メキシコのミチョアカン州ウルアパンは、世界最大規模のアボカド産地だが、世界的なアボカド需要増による弊害に直面している(写真:Carlos Jasso/ロイター)

サラダやディップなど今や日本の食卓でもおなじみのアボカド。輸入量は右肩上がりで、財務省貿易統計によると、2018年は7万4096トンと10年前の(2万4073トン)の3倍以上が輸入された。そのうち88%がメキシコ産だが、そのメキシコでアボカド生産農家が、麻薬組織カルテルからの脅威にさらされていることは前回の記事(日本人が知らない「アボカド」生産農家の悲哀)で少し説明した。今回は、これについてさらに深く説明したい。

生産地では強奪や暗殺が増えている

アボカド生産農家が最も脅威にさらされているのは、アボカドの主要産地である中西部に位置するミチョアカン州である。同州では4つのカルテルがアボカドの生産業者と販売業者を対象に、土地代や収穫に対しての手数料を徴収する“ビジネス”を行っている。

メキシコのメディアによると、目下メキシコには52のカルテルがあるが、ミチョアカン州には、「ハリスコ・ヌエバ・へネラシオン」「ロス・ビアグラス」「ロス・カバリェロス・テンプラリオス」「ラ・ファミリア・ミチョアカナ」という4つのカルテルがある。それに加えて、暴力組織「ロス・クイニス」などがある。

ハリスコ・ヌエバ・へネラシオンはもともと、メキシコ最大のカルテルと言われる「シナロア」の配下で分派として存在していたのが独立してカルテルとなり現在12州で暗躍。メキシコで最も凶暴なカルテルだとされている。

そのリーダーのルベン・ルセゲラ(通称はエル・メンチョ)は貧困家庭に生まれ、幼少の頃はアボカドの生産を手伝っていたという人物だ。一方、ロス・ビアグラスの場合、アボカド農家に対抗するために自警団を雇ったのが独立し、カルテルとなった。

アボカド農家がカルテルの標的となる中、メキシコメディアでも農家や販売業者の葛藤を取り上げることが少なくない。例えば、人口30万人の都市ウルアパンはミチョアカンの重要なアボカド生産都市の1つであるが、スペイン紙の日刊紙「エル・パイス」の現地駐在記者によると、ベテラン販売業者アレハンドゥロ・ガルシアの息子ガブリエル・ガルシア(26歳) は父親の会社を出たところで殺害された。

「カルテルの要求に応じなかった」というのが理由だ。父親の説明によると、カルテル側はアボカドの売り上げに対して、カルテルがかつて決めた取り分を要求していたという。アボカドの生産と集荷包装業者組合のガブリエル・ビリャセニョール会長によると、最近は強奪や暗殺が増えていると話す。

同組合のセルヒオ・ゲレロ前会長が辞任したのは、カルテルの1つ、カバリェロス・テンプラリオスのリーダー、セルバンド・ゴメスと、他の企業家や地元政治家を交えて談笑しているビデオが明るみになったからである。すなわち、カルテル、一部企業家そして政治家などが癒着しているわけだ。

とくに政治家は行政面で権力を持っているため、カルテルは彼らと癒着することに熱心。政治家側も、カルテルと良好な関係を維持していないと本人や関係者が殺害される危険性がある。実際、過去5年間ミチョアカン州政府の内務長官を務めたホセ・マルティン・ゴドイ在職中には、19人の国家警察がカルテルによって殺害されている。

さらに問題なのは、犯人が捕まらないことで、ミチョアカン州では殺害事件の約9割が、犯人がわからないまま終わってしまうという。同州で犯罪をめぐる公判が開かれる確率はわずか0.54%だというから、いかに殺人犯の罪を問うのが難しいかわかるだろう。背景には、カルテルと警察が癒着し、犯人を追及しないことが常態化していることがあるようだ。

殺虫剤や除草剤乱用への懸念

こうした状況下、ラテンアメリカやカリブ諸国における組織犯罪の調査・研究を行う「インサイト・クライム」によると、カルテルがミチョアカン州で2009年から2013年にカルテルが稼いだ金額は7億7000万ドル(850億円)と推計されている。

ミチョアカン州ではカルテル同士の縄張り争いも頻繁に起きている。今年4月にはウルアパン市で1人の母親と彼女の10歳の子どもがカルテル同士の争いで流れ弾にあって死亡。カルテルで生産農家や販売業者からお金を徴収する担当者が別のカルテルによって殺害されるケースもあるという。

アボカド生産農家と販売業者を苦しめていることがもう1つある。アボカド畑に噴霧する農薬の弊害だ。2000年から現在までアボカド生産量はほぼ5倍に拡大。野菜を栽培していたのをアボカドに切り換えた農家も多くある。

生産量を増やすのに農家が使っているのが、ダイアジノン、パラチオン、グリフォサートという殺虫剤や除草剤だ。アボカドは一年中、夏でも冬でも気の向くままに実をつけるため、働く人たちはこうした農薬に一年中さらされているといっていい。

実際、ジャーナリストのヘスス・レムス氏によると、ミチョアカン州では、13万7000ヘクタールほどの土地で、メキシコのアボカド生産量の約8割が生産されているが、同州で生産が最も盛んな22の自治体では、子どもががんで亡くなるケースは肺炎、感染病などよりもはるかに多いという。こうした状況下での殺虫剤や除草剤の乱用は、発がん要因になりかねないと世界保健機関(WHO)は警告している。

レムス氏によると、ミチョアカン州でがん患者が増え始めたのは2011年からで、それはカルテルがアボカドの生産に目をつけて侵入して来た時期と重なる。特に、ロス・カバリェロス・テンプラリオスがアボカドの生産のコントロールに干渉するようになった2014年から2016年にはがん患者が急激に増えたようだ。

自身もカルテルに3年間拘束された経験を持つレムス氏は、実際にがんに罹患(りかん)した子どもを持つ家族に取材。例えば、マリア・グアダルーペの子どもルベン(7歳)とファン・カルロス(9歳)は、それぞれ白血病と肺がんと診断されたという。彼女がアボカドの栽培の仕事に従事している間は、夫のぺぺが病院で子どもの看護にあたっているほか、彼女の母親と妹も看護の手助けをしている状態だ。

マリアは、「ロス・カバリェロス(テンプラリオス)は、私を殺してはいないが、私に死をもたらした」と、重病の2人の子どものことを思い浮かべて涙ながら語っている。「死の瀬戸際にいる2人の子どもを看護せばならないという罪を償わねばならないほどのことを私はこれまでした覚えない」と語りながらも、彼女は神に感謝しているという。なぜなら「私が健康であるということで子どもたちを看護できるからだ」。

アボカド畑で働くのは多くが日雇い労働者

同じように、ホセ・ルイスの子ども(12歳)も5カ月前にがんと診断され、医者からは回復の見込みはほとんどないと言われている。子どもはカルテルでなく武装グループによって連れだされ、1年間わずか35ペソ(200円)の報酬でアボカドへの農薬噴射のために働かされた後解放されたが、そのときすでに罹患していたそうだ。

メキシコ保健局によると、ミチョアカン州でアボカドの生産に従事している自治体でがんと診断された子どもは昨年だけで42人に上る。アボカド畑で働く人たちは日雇い労働者が多く、身体の安全への保証は一切なく農薬を噴霧する仕事に従事させられているという。彼らの90%は社会保健のサービスなど享受していない。

一時はカルテルから身を守るための自警団も誕生し、サルバドル・エスカランテなど2つの自治体では、犯罪組織が駆逐された。しかし、その2年後にはその監視が緩まったため、その隙を狙ってカルテルが再び権力を持つようになった。一方、タンシタロ自治体の場合は、4年前に生産農家と販売業者が自警団に給料を払ってカルテルからの侵入を防いでいるという例もある。

カルテル同士の縄張り争いは依然続いている。こうした中、昨年12月に大統領に就任したアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(通称:アムロ)は、これまで3人の大統領(ビセンテ・フォックス、フェリペ・カルデロン、エンリケ・ペーニャ・ニエト)とは異なり、カルテルに対して軍隊と連邦警察とで武力でもって真っ向から対決する姿勢を控えるようにしている。

むしろ、アムロはカルテルが伸展するのを抑える方向に重点を置いているという。

しかし、アメリカからカルテルの取り締まりの強化を求める要求があった場合、アムロもこれまでの大統領と同様、カルテルとの武力対決を展開して行くことを余儀なくさせられる可能性がある。アボカドの消費は日本を含めて世界中で伸びている一方、当面アボカド農家を囲む環境が劇的に改善する気配はない。消費者も自らが口にするアボカドがどんな状況下で作られているのか、思いをめぐらせたほうがいいだろう。