幼少期から除菌・抗菌をしすぎると、アレルギーなどへの耐性が失われてしまう可能性があります(写真:Fast&Slow/PIXTA)

「子どもを病気にさせないために」と、せっせとご家庭で除菌・抗菌に励んでいる親御さんもいらっしゃるでしょう。しかし、その行動はかえってお子さんを病気に近づけるかもしれません。最近の研究では、幼少期に土や動物と触れ合って細菌を体内に取り入れたほうが、アレルギーや肥満になりにくいことがわかっています。

それでは、具体的にどうすれば子どもを病気から守ることができるのでしょうか。「子どもを牧場に連れて行くべき?」「薬用せっけんを使うべき?」といった素朴な疑問に、シカゴ大学教授らが最新の研究結果から答える書籍『子どもの人生は「腸」で決まる:3歳までにやっておきたい最強の免疫力の育て方』が注目を集めています。

本書の内容をふまえ、自身も1児の母である森田麻里子医師に「そもそも細菌とは何か、どう細菌と付き合っていけばいいのか、日本でどのような研究結果が出ているのか」を伺いました。

人間は微生物からできている

花粉症やアレルギー、肥満などさまざまな病気が、実は腸内細菌と関連しているのではないか? そんなことが、近年盛んに研究されています。スーパーのヨーグルト売り場でも、悪玉菌、善玉菌など、腸内細菌と健康に関する言葉が目に飛び込んできます。


一方で、ドラッグストアに行くと、ハンドソープのほとんどには、除菌や殺菌という表示がついています。殺菌成分の入っていないふつうのハンドソープを探すほうが難しく、お店によっては取り扱いがない場合もあります。ウエットティッシュも同じで、ただ水分が含まれているだけという製品は多くなく、売れ筋はやはり除菌効果をうたうものです。

こういった商品を見ていると、細菌は自分の体や家の中にはいないもの・いてはいけないものだけれど、腸の中だけは特別に菌がいる、というようなイメージを持たれるかもしれません。しかし、これは大きな勘違いです。

どんな人であっても、人間は皆、微生物だらけです。赤ちゃんはお母さんのお腹の中にいるときは無菌ですが、お腹の外に出るその瞬間から、菌との共生が始まります。お母さんの皮膚から赤ちゃんの皮膚へと、細菌が受け渡されます。

口から消化管に入り込んでいった菌は、腸で繁殖して腸内細菌叢をつくります。消化管だけでなく、皮膚、そして喉や鼻などの気道は、外界と通じている場所です。こういった場所にはさまざまな細菌が生息していて、大人1人には少なくとも数十兆個の細菌がいると言われています。

手のシワの奥にはたくさんの常在菌がいて、その上に病原菌や汚れが付着していきます。確かに、食品を扱う前には、手の汚れだけでなく、手についた病原菌をしっかり落とすことが必要です。そのため、衛生的手洗いといって、せっけんでしっかり手洗いしたうえで、アルコール消毒を行ったりします。

さらに、医師が手術を行う前にする手洗いでは、手についた病原菌だけでなく常在菌もできるだけ落とすことを目指し、念入りな洗浄に加えて消毒も行います。それでも手には、少し常在菌が残った状態です。菌を完全にゼロにすることはできないのです。

確かに抗菌せっけんを使ったほうが手についた細菌は減るのですが、日常的な手洗いで使うぶんには、抗菌せっけんのほうが普通のせっけんよりも病気が予防できるというわけではないということは、研究でも示されています。

2004年にアメリカのコロンビア大学から発表された研究では、238の一般の家庭を2グループに分け、一方には殺菌成分入りのハンドソープや衣類用洗剤を使ってもらい、もう一方には殺菌成分の入っていないものを使ってもらいました。

48週間にわたって、それぞれの家庭で咳や鼻水、喉の痛み、発熱、嘔吐、下痢などの感染症の症状があるかどうか追跡したところ、どちらのグループでも、症状の発生率に差はありませんでした。

抗菌せっけんが耐性菌を生むリスク

そもそも風邪や感染性胃腸炎を予防する効果は、抗菌・除菌表示のある製品とそうでない製品で、理論的に差はありません。というのも、風邪や胃腸炎の主な原因はウイルスですし、インフルエンザもインフルエンザウイルスが原因だからです。

ウイルスは細菌の10分の1から100分の1程度の大きさしかなく、基本的な構造も、細菌とはかなり違います。抗菌せっけんやアルコールフリーの除菌製品に配合されている殺菌成分は、細菌を殺すためのものなので、一般にウイルスには効果がありません。

病気を予防するためには、殺菌することよりも、物理的に汚れや細菌、ウイルスを洗い落とすことのほうがずっと大切なのです。

さらに、抗菌せっけんを使うことは、耐性菌を生むリスクがあることも知られるようになってきました。病気を予防する効果がないのに耐性菌を生むリスクがあるならば、抗菌せっけんを使わないほうがいいということになります。

アメリカ食品医薬品局は2016年9月、19種類の殺菌成分を含むせっけんの一般販売を禁止すると発表しました。この発表を受けて、厚生労働省も同19成分を含まない製品に変更するようメーカーに要請し、現在ではこの19の成分を含んだハンドソープは基本的に市販されていません。

しかしドラッグストアに行くと、いまだに「殺菌」と表示された商品がほとんどです。他の殺菌成分に切り替えられて、たくさんの抗菌せっけんが販売されているのです。

ここまで見てきたように、病気を予防するために、体中の菌を殺菌することはできませんし、その必要もありません。むしろ、普段から存在している細菌が細菌叢という生態系を作ることで、病気を起こしやすい細菌が繁殖しにくくなっている面もあるのです。

逆に言えば、菌をすべて殺そうとすると、よい細菌もいなくなることで病原菌が繁殖しやすくなることがあります。このような細菌のバランスの変化と病気の関係について、詳しくわかってきているのが腸内細菌です。

以前は、腸内細菌を調べようと思ったら、一つひとつの細菌を培養することが必要でした。しかし、腸の中ではさまざまな種類の細菌が集団で存在しているので、実験室とはまったく違う環境です。そのため、うまく培養できない菌もたくさん残されていました。

ところが、近年はゲノム技術の発達により、培養せずにどんな腸内細菌がいるかを詳しく調べることができるようになりました。そこで、腸内細菌についての研究が大きく進んできたのです。

たくさんの研究結果が出てくるにつれ、健康であることと、腸内細菌の種類や多様性には、どうやら関連があるのではないかと言われはじめています。そしてその腸内細菌叢がつくられるのは、新生児から乳幼児期にかけてです。その時期にどんなことが腸内細菌に影響するのかも、重要なトピックになっています。

抗菌薬がアレルギー性疾患の原因になる可能性

例えば、2歳までの抗菌薬の使用により腸内細菌が乱れ、アレルギー性疾患が増える可能性も指摘されています。

国立成育医療研究センターの山本貴和子医師らがまとめた日本の研究をご紹介しましょう。2004年から2006年の間に産まれた赤ちゃん902人を対象に、両親へのアンケート結果から、抗菌薬の使用歴と、アレルギー性疾患の発症に関連があるかどうかを調べました。

すると、2歳までに1回でも抗菌薬を使用したことがある子は、そうでない子に比べて、5歳の時点で気管支喘息になっているオッズ比が1.72、アトピー性皮膚炎で1.40、アレルギー性鼻炎で1.65と、いずれも高かったのです。

これまでにも、抗菌薬がアレルギー性疾患の原因になる可能性についての報告は欧米で出されていましたが、この研究により、それが日本人にも当てはまることが明らかになりました。

この研究は疫学的なものであり、なぜこのようなことが起こるのかについては、はっきりしていません。可能性の1つとしてですが、腸内細菌のバランスが乱れることが原因ではないかという意見が出てきています。

もちろん、2歳までの子には抗菌薬を使わないほうがいいということではありません。何歳であっても必要なときにはしっかりと抗菌薬を使い、必要なければ使わないことが大切です。

乳幼児期の細菌との出合いは「一生モノ」

また、出産方法や栄養方法の違いによって腸内細菌が変わることが、肥満に関係しているのではないかという説もあります。

例えば、2016年にハーバード大学から発表された研究では、9〜12歳の子2万人以上を10年以上にわたって追跡しています。追跡中のどこかの時点で肥満と分類されるリスクは、帝王切開で出生した子のほうが、経膣分娩で出生した子の1.15倍になっていました。

同じ子どもたちのデータを使って、9〜12歳の子どもの肥満と、その子たちが赤ちゃんだったときの栄養方法を調べた研究もあります。生後6カ月まで母乳だけで育てられた子は、ミルクだけで育てられた子と比べて、肥満のオッズが0.66倍と低いことがわかりました。また、母乳を長く飲んでいればいるほど、肥満になるオッズは低かったのです。

出産方法や栄養方法は自由に選べるものではありませんし、それぞれメリットとデメリットもあるので、一概にどちらが絶対にいいとは言えません。しかし赤ちゃんの頃の経験が腸内細菌を通じて人の健康に大きな影響を与えているというのは、非常に興味深いところです。

20世紀に抗菌薬が発明され、人類はさまざまな感染症を克服してきましたが、ここにきて、細菌はすべて悪者というわけではないことが明らかになってきました。過度な殺菌や除菌を追求するのはそろそろやめて、子どもはどろんこ遊びでさまざまな細菌に触れさせたほうがよさそうです。