東急電鉄が運行する「Qシート」の車両(編集部撮影)

東急電鉄が2018年12月から「Qシート」を運行開始して約5カ月が経過した。朝日新聞3月27日付記事『「痛勤」よ、さらば 数百円追加で着席、各社続々』の結びには東急のコメントで「Qシートの乗車率は9割と好調。増便、路線拡大も検討していく」とある。

乗車率9割となると、列車によっては満席となり、取りこぼした乗客もいるだろう。逆に5割を切るようでは費用対効果が薄すぎる。いっそ普通車両を増結して混雑を緩和したほうがいい。

しかし、実際に使ってみると、改善してほしい部分がいくつかある。「運行本数が少ない」「無料で変更できない」「大井町駅に待合室がない」「乗れない乗客に不快感を与えかねない」だ。

変更に払い戻し手数料

私は東急田園都市線沿線に住んでいる。遠方から東京駅経由で帰宅するとき、ふだんは丸ノ内線で大手町に出て、半蔵門線に乗り換えて、田園都市線に直通するというルートだ。しかしQシートが登場してからは、東京駅からいったん京浜東北線に乗り、大井町まで乗って、大井町線のQシートで田園都市線へ、というルートも選べるようになった。

スマホでQシートを購入すれば大井町から自宅最寄り駅まで座れる。だからQシートの誕生は大歓迎だ。さらに言うと、かつて住んでいた大井町線の旗の台駅から乗車する機会も多い。始発駅では次の列車を待てば座れる。しかし途中駅からはまず座れない。Qシートで席を確保すれば、途中駅からでも着席が保証される。

冬のある日、スマホでQシートを手配して、北陸新幹線で帰った。予定より早い列車に乗れたから、大井町駅に予定より早く着きそうだ。そこで1本早いQシートに変更しようとしたけれど、変更のメニューボタンがない。いったん払い戻して買い直した。払い戻し手数料は100円だ。

大井町駅に、繰り上げた列車の発車時刻より、さらに20分も早く着いた。大井町駅はJRと東急の間に乗り換え改札はない。両者の改札が近く、間にわずかなコンコースがある。ここで筆者は、いつもの癖でJRの改札を出た後、そのまま東急の改札を通過した。これが失敗だった。予約したQシート連結列車の発車20分前。目の前に5分後に発車する急行がいた。田園都市線直通の長津田行きだ。Qシートはない。しかし空席はある。


大井町駅ホームのQシート利用者用待合スペース(編集部撮影)

これに座れば15分早く帰宅できる。しかしQシートの払い戻し手数料は100円。さっきも変更のため100円で払い戻している。400円の指定席をやめると200円も取られ損だ。なんだかもったいないという貧乏性で急行を見送り、次のQシート付き急行を待った。15分後だ。この15分がつらかった。寒い。大井町駅は高架駅である。線路脇に大きな広告看板が並んでいるけれども、風よけにはならない。Qシート利用者向けの待合スペースは、プラットホームに黄色い線で囲ってあるだけ。風よけになってくれそうな案内板もベンチもない。

たった400円の指定席客が待合室を望むとは贅沢だろうか。待合室ではなくても、せめて風よけ、あるいは、改札口寄りに設置してあるベンチと同じものを置いてくれてもいいと思う。私は20分も前に東急の改札を通ったことを後悔した。発車間際まで改札を通らず、暖かい場所で待つべきだった。もっとも、かつて東急の駅ビルにあったコーヒーショップは撤退していた。あったとしても、駆け込み乗車にならない時間を見計らって、改札を通るタイミングを計る必要がある。

全ドア開放による車掌vs乗客の攻防

Qシートのサービス内容と東急電鉄の考え方については、当サイト2018年11月13日付「大井町線に『指定席車』を導入する東急の思惑」に詳しい。東急電鉄は田園都市線地下区間の混雑解消のため、二子玉川―渋谷間の乗客の一部を大井町線に流したい。その施策の1つがQシートだ。

着席保証のQシートで帰宅したいなら、定期券を大井町線経由にしませんか。その意図はQシートの運用で明らかだ。乗車可能駅は大井町、旗の台、大岡山、自由が丘。田園都市線と合流する二子玉川駅は降車専用。溝の口、鷺沼まで降車専用で、たまプラーザから先は乗降自由になる。大井町はJR京浜東北線、旗の台は東急池上線、大岡山は東急目黒線、自由が丘は東急東横線に乗り換えられる。つまり、田園都市線以外の都心向けルートの要だ。

二子玉川で乗車不可、という仕組みが象徴的で、田園都市線の渋谷方面から混雑した電車から逃れ、二子玉川で降りてQシートに乗ろうとしても乗ることはできない。つまり、Qシートは大井町線迂回客を優遇する列車で、田園都市線地下区間の利用者は相手にしない。Qシートの趣旨からして当然だ。これはいいアイデアだと思う。乗客の流れを変えるために、ポスターで呼びかけ、車内や駅でアナウンスしたところで効き目は小さい。サービスのデザインで解決するという考え方は正しい。

しかし、これも実際の運用を見ると「東急ブランド」にとってこれでいいのか、と不安になる。Qシートの車内に専任車掌が2人。指定券の確認と座席の案内役だ。しかし、車掌がもっとも労力を割く場面は「お断り」である。大井町線内の乗車区間では、混雑する車両を避け、明らかに空いているQシート車に乗り込もうとする人がいる。そうしたお客様を断る役目が車掌だ。

東急電鉄って、こんな会社だったっけ?

プラットホームにも2人から数人の案内役がいて、指定券のない乗客をお断りする。丁寧で失礼のない態度だが、乗ろうとした電車に制止された側はいい気分ではなかろう。そもそも、なぜQシート車両のドアは4つとも開くのか。1つだけ開ければ、乗客との攻防戦は1カ所で済む。それを、4つのドアに2人の車掌で、モグラたたきゲームの様相を呈している。


Qシート車両のドア付近に立つ係員(編集部撮影)

Qシートのサービスが浸透すれば、こうした攻防戦も対応人員も減るかもしれない。しかし、それを期待する前に、ドア扱いを1カ所に絞る機能を設置したほうがいいように思う。

私は東急電鉄が好きだ。というより、東急電鉄が故郷だ。五反田駅付近の病院で生まれ、池上線の洗足池駅付近で育ち、中学高校時代は旗の台駅付近に住んだ。大学は長野に行ったけれど、就職してから会社の寮は世田谷線の世田谷駅付近だったし、その後は実家が多摩田園都市に移って、バスと田園都市線で通勤した。フリーランスになってから京急沿線に20年住んだけれど、また実家に戻った。20年前より家も店も増え、バス網も発達して住みやすくなっている。

東急沿線はつねに住みたい沿線ランキングの上位であり、とくに田園都市線沿線に住む人々は、東急ブランドを意識して転居した世代やその影響を受けた次世代だ。私もしかり。なかには近年の田園都市線の混雑に嫌気する人も多いだろうし、故障や遅延も困りもの。それでも多摩田園都市に住む人の心の奥底は東急ファンであろうし、その家族も東急ファンだと思う。

多摩田園都市の住みやすさは東急だけの力ではない。横浜市や区画整理組合に参加した多くの農家、地主の協力によるものだ。そして、東急沿線ブランドを多くの人々が大切にしている。そんな人々に対して、「あなたはこの車両には乗れません」というサービスはどうか。繰り返すが、車掌さんの態度はいい。とても丁寧で、乗客に舌打ちされる場面では気の毒に見える。でも、私が車掌だったらストレスがたまりそうだ。

ドア扱いを1カ所に絞るだけで、ずいぶん改善されると思う。

多摩田園都市ファンを悲しませないで

Qシート運行開始時のプレスリリースにあった「運行本数の増発などの継続的なサービス改善」は、ひとまず今年3月のダイヤ改正では反映されなかった。大井町発19時32分、20時30分、21時21分、22時27分、23時10分の5本のみ。発車時刻が微妙に変わっただけだ。


Qシートの車内(編集部撮影)

1時間に1本、1日5本は少ない。次のQシート連結列車が来るまでに、Qシート非連結の急行が1〜3本ある。Qシートの増便、路線拡大については早く着手すべきだ。夕夜間の急行のすべてにQシートがあって、払い戻しではなく、無料で変更できればなおいい。今はプラットホームで佇むにはよい季節だ。しかし、冬とこれからやってくる猛暑の季節のために、大井町駅には待合室が欲しい。旗の台駅に造れた施設が、なぜ大井町駅では造れないのか。5月13日に東急電鉄が発表した「2019年度の鉄軌道事業設備投資計画」に、Qシート車両の追加、サービス改善に関する項目はなかった。

私は東急電鉄が好きだ。Qシートも気に入っている。だからあえて言う。改善を急いでほしい。もし遅れれば、ここから東急ブランドの綻びが始まりそうな気がする。