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もくじ

ー 見慣れない姿の跳ね馬
ー 小さな事故が大きく運命を変える
ー ザガートの手で生まれ変わる
ー 奇妙な、しかし唯一無二のクルマ
ー ザガートとオーナーは大いに気に入っていた
ー 運転していれば素晴らしいクルマ
ー 落札予想価格は約5200万〜5800万円

見慣れない姿の跳ね馬

1960年代のスポーツカーの中でも、フェラーリ330GTCは美しさが広く認められた1台だ。生産台数は600台のみで、そのすべてがまるで絵に描いたような優雅なツーリングカーの典型である。いや、この1台を除いて。

なぜなら、この車台番号10659は “標準の” GTCとはかなり違う姿をしているからだ。有名なイタリアのコーチビルダーであるザガートがデザインした独自のボディをまとっており、角張ったスタイルは大いに意見が分かれるだろう。

その唯一無二の跳ね馬が、土曜日のヴィラ・エルバで開催されるRMサザビーズのオークションに出品される。その印象的な物語を振り返ってみよう。

小さな事故が大きく運命を変える

時代は1966年まで遡る。フェラーリはジュネーブ・モーターショーで330GTCを発表した。V12エンジンを搭載したこのクルマは、パワフルな275GTBとそのシャシーを延長した330GT2+2のちょうど間を埋めるモデルだった。

ピニンファリーナがデザインしたGTCは、洒落ていて控えめなスタイリングの習作で、優しげな顔つきとほっそりしたノーズから、引き締まったエッジがリアエンドまで伸び、その両側には力強いショルダーが備わっている。

発表から1年後、車台番号10659(今回RMサザビーズのオークションに出品されるGTCだ)はピニンファリーナ製のボディが架装され、米国へ送られた。

最初にこのクルマを購入したのは、米国で最初にフェラーリの輸入を手掛けた元レーシング・ドライバーの有名なルイジ・キネッティだった。それからすぐに、マサチューセッツ州ケンブリッジに住むロバート・ケネディに販売される。

これまでのところ、よくある話だ。少なくとも、1台のゴージャスなフェラーリのよくある販売話に過ぎない。

しかしそれから5年後の1972年、ケネディがちょっとした事故を起こし、素晴らしいボディシェルが新車当時の美しさを損ねてしまったときに、このフェラーリの運命は大きく変わることになる。

ザガートの手で生まれ変わる

元通りに修理して路上を走り始めればよかったのだが、物事はそのように運ばなかった。ケネディはGTCをキネッティに戻し、キネッティはそれをイタリアのコーチビルダー、ザガートに送ったのだった。

普通のボディで作り直そうとは思わなかったキネッティの意向により、このGTCはザガートの手で風変わりなボディに作り替えられることになる。それより数年前、ザガートは250GTにシャープなエッジのボディを載せた「3Z」を製作していた。

この事故でダメージを受けたフェラーリを使って、まったくユニークなクルマを作り上げて欲しいとキネッティはザガートに依頼した。

ザガートが手掛けたボディは、ノーズ部分はデイトナに少し似ており、車体中央と後部はポルシェ914を思わせる。

見る角度によって前衛的な傑作にも思えるし、あるいはフランケンシュタインのようなクルマの怪物にも感じられる。

奇妙な、しかし唯一無二のクルマ

RMサザビーズによると、このボディの製作にはカロッツェリア・カルロ・マラッツィとMガストーネ・クレパルディが手伝ったという。そのため、改造されたボディシェルはまとまりがあるとは言えない代物になった。

よく言えば、いくつものデザイン言語を1つの特徴的なボディに結集することに心血が注がれた、とも言えるだろう。悪く言えば? どこから見ても角度がずれているような、無様で不格好で奇怪なクルマということになる。

エクステリアについて言えばこんな感じだ。まず、フロントにグリルがない。その横のラインはフロント・ホイールアーチの前後でずれている。タルガスタイルのキャノピーは、ボディの後方から3分の1あたりのところで急落している。

それは、2009年に「クラシック&スポーツカー」でマーティン・バックリーが書いたように、「角と曲線、突出の奇妙なコレクション」だ。

ザガートとオーナーは大いに気に入っていた

これを好ましく思わない人々がなんと言おうと、ザガートは明らかに自身の仕事を気に入っていたようだ。この新たにボディを作り替えたクルマを、1974年のジュネーブ・モーターショーで自分たちのブースに展示したのだから。

予定通りに展示を終えた後、このGTCはキネッティに返却され、それからケネディの元に戻った。唯一無二のイタリアの駿馬を手に入れたケネディは大いに喜び、1990年代まで所有していたという。

ケネディが手放した後、この風変わりなクルマは1996年のペブルビーチ・コンクール・デレガンスに姿を現した。その後、有名なエドガー・シャーマーホーンのコレクションに加えられた。

シャーマーホーンの厚意により、2009年8月に前述のバックリーがわれわれの代表としてこのクルマを運転した。とはいえ、バックリーはこのデザインを気に入らなかったようだが…。

運転していれば素晴らしいクルマ

車台番号10659は「史上最も醜いフェラーリ」なのだろうか。バックリーは「醜さは隠しようがない」と書いた後、次のように締め括っていてる。「しかし幸いなことに、乗っている時にはそれを目にしなくて済む」

彼はこのクルマが「運転すると素晴らしい」と認めている。しかし、それはザガートの手柄ではない。

確かに意見は分かれるところだろう。しかし、それは多くのザガートのデザインと同様、画期的であることは確かだ。抽象的な自動車デザインにおける創造性の限界を押し広げることに挑み、現在も活気に満ちた議論を巻き起こすことができる。

それはこのイタリアのコーチビルダーの100周年を祝うのに相応しい。

落札予想価格は約5200万〜5800万円

そして今、あなたが望めば(そしてそれなりの資金を用意できれば)この唯一無二の跳ね馬を手に入れることができるかもしれない。2009年にこのクルマを購入した現在のオーナーであるドイツ人コレクターが、RMサザビーズのオークションで売却するというのだ。

ドイツのモデナ・モータースポーツ社によって整備を受け、新車同様のコンディションとなっている車台番号10659は、5月25日にイタリアのコモ湖畔で開催されるヴィラ・エルバのオークションに出品される。大いに注目を集めるに違いないこのクルマに、あなたも入札することができるのだ。

落札価格は、42万5000〜47万5000ユーロ(約5200万〜5800万円)の間になるとRMサザビーズは予想している。

その来歴や、状態が良い「普通の」330GTCが50万ユーロをくだらないことを考えれば、まず間違いなくお買い得と言えるだろう。しかも、ザガート製ボディを持つ数少ないフェラーリの1台なのだから。

多数のクルマが出品されるオークション会場でも、見逃すことはないだろう。なにしろ目立つことは間違いないからだ。