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名馬”磨墨”の観る梅と世相=東京・南馬込

名馬”磨墨”の観る梅と世相=東京・南馬込
売り出しの心霊園にまでその名が付けられている名馬”磨墨”の像。24日、大田区・万福寺にて。 (撮影:伊藤昭一)
【PJ 2006年02月27日】− 古刹「万福寺」(大田区・南馬込)の山門前で開花した梅を眺めるのは名馬“磨墨(するすみ)”の像である。目前で開花した紅梅と白梅…、その垣外で風に揺れるのは、なぜか赤と青の“するすみ霊園”販売目印し旗である―。

 “磨墨”は黒馬であったところからその名がついた。有名なのは、平家物語「宇治川の戦い」で、梶原景季が騎乗し、佐々木高綱の持つ名馬“池月”と先陣争いをした逸話である。それによると景季と高綱は、源義経に従い宇治川で先陣を争った。はじめは“磨墨”に乗る景季は、高綱の跨るライバル“池月”の機先を制し、先に駆けていた。

 そのとき、高綱は後方から声を掛けた。「あいや、待たれい、梶原殿。馬の腹帯がゆるんで見えるぞ」。そこで景季が思わず、腹帯を締め直す隙をついて、高綱は景季を出し抜き先頭に立ったという。「そんなのありかよ!!戦国武士道のルール違反なりしや」と梶原景季が言ったかどうかは、わからないが、どうも“磨墨”にしてみれば、納得のいかない先陣争い負けである。

 そう思って眺めるせいか、この日の磨墨像の表情には、心なしか浮かないように見えた。もっとも、浮かない表情の本当の理由は、新しい霊園販売にまで、伝説を縁にした“するすみ霊園”とする現代の“生き馬の目を抜く”商魂への戸惑いかもしれない。

 ちなみに墓地とも言うべき“磨墨塚”もこの近くにある。そうではあるが、しかし、この名馬“磨墨伝説”は岐阜県明宝村にも存在し、地元の「磨墨生誕地公園」には景季が乗った磨墨像まである。そればかりか、静岡、栃木、青森など同様の伝説が各地にある。

 地元の歴史専門家の説によると、“磨墨”は源頼朝から賜った名馬であることから、初代が亡くなった後は、武将たちが全国から黒馬を集めては“磨墨”の名を襲名させたのではないかという。したがって、各地に残る生誕と没地の“磨墨伝説”はどれも、あながち間違いとは言えないことになる。

ある程の梅に名なきはなかりけり   夏目漱石

【了】
※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。

パブリック・ジャーナリスト 伊藤 昭一【 東京都 】
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