iPhoneの2019年ラインナップの価格を披露するアップルのシニアバイスプレジデント、フィル・シラー氏。過去のモデルは1年に100ドルずつ値引きながら、廉価モデルとして3年程度継続販売される。2019年9月のアップルのイベントにて(筆者撮影)

アップルは11月19日、SIMフリーiPhoneの販売を解禁した。そう聞くと、ニュース性がなさそうにも聞こえるが、この取り組みは、長らく携帯電話会社経由での販売が主軸だったスマートフォン販売の枠組みを大きく崩す可能性がある。

これまでApple Store(オンライン/実店舗)ではSIMフリーモデルのiPhoneが販売されてきたが、今後はApple Store以外のアップル製品取扱販売店「Apple Premium Reseller」でもSIMフリーモデルのiPhoneが買えるようになる。家電量販店大手ビックカメラ・ヨドバシカメラはそれぞれ2店舗ずつと試験的な色合いが強いが、イオン系のNEWCOM、そしてC martなどが順次販売を開始しており、今後の拡大も見込まれる。

そもそも、SIMフリーiPhoneとは?

今回の動きについて知る前に、まず「SIMフリーiPhone」というキーワードを知っておく必要がある。SIMフリーとは、SIMロックフリーが縮められて流通している言葉だ。端末が特定の通信会社が発行するSIMでしか動作しないようにロックされている状態が「SIMロック」で、その制限がないものが「SIMフリー」と呼ばれている。

SIMロックがかけられているスマートフォンを購入すると、購入した通信会社でしか利用できない。総務省はSIMロックが乗り換えを阻害しているとして、SIMロックの解除を義務化した。NTTドコモはオンラインを通じて無料で、KDDIとソフトバンクは店頭で手数料3000円でSIMロック解除が可能だ。

アップル製品取扱販売店でも、これまでは大手3社のロックがかけられたiPhoneが販売されてきたが、SIMフリーモデルが解禁となり、通信サービスとひも付かないiPhoneのみの販売を行うことができるようになった。販売店は通信会社を特定せずに在庫を効率的に持つことができるようになる。

またiPhoneを購入する人にとっては、通信会社の端末値引きなどが受けられない一方で、格安SIMを含む現在使っている通信サービスをそのままに、iPhoneだけを買い替えることができるようになる。

MM総研によると2019年上期のSIMフリースマートフォン出荷台数は137万4000台で2.3%増加している。台数はHuawei、ASUS、シャープ、アップル、OPPOの順で多く、これらの5ブランドによって出荷台数の80%が占められている。とくにHuawei、ASUSは、性能に対する価格の安さを武器に、家電量販店などを通じて販売が拡大してきた。

スマートフォン全体のシェアでiPhoneは44.6%を占めていることから、iPhoneの販売は依然として通信会社を通じて販売されてきたことがわかる。アップルはSIMロックフリーのiPhoneの販売強化を行い、依然iPhone大国である日本での地位を維持していきたいとの思惑が透ける。

しかしアップルがSIMフリーモデルの販拡に乗り出す事情はほかにもある。それは、通信会社によるサービスの継続利用を前提とした端末値引きについて、総務省が「今後2年で根絶する」と意欲を見せる電気通信事業法の改正にあった。通信サービスとひも付けた際の端末の値引き幅を2万円に制限し、通信サービスと端末値引きを分離して競争を促進させようとしている。

ここで問題となるのが、iPhoneのラインナップだ。

アップルは毎年、業界でもハイエンドに位置する製品を、およそ8万〜16万円の価格レンジで発売する。さまざまなプログラムを活用しても、ユーザーが値引きとして恩恵が得られるのが2万円に制限されれば、通信会社を通じた端末販売の価格競争力は大きく下がる。

今回の改正では、製造が中止された「在庫」モデルについては、2万円の制限を受けない特例が設けられている。しかしアップルは1年以上経過したiPhoneを毎年価格を下げながら、3年程度継続販売し、その間も製造を続ける。例えば2019年9月までは、2016年に発売したiPhone 7を製造・販売してきた。つまり販売が続く限り、iPhoneはこの「在庫モデル」の特例を受けられないことを意味する。

アップルがSIMフリーモデル解禁に踏み切る背景は、通信会社を通じたこれまでの販売手法で競争力を発揮できなくなっていく今後の状況の変化にあった。電気通信事業法に縛られない独自の販売網を拡充していくことによって、より自由な販売施策に打って出ることができ、またそれを可能にするブランドも十分に築けている。

アメリカ市場で成功しつつある施策を日本でも

2019年のアップルの決算は、1月発表の第1四半期に出された「利益警告」に象徴されるように、iPhoneの大きな不振によって売上高を減少させてきた。iPhoneの不振は2019年を通して復活しなかったが、ウェアラブルとサービス部門の成長によって、四半期決算は前年同期比でプラスに転じた。

その決算発表の中で、ティム・クックCEOはアメリカにおけるApple Storeを通じた販売施策が好転しているとコメントした。2019年に入ってから、アメリカで749ドルから販売されているiPhone XRをApple Storeで449ドルに割り引く販売施策で、iPhone販売台数の下落を食い止めてきた。

毎年iPhoneを乗り換えられる「iPhone Upgrade Program」を用意し、端末の下取りを前提に24回払いのうち12回を支払った段階で新モデルに乗り換えられる残価設定ローンを提供してきた。これに加え、2019年8月にサービスを開始した独自のクレジットカードApple Card利用者向けに、iPhone購入の際の24回払いを金利手数料なしで提供することを明らかにした。

日本でもすでにApple Storeで1万円ほど端末価格を割り引き、これを分割払いにすることができる仕組みを提供しており、値段が高いiPhoneへの初期投資を抑えている。

さらに、Appleは環境問題への取り組みという文脈で、「Trade In」(下取り)プログラムを拡充している。これは日本向けにも提供されており、例えば2018年モデルのiPhone XS Max 512GBモデルで6万2060円、2017年モデルのiPhone X 512GBモデルで4万1440円の下取り割り引きを受けられる。

世界的に、通信会社と協力しながらiPhoneの市場を開拓してきたアップルだったが、iPhoneを含むスマートフォン市場の大きな減速で変化のときを迎えている。

その際に、Apple Storeでの施策が核となっており、日本ではSIMフリーiPhoneの販売を開始したアップル製品販売店の活用を進めていこうとしていることがわかる。販売状況や製品の注目度に合わせた施策をきめ細かく打ち出せるSIMフリーiPhoneの販売拡大は、アップルがより積極的に市場と対話していく武器となっていくのだ。

来年に控える「キラーモデル」のウワサ

SIMフリーiPhoneがより身近に手に入るようになり、アップルを中心とした販売施策による割り引きが拡充されるようになると、大手通信会社のユーザーだけでなく、MVNO、いわゆる格安SIMを利用している人にとってもiPhoneは身近な存在となる。

その一方で、格安SIM利用の動機は料金の安さであり、現在のiPhoneのラインナップにつけられた価格と釣り合わない。しかしその状況が2020年3月あたりに大きく変わる可能性がウワサされるようになった。廉価版iPhoneの存在である。

アップルは2016年3月、その当時最新モデルだったiPhone 6sのプロセッサーとカメラを、2013年モデルのiPhone 5sと同じボディーに備え、300ドル台の価格に設定した「iPhone SE」を発売した。このモデルは新興国向けの戦略モデルとなったが、先進国でも、価格の安さ、サイズの小ささから好評で、2018年9月までの2年半にわたって販売されてきた。

このiPhone SEが再び、2020年に登場するのではないか、と見られているのだ。

4年前を踏襲するのであれば、登場するであろう廉価モデルには、A13 Bionicチップ、1200万画素カメラといった2019年モデルのiPhoneの仕様を押さえながら、3年前、すなわち2017年モデルのiPhone 8のボディーを活用し、4.7インチディスプレーと防水、ワイヤレス充電に対応するスマートフォンという姿が浮かび上がる。

これがアメリカで349〜399ドル程度、日本では3万8000円〜4万4000円程度で販売されるようになると、価格が高い高級モデルというイメージが強いiPhoneの見方も変わってくるのではないだろうか。ここに下取り割り引きを利用することで、例えばiPhone 7なら1万5000円〜2万円の負担で最新モデルへ乗り換えられるようになる。

今回のSIMフリーiPhoneの販売拡大は、現状の打破とともに、来年の廉価版iPhoneに対する環境整備と見てもよいのではないだろうか。