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フィギュアスケートは二流芸術か

【PJ 2006年04月23日】− フィギュアスケートの荒川静香選手が、トリノ五輪の舞台で使用したことから、「トゥーランドット」に注目が集まっているようだ。4月5日に東芝EMIよりリリースされた「トゥーランドット フィギュア・スケート・ミュージック」の売れ行きも、クラシックCDとしては好調らしいし、これも「荒川効果」の一環だろうか。

 当然のことながら、フィギュアスケートと音楽との関係は密接である。この種の競技が「芸術スポーツ」の名で呼ばれる所以であるが、一方で純粋なクラシックファンの間からは、違和感を覚える、という声も聞く。「誰も寝てはならぬ」のアリアは、カラス(男性)が歌うのだから、女性である荒川の演技に使用されるのはおかしい、とかいった類の話だ。

 所詮、言い出したらきりがない床屋談義ではあるのだが、ここで問題となっているのは、フィギュアスケートは芸術としては二流なのではないか、という議論だろう。もっとも、それ以前の話として、フィギュアスケートというスポーツは、「芸術」である必要があるのか、という根本的な前提があるわけだが。

 近年、日本においても競技ならぬアイスショーが多く開催されていて、3月4日・5日に有明にて行われたシアター・オン・アイスでは、荒川の凱旋公演という売りもあり、盛況だったことは記憶に新しい。互いに技術を競いあうコンペディションから、観客に見せるエンターテイメントへ。これは荒川自身の指向するベクトルでもあるだろう。ただ、順位という選手の差異化を排除したフィギュアスケートが、真に観客を魅了するためには、そこに芸術性という要素は、やはり不可欠なのではないだろうか。

 一つの試みとして、まず、既成のメロディーではなく、完全なオリジナル曲(そして生演奏)を演技に使用することを提案したい。無論、予算の都合はあるだろうが、フィギュア界に追い風が吹いている今の時期なら、一考の価値はあると思えるのだが、どうだろう。【了】
※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。

パブリック・ジャーナリスト 山川豊太郎【 東京都 】
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