脳梗塞で倒れた後、自ら離婚を望んだ夫だったが、あることが引き金になり妻を殺害してしまった、その動機とは?(写真:プラナ/PIXTA)

すべての「家族」が仲良く手を取り合って暮らせるわけはない。なかには夫婦や親子同士で激しく憎しみ合い、争いの末に裁判や事件にまで発展してしまう家族もいる。

本連載では傍聴ライターとして長年活動し続ける高橋ユキ氏が、裁判の傍聴を通じて見えた「家族が抱える問題」について紹介していく。

ずんぐりむっくりした体型に白髪の坊主頭。黒いシャツとパンツで小ぎれいだ。

男は、松嵜(まつざき)文雄被告(73)。2017年5月、埼玉県川口市にある自宅マンションの一室で、同居する妻の松嵜すゑ子(すえこ)さん(68=当時)の首を絞めるなどして殺害。殺人罪で起訴された文雄被告の裁判員裁判は今年2月から3月にかけ、さいたま地裁で開かれた。


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文雄被告は事件前に脳梗塞を発症し、その後遺症で失語症となっている。そのため、証言台の前にノートパソコンが広げられ、公判で会話が交わされるたびに、そのディスプレーに内容が表示されていた。法廷の端には、同時通訳のように会話をすぐさま入力している女性たちがいた。文雄被告の傍らには言語通訳が座り、ディスプレーに表示される文章を、細かく説明している。

事件を起こしてから脳梗塞で倒れたのではなく、事件を起こしたとき、すでに脳梗塞後で、失語症を発症している状態だった。逮捕から公判までに1年半をゆうに超えていたのは、文雄被告が否認して取り調べが長期化したというわけではなく、失語症のために取り調べに時間を要したためであろう。事件当時から、妻とのコミュニケーションは楽ではなかったはずだ。いったい何があって事件へと至ったのか。

「最初に離婚を望んだ」のは文雄被告だった

検察側冒頭陳述によれば、文雄被告とすゑ子さんは同棲を経て2002年に結婚。お互い再婚同士でそれぞれ成人した子どもがいた。2年後に本事件の現場となるマンションを購入し、同居を続けていたが、文雄被告が脳梗塞で倒れ、その後遺症で失語症に。主に発語が困難となった。言語聴覚士の元でリハビリを続けていたが、夫婦仲は徐々に悪くなっていったという。

2016年9月、離婚のために調停を申し立てたのは、文雄被告のほうだった。

事件までに5回の調停が開かれ、夫婦はともに離婚に合意していた。このまま離婚に至れば何も起こらなかったはずだ。だがすゑ子さんが提示した条件に、文雄被告が不満を抱く。それまで「夫が出ていけば、金銭を受け取れなくても離婚に合意する」と言っていたすゑ子さんが、5回目の離婚調停時に、こう主張したのだという。

「マンションの所有権は私で、夫には引っ越し代として22万円支払う」

この11日後、文雄被告はすゑ子さんの殺害を決意した。離婚調停中だが同居は続けていた2人。その日に限って、すゑ子さんはいつもの寝床でなく、ソファで眠ってしまっていた。そこに文雄被告が馬乗りになり、首を絞めた。

罪状認否で「間違っているところはないか」と裁判長に問われ「はい!」と大きな声で答えていた文雄被告。事件の経緯には検察側、弁護側双方、主張の食い違いは見られないが、事件に至る流れについては、いくぶん異なる。

弁護側は冒頭陳述で、文雄被告が離婚調停の申し立てを決意した背景に、すゑ子さんの冷たい態度があったのだと主張した。

<弁護側冒頭陳述>
元々快活で話しすぎるほどの文雄さんでしたがそんな人が突然失語症になってしまった……。すゑ子さんははじめ、文雄さんを心配して一緒に色々なところへ行っていました。病院も付き添っていました。

ところが徐々に文雄さんを無視するようになり、頻繁に外出し、行き先も、帰る時刻も伝えず、夜遅くなっても帰ってこないこともありました。ホワイトボードを用意して、帰る時刻を書いて欲しいと伝えても、書いてくれず……。

突然すゑ子さんが怒り出す時がありましたが、文雄さんはなぜ怒っているのかわかりませんでした。徐々に文雄さんを軽んじるような態度をとるようになったのです。

妻が提示した「22万円」の引っ越し代

こうして冷えた関係にあった夫婦が、離婚の話し合いを進めることになったが、文雄被告はこの調停の進捗を、自身が依頼していた弁護士に聞いてもなかなか理解できず、また夫婦関係において文雄被告が何を問題としていたのか弁護士に伝えることもままならなかったという。このような状態が続けば、文雄被告が大きなストレスを感じるようになるのも自然な流れではある。

<弁護側冒頭陳述>
すゑ子さんが提示した22万円の引っ越し代は、あまりに少ない。引っ越しもできない。もう次回で終わりにしようと思った……ところがすゑ子さんの態度が急変し、打って変わって『出て行け』と怒鳴るようになった。条件を受け入れようと、平穏を保とうとしていた心が崩れ始めた……。

離婚はそもそも文雄被告が望んでいたが、その条件が折り合わない中で文雄被告は事件を起こした。その大きなきっかけとなったのは“22万円の引っ越し代”という離婚条件だった。

なぜすゑ子さんは、15年以上連れ添った夫に対し、このような条件を提示したのか。その理由は証拠調べで明らかになった。

すゑ子さんは調停で次のような書類を提出していたという。

「同居して数年後から、被告はすゑ子さんに暴言を吐くようになり、外泊が増え、コミュニケーションを拒絶するようになった。そのためすゑ子さんはうつ病を患った。また自宅マンションはすゑ子さんの保有財産から1300万円の頭金を払い、事実上半分以上すゑ子さんが支出していた」

「2人の関係」は脳梗塞の前から崩れていた

脳梗塞は関係なく、もともとすゑ子さんとの関係は良好とはいえなかったようだ。すゑ子さんと前夫との間の息子が証人出廷し、文雄被告が脳梗塞を起こす前の様子を、怒りを込めこう証言した。

<すゑ子さんの息子の証言>
1996年ごろから二人は同居するようになりましたが、当時から母は松嵜から嫌がらせを受け、病院に搬送されたり、また2009年には母が帰宅すると、松嵜が見ず知らずのスナックの女性と裸で寝ていたりという浮気があったり、関係がよくないときは多々ありました。

松嵜は母に金を渡さない時期もあり、また2010年には、母に暴力をふるい、私が海外出張で国外にいたため助けることができず、大宮の従兄弟に助けに行ってもらったときもありました。

事件前年には、金を自分で管理したいと言いだし、その頃から、金の流れについて母を責め立て、「馬鹿野郎」と罵倒したり、ストレスがたまるとリモコンを母に投げつけたと聞いています……。

すゑ子さんの息子は文雄被告のかつての行状を、時に声を詰まらせながら語り続けた。文雄被告が脳梗塞を起こす前から夫婦の関係は冷え切っており、また文雄被告の言動に、すゑ子さんの子どもたちは怒りを感じていたようだ。

だがこの証言も、当の文雄被告はすぐには理解できない。冒頭のようにパソコンの画面に表示された文字を読み、通訳からの説明を受け、理解した様子でうなずいたり、また頭を左右に振った場合は通訳がさらに説明を加え、尋問が進んでいく。

頭を左右に振るときの文雄被告が、証言内容そのものを理解できないということなのか、それとも証言に納得いかず自分の言い分があるということなのかが、様子を見ていても判然としないことがたびたびあった。

別期日で開かれた被告人質問も、同様の流れで進んだ。そんな中でも、文雄被告は弁護人からの質問には泣きながら「自分が殺さなかったら……また違うこと、あったかもしれない……」と述べた。通訳曰(いわ)く「すゑ子さんのうつ状態について思い至っていれば、違う選択肢があったかもしれない」という意図だという。

だが、質問者が検察官に交代し「違う選択肢があったと言いましたね?」と問われると「………」と返答をせずに無反応状態となっていた。

質問では、脳梗塞で倒れる前の文雄被告の言動についても問われていたが「質問がわかりません」とたびたび答え、すゑ子さんの息子が証言したような過去があったかどうかは、本人からしっかりと語られることはなかった。

「夫婦のすれ違い」が招いた後味の悪い事件

事件の日、文雄被告がすゑ子さんに馬乗りになり、首を絞めて殺害したことは確かだ。このときすゑ子さんは目を覚まして強い抵抗を示し、文雄被告の髪の毛が大量にソファに散らばっていたことが、証拠から明らかになっている。

脳梗塞の後遺症を抱えた生活の中で、すゑ子さんに冷たくされたという文雄被告だが、すゑ子さんはそれよりずっと前から、夫婦関係に悩んでいたのではないだろうか。文雄被告の奔放な振る舞いにより生じていた、夫婦のすれ違い。それが事件を招いた。

文雄被告には懲役10年の判決が言い渡されている。だが、懲役を終えても、文雄被告がすゑ子さんの気持ちに寄り添えるかは怪しい。“脳梗塞の後遺症に苦しむ自分に冷たくした”と考えている文雄被告には、夫婦の不和に苦しんでいた頃の、すゑ子さんの気持ちをおもんぱかることはできるのだろうか。なんとも後味の悪い事件だった。