東京下町の名物駄菓子屋よ、あすはどこにいく
2006年02月10日09時55分 / 提供:PJ
JR山手線の日暮里駅には、ちいさな露天商風の店が出ている。北口は橋上駅である。改札のなかに駄菓子屋(月に1週間)と団子屋(月に3週間)が交代で出店。一つが『東京下町駄菓子市場』というの暖簾(のれん)を出す。もうひとつが創業文政2(1819)年の根ぎし芋坂の『羽二重だんご』という立て看板。ともに地味な風情で、下町そのものである。
『東京下町駄菓子市場』と聞けば、大そうな市場に思えるが、日本最小の市場だろう。駄菓子一筋に生きてきた森田正雄(75歳)さんが、長女の宮石恵美子さんの手を借りて営む。日暮里駅の乗降客は一日平均7万9000人。乗り換え通路の跨線橋をいく客が「あら、なつかしいわ」と足を止める。昔の味に魅せられて買い求める光景がある。若者はめずらしげに立ち止まる。見ているかぎり細々とした売り上げで、決して派手な商売ではない。
森田さんは15歳のとき、浅草国際劇場の裏手にあった駄菓子メーカーに就職し、菓子職人となった。当時の浅草には菓子メーカーが100軒ほどあった。戦後の物資不足から砂糖の入手が困難で、サッカリンを使っていた時代である。上野から御徒町にかけてガード下には、菓子問屋がずらり並んでいた。『アメ屋横丁』と呼ばれ、賑わっていた。時代とともに生鮮食品や乾物や衣類などの販売店が増え、いまや問屋としては「二木の菓子」が一軒残るのみ。ほかは菓子の小売業。
押しやられた大半の菓子問屋は日暮里へと移転した。あらたに問屋街が形成され、世に知れることになった。首都圏のみならず、遠くから商人が日暮里まで仕入れにきた。やがて、この問屋街も跡継ぎ不足から斜陽化してきた。そのうえ、モノレール建設工事の予定地となり、衰退に拍車がかかった。いまでは数件残すのみ。
東京の名物の駄菓子屋はもはや風前の灯。最近は、上野『アメ横』の呼び名の由来すら知らないひとが増えてきた。戦後の物資不足にアメリカ横町と呼ばれていた? だから『アメ横』になったと思い込むひとがいるくらいだ。菓子職人の森田さんは17、18年ほど前に独立した。みずから『禁煙飴』を開発し、製造した。結果は失敗だった。理由は、製品を持ち込んだ先で、タバコが売れなくなると反発されて取り扱ってくれなかったからだと語る。
製造方法を質問すると、博士号を持つ禁煙協会会長の話しなどを参考に、松を原料として作ったという。「禁煙飴を舐めると、タバコがまずくなり、吸いたくなる。効果はあったんだよ」と苦笑する。「時代が早すぎた。禁煙がいまほど叫ばれていなかったから」と補足した。タバコだけではなく、どうも口に入れる食べ物がみな不味くなってしまう代物だったらしい。
60歳を超えたころ、森田さんは、これを機会にメーカーから販売に転じた。たった一人で『東京下町駄菓子市場』を立ち上げた。昔馴染みの駄菓子職人たちが全国各地に散り、手造りの菓子をつくっている。一方で、職人たちが老いてきた現実があった。スーパーでは品切れが許されない。70歳、80歳近くなった職人たちでは定期的に納入できるほど、量産がきかない。
「売り切れご免で、細々と売る店が必要だ。そうした物販店で、かれらの販売を手伝ってあげよう」と森田さんは決めたのだという。平成2年には東日本キヨスクとテナント契約できたことから、各地の顔なじみ職人に声をかけた。取り寄せた商品一つひとつみずから味を確かめ、品質の気に入ったものだけを販売する方針をとったのだ。
約80種類の駄菓子がならぶ。200円から300円前後の商品が多い。人参あられ、磯辺おこし、あんず子、梅ジャム、べっ甲飴、ミソ飴、きなこ棒、紫いも飴、栗しぐれ。これら商品には駄菓子屋の歴史が感じられる。眺めているだけでも楽しい。
店はあくまでもキヨスク「臨時販売所」という条件付きである。JR駅の都合しだいで、場所の移転か、撤去かを余儀なくされる。昨年は西日暮里駅がトイレ工事により、販売できなくなった。今年は6月から、日暮里駅のエレベーター新設工事がはじまる予定。次の場所として、森田さんはキヨスク金町駅などを希望しているが、返事待ち。
「人件費を考えたら、やっていけない。楽しんでやってるだけだよ」。森田さんの話を聞いたり、接客を見ているかぎり、収支よりも駄菓子職人たちが丹精こめて作った商品を販売してあげる、という意気込みが感じられる。客が立ち止まると、「そっちにある、『結びカリントー』はもう貴重品だよ。作れる職人はこのひとしかいないからね」とおしえる。製造元の職人の年齢を考えると、消えていく駄菓子は多いようだ。
森田さんが、昔ながらの手作り駄菓子の販売をどこまで守れるのだろうか。この機会に、『東京下町駄菓子市場』しか扱っていない、日本ではもはやめずらしくなった、昔ながらの菓子の探索に訪ねてみるもの面白い。次回の販売は2月27日から1週間限定である。日暮里駅の販売は月に一度だけで、今年6月まで。【了】
『東京下町駄菓子市場』と聞けば、大そうな市場に思えるが、日本最小の市場だろう。駄菓子一筋に生きてきた森田正雄(75歳)さんが、長女の宮石恵美子さんの手を借りて営む。日暮里駅の乗降客は一日平均7万9000人。乗り換え通路の跨線橋をいく客が「あら、なつかしいわ」と足を止める。昔の味に魅せられて買い求める光景がある。若者はめずらしげに立ち止まる。見ているかぎり細々とした売り上げで、決して派手な商売ではない。
森田さんは15歳のとき、浅草国際劇場の裏手にあった駄菓子メーカーに就職し、菓子職人となった。当時の浅草には菓子メーカーが100軒ほどあった。戦後の物資不足から砂糖の入手が困難で、サッカリンを使っていた時代である。上野から御徒町にかけてガード下には、菓子問屋がずらり並んでいた。『アメ屋横丁』と呼ばれ、賑わっていた。時代とともに生鮮食品や乾物や衣類などの販売店が増え、いまや問屋としては「二木の菓子」が一軒残るのみ。ほかは菓子の小売業。
押しやられた大半の菓子問屋は日暮里へと移転した。あらたに問屋街が形成され、世に知れることになった。首都圏のみならず、遠くから商人が日暮里まで仕入れにきた。やがて、この問屋街も跡継ぎ不足から斜陽化してきた。そのうえ、モノレール建設工事の予定地となり、衰退に拍車がかかった。いまでは数件残すのみ。
東京の名物の駄菓子屋はもはや風前の灯。最近は、上野『アメ横』の呼び名の由来すら知らないひとが増えてきた。戦後の物資不足にアメリカ横町と呼ばれていた? だから『アメ横』になったと思い込むひとがいるくらいだ。菓子職人の森田さんは17、18年ほど前に独立した。みずから『禁煙飴』を開発し、製造した。結果は失敗だった。理由は、製品を持ち込んだ先で、タバコが売れなくなると反発されて取り扱ってくれなかったからだと語る。
製造方法を質問すると、博士号を持つ禁煙協会会長の話しなどを参考に、松を原料として作ったという。「禁煙飴を舐めると、タバコがまずくなり、吸いたくなる。効果はあったんだよ」と苦笑する。「時代が早すぎた。禁煙がいまほど叫ばれていなかったから」と補足した。タバコだけではなく、どうも口に入れる食べ物がみな不味くなってしまう代物だったらしい。
60歳を超えたころ、森田さんは、これを機会にメーカーから販売に転じた。たった一人で『東京下町駄菓子市場』を立ち上げた。昔馴染みの駄菓子職人たちが全国各地に散り、手造りの菓子をつくっている。一方で、職人たちが老いてきた現実があった。スーパーでは品切れが許されない。70歳、80歳近くなった職人たちでは定期的に納入できるほど、量産がきかない。
「売り切れご免で、細々と売る店が必要だ。そうした物販店で、かれらの販売を手伝ってあげよう」と森田さんは決めたのだという。平成2年には東日本キヨスクとテナント契約できたことから、各地の顔なじみ職人に声をかけた。取り寄せた商品一つひとつみずから味を確かめ、品質の気に入ったものだけを販売する方針をとったのだ。
約80種類の駄菓子がならぶ。200円から300円前後の商品が多い。人参あられ、磯辺おこし、あんず子、梅ジャム、べっ甲飴、ミソ飴、きなこ棒、紫いも飴、栗しぐれ。これら商品には駄菓子屋の歴史が感じられる。眺めているだけでも楽しい。
店はあくまでもキヨスク「臨時販売所」という条件付きである。JR駅の都合しだいで、場所の移転か、撤去かを余儀なくされる。昨年は西日暮里駅がトイレ工事により、販売できなくなった。今年は6月から、日暮里駅のエレベーター新設工事がはじまる予定。次の場所として、森田さんはキヨスク金町駅などを希望しているが、返事待ち。
「人件費を考えたら、やっていけない。楽しんでやってるだけだよ」。森田さんの話を聞いたり、接客を見ているかぎり、収支よりも駄菓子職人たちが丹精こめて作った商品を販売してあげる、という意気込みが感じられる。客が立ち止まると、「そっちにある、『結びカリントー』はもう貴重品だよ。作れる職人はこのひとしかいないからね」とおしえる。製造元の職人の年齢を考えると、消えていく駄菓子は多いようだ。
森田さんが、昔ながらの手作り駄菓子の販売をどこまで守れるのだろうか。この機会に、『東京下町駄菓子市場』しか扱っていない、日本ではもはやめずらしくなった、昔ながらの菓子の探索に訪ねてみるもの面白い。次回の販売は2月27日から1週間限定である。日暮里駅の販売は月に一度だけで、今年6月まで。【了】
※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。
パブリック・ジャーナリスト 穂高 健一
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