安藤美姫をめぐるマスコミの功罪について
2006年03月11日14時46分 / 提供:PJ
―「山川豊太郎からパブリック・ジャーナリスト伊藤昭一への手紙」より―
伊藤さんの要望する「文芸鑑賞席」というタイトルからは遠く離れたテーマになってしまうかもしれませんが、今は、フィギュアスケート選手の安藤美姫について書きたい。前にも伝えたようにも思いますが、僕自身、さる出版社でスポーツ雑誌の営業職に従事しているという事情もあります。今回のトリノ五輪における、安藤選手と彼女を取り巻く環境の変転には、恐らく「本を売るとはどういうことか」という命題と密接に関連している部分があると僕には思われたのです。換言すれば、それは本を売る行為と、まっとうにスポーツを理解し、喜びを共有する行為との間には、いかなる矛盾が存在するか、という問いでもあります。
最初に断っておきますが、僕は安藤選手のファンでもないし、これまで特別、彼女に着目してきたわけでもありません。しかし、そんな僕でさえ、先のオリンピックにおける彼女の姿には、何とも形容しがたい痛々しさを感じてしまいました。思えば、トリノ五輪開幕前、書店の雑誌コーナーを賑わしていたのは、安藤を表紙にした無数のスポーツ誌・テレビ情報誌でした。いちいち名前を挙げる必要もないでしょう。「Number」しかり「スポルティーバ」しかりです。だが、いざ蓋を開けてみると、女子フィギュアに関しては、周知の通り荒川静香が日本人(というかアジア人)初の金メダルを獲得するという快挙を成し遂げ、一方の安藤は15位止まりという結果。3月に刊行された上記の雑誌の表紙は、もちろん荒川選手一色です。
ここで敢えて本当のことを書いてしまいますと、少しばかりフィギュアスケートに関心のある人ならば、今回のオリンピックで、安藤選手が他の二人の日本代表選手より上位に入賞するなどとは間違っても考えなかったでしょう。今シーズンの成績などを参照すれば、安藤と荒川のレベルの差は歴然であったのです。実は。しかし、オリンピックのプレ特集号においては、荒川でなく安藤を前面に押し出さざるを得ない状況がそこにはありました。すなわち、雑誌の部数が出せないのです。出版社は自社の作った雑誌を小売書店に卸すさい、多くの場合、取次会社が引き受ける部数には、既に数千部以上の開きが出ていたとも言われます。
同じことは、他の競技についても言えます。そもそも、今回のオリンピックにおいて、日本のマスコミの日本人選手に対する期待値があれほど高かったのはなぜなのでしょう。これも、業界の内部に席を置いている人間なら、誰しも暗黙のうちに了解していたことなのですが、日本の獲得できるメダル数など、せいぜい一個か二個あれば御の字という状況でした。だが、そのような現実を公にしてしまうと、テレビは視聴率を取れません。雑誌は売れません。だから実際以上に視聴者あるいは読者を煽動する必要があったのです。参加することに意義がある、というスローガンは確かに美しいですが、それではお金は動かないのです。
僕が思うに、安藤美姫は、そうした貪欲なマスコミとって、格好の客寄せパンダでありました。――言い方は悪いですが。無論、選手の資質として、周囲の注目を集めることによって、実力以上の力をひき出すことの出来るタイプの才能は、確かに存在します。だが、今回の安藤選手の姿を見れば、一連の報道のあり方が、彼女にとって少なくとも追い風になっていなかったことだけは確実でしょう。重要なのは、一選手のみを特別扱いすることへの是非ではありません。表層と内実が一致していないことが問題なのです。さらに、そうしたメディアと、その背後に存在するスポンサー、加えて煽動に容易に踊らされてしまう視聴者や読者が、無意識的にあるいは確信的に、彼女たち選手の才能を殺している可能性に我々は無知でありすぎます。その意味で、マスコミ以上に、我々受け手の側の責任は重いのです。
競技後、四年後を目指して頑張るとコメントした安藤ですが、今回の経験を糧にして人生の重みを表現できるスケーターに成長して欲しいと、今はただ願うばかりです。
−山川豊太郎―
=後書き=
この手紙は、山川豊太郎氏がPJ記者の伊藤昭一に向けて書かれたものです。山川氏は、文中にあるように、現在出版業界に携わる仕事をしており、当初、記者は文芸書に関する意見を求めたものでした。しかし、彼はそれとは異なる問題意識で、出版界人の視点からスポーツジャーナリズムへの一つの説得力を持った意見を寄せてきました。【了】
伊藤さんの要望する「文芸鑑賞席」というタイトルからは遠く離れたテーマになってしまうかもしれませんが、今は、フィギュアスケート選手の安藤美姫について書きたい。前にも伝えたようにも思いますが、僕自身、さる出版社でスポーツ雑誌の営業職に従事しているという事情もあります。今回のトリノ五輪における、安藤選手と彼女を取り巻く環境の変転には、恐らく「本を売るとはどういうことか」という命題と密接に関連している部分があると僕には思われたのです。換言すれば、それは本を売る行為と、まっとうにスポーツを理解し、喜びを共有する行為との間には、いかなる矛盾が存在するか、という問いでもあります。
最初に断っておきますが、僕は安藤選手のファンでもないし、これまで特別、彼女に着目してきたわけでもありません。しかし、そんな僕でさえ、先のオリンピックにおける彼女の姿には、何とも形容しがたい痛々しさを感じてしまいました。思えば、トリノ五輪開幕前、書店の雑誌コーナーを賑わしていたのは、安藤を表紙にした無数のスポーツ誌・テレビ情報誌でした。いちいち名前を挙げる必要もないでしょう。「Number」しかり「スポルティーバ」しかりです。だが、いざ蓋を開けてみると、女子フィギュアに関しては、周知の通り荒川静香が日本人(というかアジア人)初の金メダルを獲得するという快挙を成し遂げ、一方の安藤は15位止まりという結果。3月に刊行された上記の雑誌の表紙は、もちろん荒川選手一色です。
ここで敢えて本当のことを書いてしまいますと、少しばかりフィギュアスケートに関心のある人ならば、今回のオリンピックで、安藤選手が他の二人の日本代表選手より上位に入賞するなどとは間違っても考えなかったでしょう。今シーズンの成績などを参照すれば、安藤と荒川のレベルの差は歴然であったのです。実は。しかし、オリンピックのプレ特集号においては、荒川でなく安藤を前面に押し出さざるを得ない状況がそこにはありました。すなわち、雑誌の部数が出せないのです。出版社は自社の作った雑誌を小売書店に卸すさい、多くの場合、取次会社が引き受ける部数には、既に数千部以上の開きが出ていたとも言われます。
同じことは、他の競技についても言えます。そもそも、今回のオリンピックにおいて、日本のマスコミの日本人選手に対する期待値があれほど高かったのはなぜなのでしょう。これも、業界の内部に席を置いている人間なら、誰しも暗黙のうちに了解していたことなのですが、日本の獲得できるメダル数など、せいぜい一個か二個あれば御の字という状況でした。だが、そのような現実を公にしてしまうと、テレビは視聴率を取れません。雑誌は売れません。だから実際以上に視聴者あるいは読者を煽動する必要があったのです。参加することに意義がある、というスローガンは確かに美しいですが、それではお金は動かないのです。
僕が思うに、安藤美姫は、そうした貪欲なマスコミとって、格好の客寄せパンダでありました。――言い方は悪いですが。無論、選手の資質として、周囲の注目を集めることによって、実力以上の力をひき出すことの出来るタイプの才能は、確かに存在します。だが、今回の安藤選手の姿を見れば、一連の報道のあり方が、彼女にとって少なくとも追い風になっていなかったことだけは確実でしょう。重要なのは、一選手のみを特別扱いすることへの是非ではありません。表層と内実が一致していないことが問題なのです。さらに、そうしたメディアと、その背後に存在するスポンサー、加えて煽動に容易に踊らされてしまう視聴者や読者が、無意識的にあるいは確信的に、彼女たち選手の才能を殺している可能性に我々は無知でありすぎます。その意味で、マスコミ以上に、我々受け手の側の責任は重いのです。
競技後、四年後を目指して頑張るとコメントした安藤ですが、今回の経験を糧にして人生の重みを表現できるスケーターに成長して欲しいと、今はただ願うばかりです。
−山川豊太郎―
=後書き=
この手紙は、山川豊太郎氏がPJ記者の伊藤昭一に向けて書かれたものです。山川氏は、文中にあるように、現在出版業界に携わる仕事をしており、当初、記者は文芸書に関する意見を求めたものでした。しかし、彼はそれとは異なる問題意識で、出版界人の視点からスポーツジャーナリズムへの一つの説得力を持った意見を寄せてきました。【了】
※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。
パブリック・ジャーナリスト 伊藤 昭一
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