マクドナルドのメニューは豊富だ。それなのにハンバーガーとポテト、飲み物を組み合わせた「バリューセット」を頼んでしまう人が多い。東京大学経済学部の阿部誠教授は「マクドナルドはメニューに仕掛けがある。それを読み解くカギは『ヒューリスティック』だ」という――。

※本稿は、阿部誠『東大教授が教えるヤバいマーケティング』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■なぜマックのメニューは見づらいか

マクドナルドでビッグマックのバリューセットを買ったときのことを思い出してください(買ったことがない人は、想像してみてください)。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/EllenMoran)

そのときビッグマックのバリューセットを選んだのは、たんに食べたかったからでしょうか? 食べたくないものを買うわけはないので、もちろんそのとおりでしょう。でも、よくよく考えてみれば、別にバリューセットではなくても、よかったかもしれませんよ。「本当はポテトはいらないんだけど……」と思っていた方もいらっしゃるはずです。

にもかかわらず、なぜバリューセットを買ったのか――。

マクドナルドのレジカウンター後方に掲げられたディスプレーには、キャンペーン中の商品とセットメニューが画像付きで大きく掲示されています。そこには、単品や100円商品など、比較的安価な商品は普通、表示されていません。

それらの商品も掲載されているフルメニューはレジカウンターに置かれているため、もしディスプレーに掲載された商品とは別のものを選びたいなら、順番が回ってきてあわててメニューから自分が欲しい商品を探すことになります。

もし、そのとき自分の後ろに長い列ができていたら、「早く決めなければ」というプレッシャーを感じ、結局ディスプレーに掲載されたセット商品を選んでしまったという人も多いのではないでしょうか。

■ベストではなくベターの選択をする消費者

意思決定の際に時間的圧力を感じると、人間は厳密な論理で熟考し正確な答えを得る代わりに、直観で素早く近似的な解に到達する「ヒューリスティック」という簡便な方略をとります。

つまり商品を買うことで得られる効用(今回の場合、味や値段、ボリュームなど)が最大になるように、ハンバーガーの種類、サイドディッシュの種類とサイズ、ドリンクの種類とサイズと、一つひとつ厳密に吟味するのではなく、列で待っているときに見ていたディスプレーの中から、効用がおよそ最大になるようなセットメニューを素早く選んでしまうのです。

もちろん企業にとっては、顧客に単品よりセットメニューをオーダーしてもらった方が、利益が上がりますよね。

人間の認知資源は限られているので、効率よく情報を処理するために単純化された意思決定プロセスであるヒューリスティックを使います。それは必ずしも最適な判断には至りませんが、通常は満足できるレベルの判断になることが予期されます。

しかし状況によっては、大きな間違い(バイアス)を引き起こすこともあります。

それではヒューリスティックにはどのような種類があり、それらはどのようなバイアスを生み出すのでしょうか?

認知心理学や行動経済学で研究されているヒューリスティックは、おもに「利用可能性」「代表性」「固着性」の三つに分類されます。一つひとつ見ていきましょう。

■利用可能性ヒューリスティック

このヒューリスティックは、想起が容易な、つまり「利用可能」な事例は発生しやすい、頻度が高いと判断してしまう意思決定プロセスです。スタンフォード大学のトベルスキーと2002年にノーベル経済学賞を受賞したプリンストン大学のカーネマンが、1974年に行った実験を紹介しましょう。

被験者を二つのグループに分けて、同じ人数の名前が載っているリストを読ませました。1番目のグループが読んだリストには、男性の名前の方が多く含まれていましたが、女性の名前の方が知名度の点では高くなっています。

反対に2番目のグループが読んだリストには、女性の名前の方が多く含まれていましたが、男性の名前の方が知名度の点では高くなっています。

リストを読んだあとに、どちらの性別の名前の方がより多かったかを聞くと、どちらのグループの被験者も知名度の高い名前を含んでいた(しかし数としては少ない)性別と答えました。つまり馴染みがある名前が印象付けられて、数まで多いと判断してしまったのです。

「インパクトが強い」「最近知った」「頻繁に接する」「個人的に経験した」「具体性がある」。このような事例は、記憶に深く残って思い出しやすいため、想起が容易になります。

ブランドロゴやシンボル、ブランド名の連呼、CMのジングルや音楽、有名タレントの起用など、多くの広告は、利用可能性ヒューリスティックの効果を狙ったものです。

想起の容易性を高めることによって、広告がより頻繁に放映されている印象を与えたり、タレントの人気が商品の人気であると錯覚させ、実際以上に売れている印象を与えたりすることができます。

■代表性ヒューリスティック

ある事象がどのカテゴリーに属しているかを、統計的な確率ではなく、その事象がカテゴリーの代表的、典型的特徴に類似しているかで直観的に判断することを、代表性ヒューリスティックと呼びます。先の事例と同様に、トベルスキーとカーネマンが行った有名な実験を紹介します。

「リンダは31歳の独身女性。社交的でたいへん聡明です。専攻は哲学でした。学生時代には、差別や社会正義の問題に強い関心を持っていました。また、反核運動に参加したこともあります。リンダの現在の姿を予想して、そうである可能性が高い順に以下の8つをランク付けしてください」

結果は、アメリカの主要大学に通う85〜90%の学生が、8番目に提示された「銀行員でフェミニスト運動の活動家でもある」の方を、6番目に提示された「銀行員である」より高くランク付けしたのです。

「銀行員である」可能性と、「銀行員であり、かつフェミニスト運動の活動家である」可能性を比べたら、銀行員である可能性の方が高いので、確率的には間違っています。しかしリンダの人物描写を考えると、人権問題やフェミニズムに関心のある、学生運動が盛んなカリフォルニア大学バークリー校(実験を行った2人の研究者が一時、在籍していました)の典型的な学生、というイメージが沸き上がってきて、このような結果になったのでしょう。

つまり「もっともらしい」ストーリーが被験者たちの頭の中で構築され、無意識に「起こりやすさ(確率)」で置き換えられたのです。

■固着性ヒューリスティック

被験者には0から100までの数字が書かれたルーレットを回してもらいます。実はこのルーレットは必ず10か65に止まる仕掛けになっています。止まった数値を見たあとで、次の質問に答えてもらいました。

問1 国連でアフリカ諸国が占める割合は、いま見た数字よりも大きいか小さいか?
問2 国連でアフリカ諸国が占める割合は何%か?

このとき、ルーレットで「10」という数字が出た被験者らが、問2に対し、国連でアフリカ諸国が占める割合は平均して25%だと回答したのに対して、「65」が出た被験者らの回答は平均して45%でした。

つまり、ルーレットの値に引きずられているのです。他の研究者が行った同様の実験でも、質問を聞く前に自身の電話番号の下2桁を答えさせると、答えがその数値に影響されることが確認されています。

このように、提示された数値や情報が頭の中で基準点(「10」か「65」)となって、そこから十分な調整ができずに、判断に影響を受けてしまうことを、固着性ヒューリスティックといいます。

■「それ、買わされたのかも……」

ここまで消費行動の原理の一例として三種類のヒューリスティックをご紹介しました。ちょっと専門性の高い話に思われたかもしれませんね。なかにはいち消費者がそんなことを知ってどうなるのか、と思われた方もいるかもしれません。

阿部誠『東大教授が教えるヤバいマーケティング』(KADOKAWA)

でも、ぜひ知っておいていただきたいのです。なぜなら、店側は消費者がどのような行動原理で商品を購入しているのか、すべて知っているからです。知ったうえで、さらにどのような売り方をすれば購入してくれるのか、研究を日夜行っているのがマーケターたちなのです。

マーケターは消費行動の原理に基づき、魅惑的なマーケティング活動を展開することで、消費者を誘惑します。その結果、消費者はときとして無駄な買い物をしてしまうケースも少なくありません。情報の非対称性という言葉がありますが、売り手と買い手が持っている情報の違いにより、買い手が損をするということはしばしば見受けられます。

だからこそ、自分たちがどのような行動原理に基づいて消費活動を行っているのか。それを消費者自身が知ることで、マーケターの巧みな誘導に乗ることなく、不本意な消費を避けることができるようになるのです。

日々マーケティングに接触している消費者として、自分が非合理的な判断を下す可能性があること、そして、どうすればより合理的に購買意思決定ができるかを知ることは、とても大切なことです。

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阿部 誠(あべ・まこと)
東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授
1991年マサチューセッツ工科大学博士号(Ph.D.)取得後、2004年から現職。ノーベル経済学賞受賞者との共著も含めて、マーケティング学術雑誌に論文を多数掲載。2003年にJournal of Marketing Educationからアジア太平洋地域の大学のマーケティング研究者第1位に選ばれる。おもな著書に『(新版)マーケティング・サイエンス入門:市場対応の科学的マネジメント』(有斐閣)などがある。

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(東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授 阿部 誠 写真=iStock.com)