欧米を中心に若いうちにフルタイムの仕事をリタイアして、心から望んでいる人生を送るライフスタイルが広がっています(写真:ImageegamI/iStock)

実業家の堀江貴文氏が「労働時間をお金に換えることの不毛さ」と語るとおり、労働時間を減らす働き方改革の推進や、本業以外に投資や副業で収入を得る人の増加など、「新卒から定年まで週5日9時17時残業当たり前」という昭和的な労働観は時代遅れになりつつある。

一方で、欧米諸国を中心に、生活費の節約と収入の多様化、投資を活用することで、できるだけ若いうちにフルタイムの仕事をリタイアして、心から自分が望んでいる人生を送ろうというライフスタイルが広がっている。Financial IndependenceとRetire Earlyの頭文字から「FIRE」ムーブメントとして知られており、ニューヨーク・タイムズやBBCを筆頭に欧米のメディアでこぞって取り上げられている現象だ。

日本で初めてその方法論を説いた『FIRE 最速で経済的自立を実現する方法』の翻訳者が解説する。

経済的自立のための7つのステップ

Financial Independenceは、経済的自立と日本では訳されることが多い。雇われ仕事がもたらす収入に頼ることなく、投資収益などの不労所得によって亡くなるまで日々の生活費を賄える状態のことだ。

ムーブメントの震源地であるアメリカでは、昨年から続々とFIREをテーマにした書籍が刊行されており、FIREを実践する家族を取り上げたドキュメンタリー映画も公開された。また、欧州でもそうした生き方に対する共感は広まっており、「FIREhub.eu」という欧州に特化した関連情報を共有するウェブサイトも立ち上がっている。 

日本でも一部のメディアで取り上げられ、ネット上にはFIREをテーマにしたブログが散見されるものの、まだ人口に膾炙(かいしゃ)しているとは言えない状態だ。FIREの実践者の間では、家族と過ごす時間を増やすなど理想的なワークライフバランスを獲得する手段としてFIREを捉えている人が多い。少子化や女性の社会進出に伴って旧来の働き方が大きく見直されている日本にこそ、FIREは新たな生き方として格好のカンフル剤になる可能性がある。

それではFIREについて、少し具体的に見ていくことにする。支出を切り詰めたり、収入を増やすことで、亡くなるまで投資収益だけで生活できる十分な投資元本(FIREコミュニティーでは、リタイア後の年間支出額の25倍とされている)を貯めることが最終的な目標となる。アメリカにおけるFIREの第一人者であるグラント・サバティエは、経済的自立に到達するためのステップを次の7つに分けている。

当たり前のことだが、目標とする貯蓄額は家族の有無やリタイア後のライフスタイルによって大きな違いが出る。田舎で自給自足の生活をするのと都会で贅沢な暮らしを続けるのとでは、生活費に雲泥の差が出るのは自明だ。

そのため、リタイア後に毎年どれくらいの生活費が必要となるのかを把握することが最初のステップとなる。質素なライフスタイルを想定して毎年の生活費を抑えるほど、リタイアまでに貯める必要のある金額は少なくなり、目標額に到達するまでの期間も短くなる。

目標額を設定した後は、現時点の自分の純資産を把握する番だ。純資産とは貯金や不動産などの資産から、住宅ローンや自動車ローンなどの負債を差し引いた額だ。目標額からこの純資産のうち収入を生み出す投資資産を差し引いた金額が、あなたがこれからリタイアするまでに貯蓄する必要のある金額になる。

日々の支出を抑えるために、サバティエはお金を使うことに対してより意識を高く持ち、お金を使うということが自分の将来の自由な時間を差し出す行為に等しいということを認識すべきだと主張する。ただ、節約をやみくもに行っても気が滅入るだけでうまくいかないため、隅々まで細かな予算を立てるのではなく、三大支出とされる住居費、交通費、食費だけに集中して節約するよう提言する。

できるだけ早く経済的自立に到達するうえで最も大事なことは、収入を上げることだ。サバティエはまず、いま働いているフルタイムの仕事の福利厚生と給与を最大化したうえで、休日や隙間時間を利用して自分の特技を生かした副業を始めるべきだと推奨する。可能な限りの節約をし、収入を最大化した暁には、貯めたお金を長期的に年間7パーセントのリターンが期待できるアメリカ株式市場に投資するというのが資産運用における基本的な戦略となる。

年収400万円でもFIREは可能?

ここで注意しておきたいのは、FIREというのが極めて柔軟な概念であるということだ。30〜40代で1億円以上の投資元本を貯めたうえで、完全に働くことを辞めて、自由な人生を送ることがFIREの唯一のやり方ではない。FIREコミュニティーの間では、リタイア後も自分の好きな副業を手がけたり(サイドFIREと呼ばれる)、パートタイムの仕事を続ける(バリスタFIREと呼ばれる)ことで、投資収益だけでは不足する収入を補うといったやり方も一般的だ。

通常は1年間の生活費を400万円とした場合、亡くなるまで投資収益だけで生活するにはその25倍、つまり1億円程度の投資元本が必要だと考えられている。ただ、思い切った節約や節税を行う、副業やパートタイムの仕事を続ける、準備により長い時間をかけるなどさまざまな工夫を凝らすことで、広義の経済的自立は平均的な収入の人でも十分に達成可能だ。

日本の世帯年収の中央値は430万円程度と言われている。現実的な数字に落とし込むと、例えばリタイア後の年間生活費を240万円(月20万円)に抑えて、そのうち40万円を自分の好きな副業で補うとした場合、リタイアまでに貯めておく必要のある目標額は200万円×25=5000万円となる。年収のうち毎年200万円を投資に回して7パーセントの利回りで運用できれば、およそ15年で経済的自立に到達できる計算だ。投資に回せる金額が年間100万円だと、23年ほどかかることになる。

労働から自由になって何をしたいか

FIREにおいて大切なポイントは、仕事を辞めること自体が1番の目標ではないということだ。

アメリカで昨年実施されたアンケート調査によると、多くの人がFIREの魅力は早期リタイアすることではなく、お金の悩みから解放されて、人生の時間を自分の好きなように使えることにあると回答している。お金のために働く必要がなくなったとき、人生の時間を何に使いたいのか? そこに明確な目的意識がないと、FIREの実現は難しいし、実現したとしてもその後の膨大な時間を無為に過ごしてしまうだけだ。

FIREとは節約術や投資、副業をうまく活用することで、人生のほとんどの時間と精力をフルタイムの雇われ仕事に注ぐ生活から自分自身を解放する生き方だ。


裏を返せば、いまやっている仕事に生きがいを感じている人や、リスクが怖いから投資も副業も絶対に手を出したくないという人向けの生き方ではない。家族ともっと多くの時間を過ごしたい、世界中を旅行してみたい、何かを自分の手で創作してみたい、収入を気にせずに社会に真に貢献できる活動をしたい。そうした思いを抱えている人たちに、FIREは新たな生き方の可能性を開いてくれる。

『資本論』で有名なドイツの哲学者マルクスは、「共産主義社会では個人がひとつの職業に縛られることなく、自分の好きなように朝は狩りをし、午後は漁をし、夕方には家畜を追い、食後には批判ができる」と思い描いた。また、英国の経済学者ケインズは、「2030年には週の労働時間が15時間となる」と予測していた。過去の偉人が思い描いた社会は実現していないものの、FIREは個人の努力と創意工夫次第でそうした生活が可能であることを示唆してくれている。