戦前の大本事件から、ライブドア事件を考える
2006年03月23日14時48分 / 提供:PJ
東京地検特捜部は今年1月、証券取引法違反に該当する風説の流布と偽計取引の容疑で、ライブドア本社など関連数カ所の強制捜査に乗り出した。同月23日、ライブドア堀江貴文前社長ら4人を逮捕し、2月13日起訴した。東京地検次席検事は、「犯罪立証には、十分な自信を持っている。ライブドアグループが、急成長を遂げた鍵が、証券取引の公正を害する犯罪行為にあったことを公判で明らかにしていく。本件は、あくまでもその一端で、徹底的に捜査する」と、検察として異例のコメントを出した。
さらに、東京地検特捜部は同月22日、証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)容疑で、ライブドア堀江貴文前社長ら4人を再逮捕し、さらに、ライブドア前代表取締役の熊谷史人容疑者(28)を逮捕し、3月14日、証券取引法違反(有価証券報告の虚偽記載、偽計取引、風説の流布)の罪で起訴した。起訴された被告のうち3人は、起訴後、東京地裁に保釈請求が認められた。一方、ライブドア堀江貴文前社長と熊谷史人前代表取締役の保釈は却下された。このような流れが、東京地検によるライブドア事件の一連の捜査であった。
一方、政治家や有識者の間では、東京地検が、一連の捜査に踏み切った、いわゆる「ライブドア事件」について、戦後最大の国策捜査だと断言され、今後の捜査の進展を見守っていきたいとしている。ところで、戦前最大の国策捜査とは、どのようなものだったのだろうか。記者が調べたところ、「ライブドア事件」に似ている「大本事件」という事件が、戦前にあった。ここでは伊藤栄蔵著『大本教祖伝』(天声社)を参考に、「大本事件」を紹介しつつ、「ライブドア事件」を考えてみたい。
大本事件
大正9年8月、大本を率いる出口王任三郎氏は、大阪の日刊紙・大正日日新聞を買収して、紙上を通して世の立て替え、立て直しを伝え、社会の革正をうながす大論陣をはった。たちまち当局の反発を誘発し、大正10年2月12日、当局の大弾圧をこうむった。いわゆる、第一次大本事件である。容疑は、不敬罪および新聞紙法違反だった。
第一審、第二審とも、出口氏は不敬罪によって5年の判決を言い渡され、大審院(現在の最高裁)では、「前判決に重大な誤信がある」として、事実審理をやり直す過程において、大正天皇の大喪にあい、大赦令によって免訴となった。
この事件を節として、当局の圧迫とはうらはらに、大本は発展した。その後、満州事変を契機として、日本は国家権力が異常に高揚し、偏狭な国家主義、軍国主義に進む中、出口氏は、平和主義、国際主義や普遍愛主義を掲げ、昭和9年に昭和神聖会を設立。出口氏の政治、経済、教育などについての見解は、国民の共感を呼び、多くの賛同者を得たという。機関紙の人類愛善新聞は百万部を頒布したという。しかし、このときもまた、当局は出口氏の思想を問題視し、昭和10年12月8日、ふたたび徹底的な弾圧を加えた。綾部と亀岡の大本本部は、武装した430名あまりの警察官の包囲を受けた。本部、幹部宅の天上裏から床下まで捜索し、大本関係の物件をことごとく押収した。これが、近代史上に類例をみない宗教弾圧といわれる第二次大本事件だという。
マスコミによるペンの暴力
マスコミ、いわゆる、当時の新聞各紙は、読者の好奇心をかきたてるように、妖教だの怪教だのと書きたて、「聖師(出口王任三郎)は、死刑もしくは無期懲役になるだろう」と、予断を持った記事を繰り返し報道した。こうした情け容赦ないペンの暴力によって、大本は社会から孤立してしまったという。
当局は、警察でも検事局でも予審でも、自白を強要した。自白といっても、すべて前もって準備していた結論に強制的に導こうとするもので、ことに特高警察の取り調べは残虐としか言いようのないものであったという。頑強に否認し続ける者は、拷問で失神させ、調書に指をつかせるのだという。
昭和11年3月13日、出口氏は起訴され、未決監で収監を余儀なくされた。起訴された者は、すべて独房に入れられ、看守に監視されながら、一坪あまりのせまい部屋で寝起きする。一定の時間に起きて寝て、昼間は医者の診断がなければ横になれない。監房の冬はとても寒いが、もちろん火の気はない。夏は暑苦しく蚊はとびかう。身体は蒸されるようで部屋はくさい。入浴は週1回で、それもわずか5分間ですまさねばならないといった具合だったという。一日一回のつかの間の運動も、高いレンガ堀に囲まれた狭い庭で、監視されながらのものであった。
法廷闘争
すさまじい当局の弾圧とマスコミ批判の中で、裁判所によって大本事件の法廷闘争がはじめられた。被告人たちは、真実を自由に陳述する機会が与えられ、拷問による調書を是正すべく訴えたという。大検挙以来、4年3カ月の歳月の流れた昭和15年(1940)2月29日、京都地方裁判所の陪審大法廷で、判決の言い渡しが行われた。出口氏は無期懲役、ほかの被告人も15年から2年の懲役。罪状は治安維持法、不敬罪、出版法、新聞紙法が適用された。公判での被告人の弁明や証人の証拠は採用されず、ほとんど予審尋問調書をとりあげた判決で、権力による大本抹殺の規定方針がそのまま裁判に反映した。判決によって、「国賊」「非国民」などの烙印が押された。
大本側は、ただちに控訴した。第2審の公判は、昭和15年10月16日を皮切りとして120回に及び、裁判が進むにつれて真相が究明された。昭和17年7月31日の判決の言い渡しでは、裁判長が、2時間半に渡って判決文を読んだという。判決は、結局、第一審の判決は、大本を宗教の仮面をかぶった政治的陰謀団体と見たが、二審の判決では、大本の教えは教義であると評価された。そして、治安維持法違反の罪については一審の判決が覆り、治安維持法違反はすべて無罪、不敬罪ならびに出版法違反、新聞紙法違反だけが残された。そこには、裁判長の権力に屈せぬ非常な勇気があったという。これによって、聖師は昭和17年8月7日、6年8カ月ぶりに保釈出所できたという。
さらに、大審院で、検事側、大本側からの上告を審理中に終戦を迎え、昭和20年9月8日、大審院は双方の上告を棄却し、治安維持法違反の無罪が確定し、不敬罪も消滅したという。
虚偽報道をしたマスコミが、その後、真相についての報道をしなかった
ところが、当局の弾圧が起きたときには、虚偽の報道を煽情的に大々的に展開したマスコミが、事件の解決やその真相についての報道は、ほとんど行わず、以降、長い間、大本信徒は周囲の白眼視に耐えねばならなかったという。そもそも、大本事件は誤解にもとづくものであったが、一面、当局の弾圧のために、無理にデッチあげられた事件でもあったという。
ホリエモンを犯人扱いする報道は、法廷が開始されても慎むべきだ
上記が、戦前の検察による国策捜査のようだ。記者にとって、大本事件の出口氏の姿とライブドア事件のホリエモンの姿が重なり合う。現在、ホリエモンは、納得がいかない取り調べに関する調書への署名は行っていないという。このマスメディアの報道は、真実なのだろうか。もし、真実なのであれば、ホリエモンは、自分自身の考えに間違いがないのだと信じているに違いない。ホリエモンは、検察の主張が違っていることを、年月がかかっても、法廷の場で証明したいのであろう。記者は、そういう考えのホリエモンを支持し続けたい。
マスメディアは、判決が出るまでは、ホリエモンを犯人扱いする報道は大いに慎むべきである。戦前戦後の国策捜査と言われる「大本事件」と「ライブドア事件」には、幾ばくか、因縁めいたものを感じるものの、一方、マスメディアの真実の報道とは何なのか、ライブドア事件から、あらためて考えさせられた。【了】
さらに、東京地検特捜部は同月22日、証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)容疑で、ライブドア堀江貴文前社長ら4人を再逮捕し、さらに、ライブドア前代表取締役の熊谷史人容疑者(28)を逮捕し、3月14日、証券取引法違反(有価証券報告の虚偽記載、偽計取引、風説の流布)の罪で起訴した。起訴された被告のうち3人は、起訴後、東京地裁に保釈請求が認められた。一方、ライブドア堀江貴文前社長と熊谷史人前代表取締役の保釈は却下された。このような流れが、東京地検によるライブドア事件の一連の捜査であった。
一方、政治家や有識者の間では、東京地検が、一連の捜査に踏み切った、いわゆる「ライブドア事件」について、戦後最大の国策捜査だと断言され、今後の捜査の進展を見守っていきたいとしている。ところで、戦前最大の国策捜査とは、どのようなものだったのだろうか。記者が調べたところ、「ライブドア事件」に似ている「大本事件」という事件が、戦前にあった。ここでは伊藤栄蔵著『大本教祖伝』(天声社)を参考に、「大本事件」を紹介しつつ、「ライブドア事件」を考えてみたい。
大本事件
大正9年8月、大本を率いる出口王任三郎氏は、大阪の日刊紙・大正日日新聞を買収して、紙上を通して世の立て替え、立て直しを伝え、社会の革正をうながす大論陣をはった。たちまち当局の反発を誘発し、大正10年2月12日、当局の大弾圧をこうむった。いわゆる、第一次大本事件である。容疑は、不敬罪および新聞紙法違反だった。
第一審、第二審とも、出口氏は不敬罪によって5年の判決を言い渡され、大審院(現在の最高裁)では、「前判決に重大な誤信がある」として、事実審理をやり直す過程において、大正天皇の大喪にあい、大赦令によって免訴となった。
この事件を節として、当局の圧迫とはうらはらに、大本は発展した。その後、満州事変を契機として、日本は国家権力が異常に高揚し、偏狭な国家主義、軍国主義に進む中、出口氏は、平和主義、国際主義や普遍愛主義を掲げ、昭和9年に昭和神聖会を設立。出口氏の政治、経済、教育などについての見解は、国民の共感を呼び、多くの賛同者を得たという。機関紙の人類愛善新聞は百万部を頒布したという。しかし、このときもまた、当局は出口氏の思想を問題視し、昭和10年12月8日、ふたたび徹底的な弾圧を加えた。綾部と亀岡の大本本部は、武装した430名あまりの警察官の包囲を受けた。本部、幹部宅の天上裏から床下まで捜索し、大本関係の物件をことごとく押収した。これが、近代史上に類例をみない宗教弾圧といわれる第二次大本事件だという。
マスコミによるペンの暴力
マスコミ、いわゆる、当時の新聞各紙は、読者の好奇心をかきたてるように、妖教だの怪教だのと書きたて、「聖師(出口王任三郎)は、死刑もしくは無期懲役になるだろう」と、予断を持った記事を繰り返し報道した。こうした情け容赦ないペンの暴力によって、大本は社会から孤立してしまったという。
当局は、警察でも検事局でも予審でも、自白を強要した。自白といっても、すべて前もって準備していた結論に強制的に導こうとするもので、ことに特高警察の取り調べは残虐としか言いようのないものであったという。頑強に否認し続ける者は、拷問で失神させ、調書に指をつかせるのだという。
昭和11年3月13日、出口氏は起訴され、未決監で収監を余儀なくされた。起訴された者は、すべて独房に入れられ、看守に監視されながら、一坪あまりのせまい部屋で寝起きする。一定の時間に起きて寝て、昼間は医者の診断がなければ横になれない。監房の冬はとても寒いが、もちろん火の気はない。夏は暑苦しく蚊はとびかう。身体は蒸されるようで部屋はくさい。入浴は週1回で、それもわずか5分間ですまさねばならないといった具合だったという。一日一回のつかの間の運動も、高いレンガ堀に囲まれた狭い庭で、監視されながらのものであった。
法廷闘争
すさまじい当局の弾圧とマスコミ批判の中で、裁判所によって大本事件の法廷闘争がはじめられた。被告人たちは、真実を自由に陳述する機会が与えられ、拷問による調書を是正すべく訴えたという。大検挙以来、4年3カ月の歳月の流れた昭和15年(1940)2月29日、京都地方裁判所の陪審大法廷で、判決の言い渡しが行われた。出口氏は無期懲役、ほかの被告人も15年から2年の懲役。罪状は治安維持法、不敬罪、出版法、新聞紙法が適用された。公判での被告人の弁明や証人の証拠は採用されず、ほとんど予審尋問調書をとりあげた判決で、権力による大本抹殺の規定方針がそのまま裁判に反映した。判決によって、「国賊」「非国民」などの烙印が押された。
大本側は、ただちに控訴した。第2審の公判は、昭和15年10月16日を皮切りとして120回に及び、裁判が進むにつれて真相が究明された。昭和17年7月31日の判決の言い渡しでは、裁判長が、2時間半に渡って判決文を読んだという。判決は、結局、第一審の判決は、大本を宗教の仮面をかぶった政治的陰謀団体と見たが、二審の判決では、大本の教えは教義であると評価された。そして、治安維持法違反の罪については一審の判決が覆り、治安維持法違反はすべて無罪、不敬罪ならびに出版法違反、新聞紙法違反だけが残された。そこには、裁判長の権力に屈せぬ非常な勇気があったという。これによって、聖師は昭和17年8月7日、6年8カ月ぶりに保釈出所できたという。
さらに、大審院で、検事側、大本側からの上告を審理中に終戦を迎え、昭和20年9月8日、大審院は双方の上告を棄却し、治安維持法違反の無罪が確定し、不敬罪も消滅したという。
虚偽報道をしたマスコミが、その後、真相についての報道をしなかった
ところが、当局の弾圧が起きたときには、虚偽の報道を煽情的に大々的に展開したマスコミが、事件の解決やその真相についての報道は、ほとんど行わず、以降、長い間、大本信徒は周囲の白眼視に耐えねばならなかったという。そもそも、大本事件は誤解にもとづくものであったが、一面、当局の弾圧のために、無理にデッチあげられた事件でもあったという。
ホリエモンを犯人扱いする報道は、法廷が開始されても慎むべきだ
上記が、戦前の検察による国策捜査のようだ。記者にとって、大本事件の出口氏の姿とライブドア事件のホリエモンの姿が重なり合う。現在、ホリエモンは、納得がいかない取り調べに関する調書への署名は行っていないという。このマスメディアの報道は、真実なのだろうか。もし、真実なのであれば、ホリエモンは、自分自身の考えに間違いがないのだと信じているに違いない。ホリエモンは、検察の主張が違っていることを、年月がかかっても、法廷の場で証明したいのであろう。記者は、そういう考えのホリエモンを支持し続けたい。
マスメディアは、判決が出るまでは、ホリエモンを犯人扱いする報道は大いに慎むべきである。戦前戦後の国策捜査と言われる「大本事件」と「ライブドア事件」には、幾ばくか、因縁めいたものを感じるものの、一方、マスメディアの真実の報道とは何なのか、ライブドア事件から、あらためて考えさせられた。【了】
※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。
パブリック・ジャーナリスト 新納 直子
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