ゲストさんログイン

ウェブ検索

最新ニュース! クリックするほどよく分かる

livedoor ニュース

今週のお役立ち情報

市民が描いた原爆絵画展=広島市

市民が描いた原爆絵画展=広島市
「市民が描いた原爆の絵」展示会場。広島平和記念資料館地下一階の展示室3 (撮影:山本宏樹)
【PJ 2006年02月17日】− ヒロシマをもう二度と繰り返すまい―。広島平和記念資料館 地下一階の展示室3では「市民が描いた原爆の絵」の展示が年中行われている。現在のテーマは「奪われた家族のきずな」で7月まで。

 「市民が描いた原爆の絵」は1974年7月、NHK広島放送局の呼びかけで集められるようになった。同年5月、広島駅で被爆した当時77歳の故・小林岩吉さんがNHKに持ち込んだ一枚の絵がきっかけだった。市民からは今までに約3500枚の絵が寄せられた。現在それらの絵は、平和資料館を管理する(財)広島平和文化センターによって管理され、平和資料館での展示や海外での原爆展への貸し出しなどを行っている。

 作者の多くは、素人のお年寄り。画用紙、広告の裏、カレンダーの裏など、あらゆる「紙」を使い、水彩、筆、鉛筆、クレヨン、マジックなど、道具もさまざまだ。作者は、それぞれのスタイルで原爆の絵を描いているが、それに込められた思いは皆一様に「あの日を繰り返して欲しくない」ということなのだろう。

 ある方はきれいな服を着て横たわった死体を描いている。実際は爆風や熱線でぼろぼろになっていたり、全裸に限りなく近い状態であったりすることが多いそうだが、「せめて、絵の中だけでもきれいな服を着させてあげたい」という思いからなのだという。

 1945年8月6日午前8時15分の広島。炸裂する火の玉の下にいた何十万の人たちは、そこに生きていて、それぞれの生活をしていた。影を残して蒸発した人、真っ黒焦げの死体、川を埋め尽くす死体の山、燃え上がる民家、皮膚を垂らしながら歩く人、想像することさえも困難な情景だが、実際に被爆された方の手で書かれた原爆の絵は、写真や映像では伝えきれない、生々しささえも強烈に訴えかけてくる。

 広島平和記念資料館学芸担当の大瀬戸正司さんは「あの日、人間に何が起こったのかを実感してもらいたい。子どもたちには、想像力を働かせてもらい、自分がその絵の中にいたらどうなんだろうと考えて欲しい。そうすることで、平和構築の大切さを知ってもらいたい」という。

 小林岩吉さんの絵から約30年。「市民が描いた原爆の絵」はいまだに被爆者の手によって、描かれ、資料館に持ち寄られ続けている。しかし、被爆者の方々の平均年齢は七十歳を超えており、次代への原爆被害の継承をいかにして実現するか、というのが今後の課題。これからは若者たちが、被爆者の方々の思いを受け継ぐ番である。そのとき、「市民の描く原爆の絵」は若者たちに「平和とは何か」と考えさせるための、大きなチャンスとなるだろう。【了】
※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。

パブリック・ジャーナリスト 山本 宏樹【 東京都 】
この記事に関するお問い合わせ / PJ募集
コメントするにはログインが必要です
ログインしてください
投稿

前後の記事

PJニュースアクセスランキング

注目の情報
生え際が、大変なことに!
▼抜け毛の原因─心当たり、ありませんか?
ストレス、不衛生、栄養のアンバランス、動物性タンパクの摂りすぎ、
運動不足、睡眠不足、暴飲暴食、喫煙、継続的な毛染め・パーマ…


抜け毛を止め、髪を生やすには→