この街では、誰しもが“コンプレックス”を抱えて生きている。

あなたも身に覚えはないだろうか?

学歴、外見、収入…。どれだけスペックを磨き戦闘力を上げても、どんなに自分を取り繕っても、何かが足りない。「劣っている」と感じてしまう。

…そう、それがコンプレックスだ。

先週は「女にモテない」というコンプレックスを抱える男を紹介した。

今週は「自分に自信が持てない」というコンプレックスを抱える鈴木浩代・(24歳)の例をお届けする。




鈴木浩代のコンプレックス:「私は恵まれた環境にいる。...けれど、満たされていない」


昨日の晩に食べたのは…母お手製のローストビーフでした。

料理上手な母の用意する食卓は、いつも非の打ち所のない完璧さ。食材にもこだわっており、見た目はもちろん味も最高に美味しいのです。

美しくコーディネートされたカトラリーやテーブルウェア。母は、季節の花を飾るのも忘れません。

私は既に大学を卒業し損害保険会社で事務職をしていますが、友人たちと適当に外食するくらいなら母の夕飯を食べに早く帰りたいと思うほど。

既に第一線を退いた父と、結婚してからずっと専業主婦であった母。そして、24歳の私。3人で夕食のテーブルを囲み、たまには父が注いでくれるワインをいただきます。それだって、私のお給料の1ヶ月分程するようなとても良いもの。

「お前と結婚する男は苦労するなぁ」

父と母は楽しげに、そんなことを言い笑っています。

一人暮らしで苦労している同僚や友人も多い中、私がとても恵まれた環境にいることは間違いありません。中には仕送りを貰っている友人もいますが、彼女たちの殆どは薄給をなんとか切り詰めて暮らしているのですから。

洋服や自分の欲しいものを買うときに躊躇している様子を見るとかわいそうだな、と感じます。

けれど何故でしょう。私の目に、彼女たちはキラキラと輝いて見えるのです。

一方で、恵まれているはずの私の毎日は…何故だかとても単調。

そして時折、訳もなく涙が流れ出てしまうのです。


両親の元で不自由なく暮らす箱入り娘の浩代。しかし彼女が憂鬱を抱いている原因とは?


朝起きた時から、帰宅し、夜眠りにつくまで。

私はなんだか1日中、母の気配を意識する生活をしています。

自室のベッドでくつろいでいても階下で音がしたり母のため息が聞こえると、無意識に感情が揺れてしまう。

母と一緒にいないときでさえも、何かにつけて「母はどう思うか」と考えてしまう癖があるのです。

例えば友人や同僚から急に食事に誘われた場合、私はよっぽど行きたい場所でない限り断ります。

なぜなら母が嫌がるから。丹精込めて作った料理が残ってしまうと母は良い顔をしません。

それに母は愛情深い反面とても感情的。普段は大人しい女性ですが、時折父を言い負かすほどの勢いで自己主張することがあります。

私が何気なく友人や仕事のことを話しているときも、突然「浩代ちゃん。それは違うんじゃない」などと強い口調で一方的に否定してくることもあります。

別に、最低な人物だとか毒親、というわけではありません。

ただたまに…どうしようもなく息が詰まることがあるのです。




母のことを好きかどうかと問われたら、私はもちろん好きと答えます。

母は私を愛してくれています。いつだって私を認め、褒めてもくれます。

「あなたは自分の魅せ方がわかっているわね」などと言って、清楚なワンピースに身を包む私を愛おしそうに見つめます。ネイルなどの小さな変化にも気がつき「素敵ね」と褒めてもくれます。

仕事で疲れて帰宅すれば労ってくれるし、楽しく会話もします。

...けれども、それは当たり前なんです。

なぜなら私はお洋服を選ぶ時も、美容院でもネイルサロンでも、常に「母が気にいるかどうか」を念頭に置いてオーダーしているのですから。

母は女子アナのような、コンサバティブでフェミニンな服装を好みます。ネイルならフレンチやカラーグラデーション、あまりゴツゴツとした飾りのついたものは褒められません。

私自身も、母の趣味が別に嫌いではありません。髪の毛をピンクや金髪にしたいとか、そんなことを思ったことはありません。

ただ、もし母の意見を一切気にしなくて済むような生活だったらどんなに良いだろうか…と、ふと妄想してしまうことがあるのです。

しかし私は現実を知っています。

母の意見に逆らえば、この家に私の居場所はなくなってしまう。そうなれば自分のお給料だけで自活することになりますが、今と同じレベルの生活なんて到底無理です。

それならば...古ぼけた狭いキッチンで料理をして暮らすぐらいなら、多少の我慢をしても両親の庇護の元で暮らした方が良いに決まっている。

窮屈に感じながらも行動を起こせない。そんな自分が、私はとても嫌いです。

母に対する思いもそう。母の愛に甘えきっているくせに、反面こうして憎らしく思ってしまう自分が。

私は自分で自分を認めていません。自分に、まるで自信がないのです。


自分に自信を持てないまま、大人になってしまった浩代。そんな彼女が変わるきっかけは“男”だった


ですが最近、こんな私にも彼氏ができました。

同じ会社の同僚が「鈴木さんに合いそうな男性がいる」と言ってお食事会をセッティングしてくれたんです。

29歳で、名前も知らないメーカーに勤める彼は、いわゆるハイスペックなエリートではありません。

けれども私は彼と過ごしていると、心の底から癒されるのです。

私の話をニコニコ聞いてくれ、一切否定しない。

両親や、今まで出会ってきた男性たちとは全く違う。私は初めて、心から信頼できた相手です。




しかしながら私の頭を悩ませるのは、やはり母のこと。

分かっているんです。理想もプライドも高い母が彼の肩書きを聞けば、間違いなく眉を顰めるでしょう。

大学生の時、一度だけボーイフレンドを母に紹介したことがありました。

そのとき母は表向きでは完璧なおもてなしをしてくれましたが、裏で私にこう言い放ったのですから。

「何?あの言葉使い。やっぱり所詮、三流大学に通っているという感じね…」

そんな言葉無視しなさい、とアドバイスをくれた友達もいました。

けれど私にはできない。皆には簡単にできてしまうことでも、私にはとても難しいのです。


母の呪縛から脱することができた理由


今の彼と付き合い始めてから、私は明らかに外食が増えました。それについて、案の定母は快く思っていない様子。

「…なんだか最近、家でほとんど食事しないのね」

気づかないフリをしていますが、私に彼氏ができたことに勘づいたはずです。

デートのある日は事前にご飯はいらないと伝えるようにしているし、私はもう24歳です。誰と付き合おうが母に引け目を感じる必要はないのに、母に文句を言われると咄嗟に萎縮してしまう自分がいます。

「そうそう、新しいお店を開拓するのが好きな子たちがいて」

私はとっさに嘘をついてしまいました。

ーこんな自分、もう嫌...。

母からの過度な干渉も、母が機嫌を損ねないよう嘘をつき続けるのも、もうたくさん。

私はそんな自分の気持ちを最愛の彼に打ち明けることにしました。

「なんでもかんでもお母さんの言いなりになっているような気がするのよ。息が詰まりそうなの…」

思いの丈を吐き出し続けた私は、2時間以上喋り続けていたでしょうか。しかし彼は私の話をずっと静かに聞いてくれました。

ーやっぱりこの人こそ運命の人だわ…。

私は心の中でそう確信しました。

これまでこんな風に否定も中断もせずに私の話を聞いてくれた人などいません。

程なく、私は彼が暮らす大塚のマンションに寝泊まりするようになりました。

もちろん母は激怒し「どこに泊まっているのか」「付き合っている人がいるのならちゃんと紹介しろ」など鬼の形相で詰め寄ってきます。

ですがもう、私は以前の私とは違います。

自分の存在を否定することなく受け止めてくれる彼ができた私は、ようやく母からの咎も非難も怖くなくなったのです。

LINEや電話が来ても無視しました。

私はやれば出来るのです。出来る力があった。これまでは自立しようにも、出来る力を奪われていただけ。甘やかされていたために、その力を発揮出来る場所がなかっただけなのです。

彼と同棲を始めてから、料理も頑張っています。

味が濃いだとか薄いとか言われれば即座に直しますし、冷蔵庫の中にあるものでぱぱっと何品も作れるようになりました。安いスーパーで安い食材を探すことも覚えました。

...同棲する前は優しかった彼が時たまひどい暴言を吐くようになっても、それをサラリと受け止め翌日にはなかったことに出来る心の強さも手に入れました。

一昨日、いきなり本を投げつけられた時はさすがにびっくりしましたが...それすらももう平気。

私は今、とても幸せです。自分が選んだ道を思うように生きられる喜びを感じています。

私はついに母の呪縛から脱しました。ようやく、自分に自信を持つことができたのです。

▶NEXT:5月31日 金曜更新予定
“良い母コンプレックス”に悩む、働く母の苦悩に迫る