだ、朝日新聞などが取り上げていたので、警察も監視の目があることを意識し、ある程度乱暴を抑えていたのだと思います。同じ雑居房にいた人の話を聞くと、もっとひどい。大人数で取り囲んで、ずっと追求が続く人もいます。普通の刑事事件だと、世の中で注目している人がいないこともあり、就寝時間になっても帰って来ないことや、再逮捕を経て60日間罵倒され続ける人もいました。

──あらためて代用監獄の問題点は何だと思いますか。

 警察の留置所によって、運用規則がバラバラだと思います。ほかの警察署に留置されたメンバーに聞くと、ボールペンが使える時間がまちまちだったりするので、現場の警察官の裁量で決まっているのではないでしょうか。警察署の中にあるわけだから、夜中の取り調べも場合によってはできてしまいます。立場上、留置所の看守より刑事の方が偉いので、刑事が強く言えばなんでもできます。本当に滅茶苦茶(めちゃくちゃ)ですよね。逆に暴力団の人は、取り調べ中にカップラーメンを食べ、恋人に電話させてくれたという話も聞きました。

──日弁連などが提案する取り調べの録音などについてはどう考えますか。

 やってほしいですよね。逮捕初日にボコボコにされても、拘置期限の23日後までに治れば外の人にはわからないわけですからね。実際に逮捕初日に袋叩(だた)きにされても、暴力行為が見つかるといけないからと診察を受けさせてもらえない人もいました。【了】

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