昨季まで中日でプレーしていた野本圭【写真:荒川祐史】

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現在、中日の中四国担当スカウトを務めている野本圭

 現役時代、帽子のつばには「志」と書いてあった。

 引退試合の最後の打席はファーストゴロ。一塁にヘッドスライディングした。無意識だった。ナゴヤドームに響く拍手と歓声。ユニフォームは泥だらけだった。闘志あふれる全力プレー、野球に対する真摯な姿勢。野本圭はファンにもチームメートにも愛された。

 岡山南高校、駒澤大学、日本通運を経てドラフト1位で中日に入団。去年、10年間の選手生活にピリオドを打ち、今年から中国四国担当スカウトとして第2の人生をスタートさせた。

「まずは顔と名前を覚えてもらうことです。岡山出身ですが、18歳までしかいなかったので、実はそんなに人脈はありません。ただ、駒沢大学のOBはどの県にもいます。本当に良かったと思います。また、社会人野球のチームに行くと、『日通の野本さん』と言われることも多いので、コミュニケーションは取りやすいですね」

 移動は電車か車。宿泊はホテル。毎日、選手情報をパソコンに打ち込み、球団に報告。9県を1人で網羅。配った名刺は800枚を超えた。

「平日は午前中に社会人、午後に高校の練習を見るのが基本です。四国にいる時はそのまま18時プレーボールのアイランドリーグの公式戦を視察することもあります。土日は大学のリーグ戦や高校の練習試合など、必ずどこかで試合を見ていますね」

 野本スカウトには決めていることがある。

「リストに挙がっている選手が誰かを監督やコーチに確認せず、まずは自分の目で全選手をチェックすることです。先入観を持たず、見る目を養いたいからです」

 さすがに去年までプロで戦っていた男である。その後に確認すると、ほとんど一致するそうだ。そして、そこから肝心の評価に入る。

野本氏が語るスカウト業「スピードガン、ストップウォッチ、ビデオカメラ、スコアブックの4つが必需品」

「スピードガン、ストップウォッチ、ビデオカメラ、スコアブックの4つが必需品。まずは球団の基準と照らし合わせて、注目選手に点数をつけるところから始まります」

 例えば、投手なら球速やクイックのタイム、野手なら1塁到達タイム、捕手なら2塁送球タイムなど各項目で点数が細かく設定されているが、それだけではない。

「伸びしろ、雰囲気、センスなどスカウトの意見を記入する欄もあります。数字は他球団もほぼ同じになりますから、特色が出るのはこの部分ですね」

 ここにも野本スカウトには流儀がある。

「良い時と悪い時を把握すること。確かにドラフトにかかる年の状態は重要ですが、本来の能力は高いのに、調子が落ちたまま秋を迎える選手もいるはずです。その理由を聞かれた時に明確に答えられるように準備しています」

 したがって、同じ選手を何度も見る。すると、好不調の理由、性格などが分かってくる。

 ある投手を追いかけた。

「試合で好投したので、練習を見に行きました。あえてブルペンでキャッチャー側から見ていると、力みまくって、ボールはあっちこっちに。コーチの方から『すみません、こんなピッチングで』と言われましたが、むしろ好感が持てました。欲やガッツがある証拠。プロでは必要です。それが過剰になった時の症状や修正点が理解できましたし、収穫ありでした」

 時にはアポなしで球場を訪れることもある。

「アイランドリーグの練習です。彼らはプロ。誰も見ていない時にどんな態度や姿勢で野球に取り組んでいるかを見極めるためです。結局、プロで長く第一線でやれる人は常に手を抜かない。みんなそうでした」

現役時代は山本昌、岩瀬仁紀、立浪和義ら錚々たる顔ぶれと共にプレーした

 野本スカウトは現役時代、山本昌、岩瀬仁紀、立浪和義、谷繁元信、和田一浩、小笠原道大、荒木雅博など錚々たる名球会選手と共に戦った。彼らの背中から学んだことは今、スカウト活動に生きている。

 中国四国地区の上位候補選手には、創志学園の西純也とJFE西日本の河野竜生の投手2人が挙がる。ただ、他にも野本スカウトならではの視点で注目している選手がいるという。

「僕はピッチャーなら左の変則が気になります。現役時代に困りましたから」と笑う。

 クロスステップから独特のスライダーを操る投手がいるそうだ。

「打者なら内角を捌ける選手。体がクルっと回れるかどうか。そこは天性。特にバッティングカウントでインコースを引っ張って大きなファウルが打てるといいですね。まだ、多少詰まりますが、体がうまく回転する選手はいます」

 スカウトの集大成は秋のドラフト会議だ。

「楽しみです。たとえ、他球団に入っても、注目してきた選手は見続けたいです。自分の目が正しいかどうかの判断材料になりますから」

 スカウトという仕事に就いて、改めて思うことがある。

「この仕事は人の人生を左右する。だから、色んな角度から何度も見ないと。中途半端な報告は絶対にできない」

 着るものはユニフォームからスーツに変わった。持つものはバットからパソコンに変わった。しかし、変わらないものもある。彼の情熱だ。すり減った靴底がそれを物語る。野本スカウトは今日も東奔西走している。高い「志」を持って。(CBCアナウンサー 若狭敬一/ Keiichi Wakasa)
<プロフィール>
1975年9月1日岡山県倉敷市生まれ。1998年3月、名古屋大学経済学部卒業。同年4月、中部日本放送株式会社(現・株式会社CBCテレビ)にアナウンサーとして入社。テレビの情報番組の司会やレポーターを担当。
また、ラジオの音楽番組のパーソナリティーとして1500組のアーティストにインタビュー。2004年、JNN系アノンシスト賞ラジオフリートーク部門優秀賞。2005年、2015年、同テレビフリートーク部門優秀賞受賞。2006年からはプロ野球の実況中継を担当。
現在の担当番組は、テレビ「サンデードラゴンズ」(毎週日曜12時54分〜)「High FIVE!!」(毎週土曜17時00分〜)、ラジオ「若狭敬一のスポ音」(毎週土曜12時20分〜)「ドラ魂キング」(毎週金曜16時〜)など。著書「サンドラのドラゴンズ論」(中日新聞社)。