「エアコンがCO2を燃料に変える“工場”になる? 新技術「クラウドオイル」は温暖化防止の決め手になるか」の写真・リンク付きの記事はこちら

地球の気候は悪循環で溢れている。降雨量が減れば山火事の危険性が高まり、二酸化炭素(CO2)の排出量が増える。北極の温暖化が進むと永久凍土が解け、そこに閉じ込められていたメタンが放出される恐れがある。放出されたメタンは、CO2よりも速く地球を暖めることになる。

だが、地球温暖化の悪循環の要因のうち、あまり知られていないものが身近にある。エアコンだ。エネルギーを大量消費するこの家電製品を使うと、CO2の排出を引き起こし、地球温暖化に拍車がかかる。そうしてわたしたちがエアコンを使えば使うほど、CO2の排出量が増え、温暖化が進む。

しかし、エアコンの利用によってCO2の排出量を増やすのではなく、大気中からCO2を除去するための切り札にできるとしたら──。エアコンのそうした活用が可能であるとする新たな論文が、このほど学術誌『ネイチャー・コミュニケーションズ』に掲載された。

エアコンから燃料をつくる「クラウドオイル」

論文によると、現在開発中の技術を使えば、超高層ビルや一般住宅に設置してあるエアコンがCO2を取り込み、燃料に変換する装置に変わるという。つくられた燃料は、電動化が困難な貨物船などの動力源として使える。

論文では「クラウドオイル(crowd oil)」と呼ばれているこのアイデアは、いまのところ理論上は可能だという程度のもので、実用化には多くの課題がある。とはいえ、地球温暖化対策が待ったなしの状況にあるいま、気候変動を阻止するための勝負の場でクラウドオイルは活躍する余地があるかもしれない。

エアコンの問題は、それが大量のエネルギーを必要とするだけではなく、熱を排出する点にもある。今回の論文の共同執筆者であり、トロント大学で材料科学を専門とするジェフリー・オジン教授は次のように語る。「何も犠牲にせずにエアコンのメリットを享受できるわけではありません。エアコンは何かを冷やすと同時に何かを温めているのです。その熱は街中に排出されます」

これによってヒートアイランド現象が深刻化する。ヒートアイランド現象とは、都市の大量のコンクリートが大量の熱を吸収し、日没後に熱を放射する現象だ。

エアコンを改良し、CO2を取り込んで燃料に変えるようにするには、エアコンの部品を大幅に改変しなければならなくなる。汎用的な周辺機器を出荷すれば済むというわけにはいかないということだ。

まず必要なのは、大気中のCO2と水分を吸着するためのフィルターだ。水(H2O)から酸素(O)を取り除いて水素(H2)にするための電解槽も必要だ。その後、このH2をCO2と組み合わせて炭化水素燃料をつくる。「つまり、誰もが自分の油井をもてるわけです」とオジンは言う。

燃料を燃やして出るCO2への対処

研究者は、この技術をドイツのフランクフルトにあるメッセタワーで利用すると仮定して分析した。ちなみにメッセタワーを選んだのは、主執筆者でカールスルーエ工科大学教授のローラント・ディットマイヤーである。彼はメッセタワーがフランクフルトの景観のランドマークであることから、この建物を選んだ。

容積約20万立方メートルのメッセタワーなら、毎時1.5トンのCO2を取り込み、年間4,000トンの燃料をつくることができる。

比較のために書いておくと、スイスのクライムワークス(Climeworks)がつくった初めての商業用「直接空気回収(DAC)プラント」は、年間900トンのCO2を大気中から直接取り込む。ディットマイヤーによると、その量はメッセタワーが取り込むCO2の量の10分の1未満だ。ディットマイヤーらが提示した技術を5〜6部屋の集合住宅に適用すると、毎時0.5kgのCO2を取り込める計算になるという。

理論上はエアコンさえあれば、どこでも合成燃料をつくれる。「重要なのは、その場でCO2を液体に変えられることです。パイロット規模のプラントではすでに可能になっています」とディットマイヤーは説明する。彼は同僚とともにプラントで実験し、1日当たり10リットルの合成燃料をつくった。彼らは向こう2年間で生産量を20倍に増やしたいと考えている。

ただし、このプロセスをカーボンニュートラルにするためには、高性能エアコンのすべての動力源を再生可能エネルギーにすることが前提となる。合成燃料を燃やすと、そこでまたCO2を排出してしまうからだ。

この問題への対応策として、ディットマイヤーは建物全体をソーラーパネルにしてしまうことを提案している。建物の屋根だけでなく、正面や窓も、極薄で大きく透明なソーラーパネルで覆ってしまうのだ。

「木が光合成するようなものです。こうすることで、超高層ビルもあなたの家も化学反応を引き起こします」とディットマイヤーは話す。もちろんそんな建物の改造は容易ではない。CO2吸収装置の設置は、CO2削減のための解決策の一部にすぎないことを忘れてはならないのだ。

スケールアップは難題だらけ

この技術を多くの建物や都市に広めるには、まだ数多くの難題がある。

例えば、生成した燃料を保存回収する方法だ。トラックで燃料を回収して施設に運ぶ、あるいは生産量が多い場合にパイプラインを建設する方法などが考えられるだろう。

この難問はふたつの問題をはらんでいる。第1の問題は、多数のエアコン装置を改良しなければならない点である。なお、その改良にかかる費用は明らかではない。というのも、技術自体がまだ仕上がっていないからだ。第2の問題は、クラウドオイルを使用する現場まで運ぶインフラをつくらなければならない点である。

クラウドオイル以外にも、CO2を大気中から吸収する方法はある。カナダのカーボン・エンジニアリング(Carbon Engineering)では、空気からCO2を取り込んで保存する、いわゆるCO2回収・貯留(CCS)用のかなり大きな独立型装置を開発中だ。同社の主任研究員代理デヴィッド・キースは、次のように語る。

「電力を用いてつくるカーボンニュートラルな炭化水素燃料は、わたしたちが抱えるふたつの大きなエネルギー問題の解決に役立つ可能性があります。間欠的な再生可能エネルギーを管理すること、そして交通機関や産業界で電動化が困難な部分を脱炭素処理することです」

キースは続ける。「わたしはカーボン・エンジニアリングと協働しているので意見が偏っているかもしれないのですが、エアコンを利用するような分散型対応にはかなり懸念を抱いています。CO2という大きなゴミを、エアコンのような小さな処理場で処理するわけにはいきません。大型の風力タービンがあるのには理由があるのです」

新技術で真の目標を霞ませてはならない

また、大気中にすでに存在するCO2を捕捉する技術は、いずれもモラルハザードという厄介な問題に直面する。

カーボン・エンジニアリングが取り組んでいるようなネガティヴエミッション技術も、エアコンでCO2を除去するニュートラルエミッション技術も、大気中のCO2を取り込む技術だ。前者はすでに大気中に排出されているCO2を回収・除去する方法であり、後者は大気からつくった燃料を燃焼してCO2を排出することによって、CO2の排出量を相殺する方法である。

問題は、こうした技術の開発によって、気候変動に取り組む際に最も重大な目標、つまりCO2のそもそもの排出量を早急に減らすという目標がかえっておろそかになってしまう点だ。なかには、資金と時間はすべて、クルマや産業がカーボンニュートラルやカーボンネガティヴ(排出量が吸収量より少ない状態)に向かうような技術に使われるべきだという人もいるだろう。

大気中のCO2の回収にエアコンを使うというアイデアは、気候変動の問題への万能薬にはなりえない。この方法を使って本当のカーボンニュートラルにするためには、あらゆる動力源を再生可能エネルギーにしなければならないからだ。しかし、ディットマイヤーが提案する建物全体を覆う太陽光パネルは、まだ商業化が始まったばかりである。

CCSに対する一般の人々の認識を調査した経験のあるスイス連邦工科大学チューリッヒ校の環境社会学者セルマ・ロランジュ・セイゴ博士は、今回の論文で紹介された技術についてこう考えている。「新技術を追求することが倫理に反するとは思いません。それだけを追求することが倫理に反するのです」。なお、セイゴは今回の論文の研究には参加していない。

クラウドシステムの強みは「収入」

エアコンでCO2を捕捉するシナリオの隠れた魅力は、各種のCCSシステムに共通する問題の解決を目指すところにある。

CCSの実行にはコストがかかるものの、そもそもこの技術はCO2を取り込んで貯めるだけなので、売れるものがない。一方、CO2を燃料に変えるエアコンは、燃料を売ることで理論的には収入源になりえるのだ。「確実に市場はあります。その市場をつくることこそ、CCSの大きな課題のひとつなのです」とセイゴは話す。

わたしたちは今後も、エネルギーをいくらでも消費するエアコンを使い続けるだろう。高齢者など気候の影響を受けやすい人々は、熱波の時期にエアコンを利用できるかどうかは生死にかかわる問題だ。2003年8月に欧州を襲い、35,000人を死に追いやった深刻な熱波をはじめとする異常な高温現象は、地球全体が温暖になるにつれて、頻度と激しさを増している。

砂漠の国サウジアラビアでは、国内エネルギーのなんと70パーセントがエアコンに使われているという。近い将来、地球上の多くの場所が、サウジアラビアにかなり似た状況になるだろう。

CO2を取り込むエアコンは、それだけでは世界を救えない。それでも、特定の業界やクルマが環境に配慮するようになる方法を研究者が見つければ、エアコンは価値が高い間欠的な再生可能エネルギーとして役立つだろう。