近著『労働2.0 やりたいことして、食べていく』で、組織の歯車から脱する生き方を説いたオリエンタルラジオの中田敦彦氏(撮影:今井康一)

テレビタレントからビジネスの世界へ――。

音楽ユニット「RADIO FISH」による楽曲『PERFECT HUMAN』の大ヒットの後、アパレルブランド「幸福洗脳」やオンラインサロン「NKT online salon」の立ち上げなど、事業活動にじわりと軸足を移しているのが、オリエンタルラジオの中田敦彦氏だ。

3月発刊の著書『労働2.0 やりたいことして、食べていく』(PHP研究所)で組織の「歯車」から脱する生き方を説いた中田氏に、テレビの世界を中心とする芸能界が直面している変化について聞いた。

テレビの「専門店化」が起きている

――著書でテレビの世界の変化について書かれています。

僕らが小さい頃に見ていたテレビは、メディアの王様だった。そこには若者向けの深夜番組、お色気番組もあれば、年配者向けの堅いニュース、子ども向けのクイズ番組もあって、メディアの中ではあらゆる商品をそろえた百貨店のような存在だった。でも今、テレビは影響力でいうと依然として王様だけど、百貨店ではなく、1つの専門店になっている。これはかつてのラジオが歩んだ道と似ている。

テレビが今、どんな顧客層向けの専門店かというと、テレビ全盛期にメインの視聴者だった50代以上の人たち。坂上忍さんやヒロミさん、長嶋一茂さんのリバイバルも、テレビが完全に50代以上の視聴者向けの番組にシフトした結果、起こっていることだ。

コンテンツの多様性では、今やYouTubeやNetflixといった動画配信サービスが強力な対抗馬として台頭している。僕はもともと、テレビという百貨店の中の一等地をとる戦いに参戦するつもりで芸能界に入ったけど、気づいたらその業態が変わっていた。

今36歳だが、このままだと、50歳近くになってようやく僕らの世代の順番が回ってきて、テレビの一等地に立つ戦いに参戦できる。それでは遅すぎる。「中田敦彦」というコンテンツのほかの受け皿を探さなきゃいけないというのが今の気持ちだ。

――オンラインサロンなどのビジネスに注力している芸能人といえば、キングコングの西野亮廣さんが代表格です。

西野さんも僕も、テレビのゴールデンタイムで冠番組を持った経験があることが大きいのかもしれない。テレビの一等地からの風景をすでに見ているので、上に行くこと(ゴールデンタイムで冠番組を持つこと)がゴールではないという実感がある。だけど、閉塞感があって何かやらなきゃいけないという気持ちは、40代手前の芸人であればみんな持っているはずだ。

西野さんや僕はビジネスの方向に進んだが、ピースの又吉直樹さんが作家になったり、綾部祐二さんがニューヨークに行ったり、ウーマンラッシュアワーの村本大輔さんが時事ネタをやったりしているのも、おそらく同じ理由。渡辺直美さんもテレビのゴールデンタイムに冠番組を持つのがゴールとは思っていない。みんな、どんどん外にこぎ出している。

多分、有吉弘行さんやおぎやはぎさん、バナナマンさんといった、ボキャブラ世代の後期くらいまでが、テレビの時代にぎりぎり間に合った世代。それ以降の若手芸人で危機感を持っていない人、SNSやYouTubeを使うことを考えていない人は多分いないと思う。

――芸能事務所のビジネスモデルも変化を迫られるのか。

もちろん変わっていくはず。芸能事務所というのは、テレビに勢いがあって、音楽のCDがものすごく売れた時代に機能していた箱だ。でも、今や国民総SNS時代。全員がコンテンツを作り、発信することができる。


なかた あつひこ/1982年生まれ。慶應義塾大学在学中に藤森慎吾とオリエンタルラジオを結成。2004年にNSC(吉本総合芸能学院)へ。同年にリズムネタ「武勇伝」でM-1グランプリ準決勝に進出。2005年に「エンタの神様」などでブレイクした。2016年に音楽ユニット「RADIO FISH」による楽曲「PERFECT HUMAN」を大ヒットさせ、NHK紅白歌合戦にも出場した(撮影:今井康一)

フィッシャーズや水溜りボンドといったイキのいいYouTuberは、僕らの世代だったらお笑い芸人をやっていたかもしれないが、今やバラエティ番組からインスパイアされた企画を自分たちで映像ごと作って、YouTubeで流している。

テレビタレントとはまったく別種の生物だ。彼らのように、芸能事務所のマネジメントには頼らないプレーヤーが今後どんどん増えていくはずだ。

そうなると芸能事務所だって舵取りを変えなければならなくなる。吉本興業やジャニーズ事務所は一時代を築いた大組織だったが、まさにジャニーズ事務所は今、変化の時期を迎えている。吉本興業も今後数年でそうなっていくのではないか。

――中田さんの今の活動の柱は。

2018年のはじめから、お金をどう作るかを一から考えて動いている。中でも注力したのが物販。アパレルブランド「幸福洗脳」を立ち上げて、講演会やライブなどで販売した。

アパレルだけではない。あえて機能的な価値が乏しいお守りを売ってみたりして、中田敦彦だからこそ売れるものは何かについて試行錯誤した。2万円のパーカ、13万円のアクセサリー、20万円の革ジャンといった高価な製品も売ってみた。これは、いくらまでなら売れるかという実験で、もう1年は続けたいと思っている。

ツイッターのフォロワー数は信用していない

なぜやるかというと、多くの人がすごく値段の高いものを買いたがっているのではと考えたから。歴史を振り返ると、昔は高級でイケていたマクドナルドのハンバーガーも、今や安価なファストフードとして定着している。ファストファッションも同じ。そういう安価な製品があふれると、安いだけでは飽き足らなくなって、逆にすごく高いものを買いたくなるのではと思っている。

といっても、物販は在庫管理などが大変。そこで力を入れているのがオンラインサロン。僕はどんな仕組みであれ、人が集まったら強いと思っている。とはいえ、ツイッターやインスタグラムのフォロワー数はあまり信用していない。

僕のツイッターには54万人のフォロワーがいるが、せいぜい200〜300しか「いいね」がつかない。その他の53万人以上のほとんどのフォロワーは、おそらく僕へのロイヤルティーは低い。そういうフォロワーではなく、濃く強いファンが、サブスクリプション(定額課金)の仕組みでどれだけお金を払ってくれるかを試してみたい。

――物販やオンラインサロンなど、やっていることは「キングコングの西野亮廣さんのまねでは」との声もある。

みんな「パクるな」「パクるな」というが、この世に本当にオリジナルのものなんてほとんどない。少しジャンルを変えたり、見せ方を変えたりして、ドンと大当たりすると、みんなやっかんで「パクった」と言うが、ヒットしているものは、それだけで価値がある。

――テレビの世界にこだわりはないのか。

僕にはもともと、あまりこだわりがない。同じことをやると飽きてしまうタイプ。ルミネtheよしもとで、同じネタで1日3公演とかやると悲しくなったりもする。


「同じことをやると飽きてしまうタイプ」と語る(撮影:今井康一)

もともとデビューしてすぐ「武勇伝」ネタで売れたけど、その後レギュラー番組を失ったりして、「トリッキーな商品は長持ちしない」と言われた。だから長持ちするといわれる漫才にも挑戦したけど、僕らにはいまいちフィットしなかった。それでM-1グランプリに出場するのもやめた。その後、「RADIO FISH」を結成して『PERFECT HUMAN』が売れて、ルミネtheよしもとに出るのもやめた。

今はテレビの仕事をセーブしている。2018年3月に「ビビット」、9月に「ヒルナンデス!」、12月に「爆報!THEフライデー」のレギュラーから卒業した。共演者の方は大好きで、中でも真矢ミキさんに会えなくなるのが悲しかったけど、僕が今やるべきことではないなと考えた。

音楽ではお金が入ってこない

――『PERFECT HUMAN』のヒット後、音楽ユニットの活動を柱にするという選択肢はなかったのか。

『PERFECT HUMAN』で金銭的に潤っていたら、そうなっていたかもしれない。ただ正直言って、まったくといっていいほどお金は入ってこなかった。実際、音楽による著作権や印税についてはすごく考えさせられた。

そのからくりは簡単。楽曲は1ダウンロードすると250円。日本の今の音楽配信市場だと、40万ダウンロードいけば年間ランキング1位になる。そして250円のうちアーティストの印税は3%、作詞の印税が3%。僕らが6人組なので1人当たりに換算すると1%。だから40万ダウンロードされても、250×40万×1%で1人100万円しか懐には入らない。

音楽業界はCDが駆逐されつつあり、売り方が「ビックリマンチョコ化」している。つまり、リスナーはチョコが欲しいわけではなく、ビックリマンシールが欲しいからCDを買う。アイドルの握手会参加券つきのCDがまさにそれ。それだけ音楽だけでマネタイズするのは厳しい。だから音楽活動ではなく、アパレルとかオンラインサロンに目が向いた。

――目標はつねに変化させてきたのか。

振り返ると僕はこれまでも、それぞれの時期でリスクをとって、リターンを最大化しようとしてきた。芸能界に入ったのも、学生時代に証券会社とか大企業が潰れるのを目の当たりにしたことが大きい。時代は変わるものだと実感し、それならやりたいことをやろうと、好きだったお笑いの世界に飛び込んだ。

当時、自分の父親の世界観だと、銀行や保険会社などの安定した就職先に進むのが当然だった。その価値観から離れられたのは、ものすごく調べたから。例えば弁護士についても調べて、法科大学院ができて、弁護士が増えていく時代になるとわかったが、そこで大手の法律事務所に入るべきか、独立すべきかなどと調べていくと、次第にやりたいことと違うと思った。官僚についても一生懸命に調べて、何かが違うと思った。

今となっては、タレントもほかの職業と同じような変化にさらされているだけだと思う。その変化にどう対応すべきかという点で、タレントと会社員、専門職には共通点が多い。

会社員はいろんな分野に足を突っこめ

――職種を超えて当てはまる共通点とは。

これからの時代は、より希少性が求められるということだ。そして異分野を掛け合わせることで、希少性はより高まる。


1つの分野、例えばお笑いの世界だけで戦ったら、ものすごく熾烈な競争環境だが、お笑いの経験がある人がよそのジャンルに行けば、非常にありがたがられたりする。

僕も今アパレルをやっているが、アパレルの社長でお笑いできる人なんていないし、それが売りにもなる。だから会社員も、いろんなジャンルに少しずつ足を突っこんだらいい。何が当たるかはわからないが、ヒットの確率は高まると思う。

何と言っても会社員の強みは、よほど経営が悪くならないかぎり、クビになりにくいこと。だから会社は辞めないで、こそこそと経営を始めるといい。無駄な仕事はなるべくさぼって時間をつくり、自分の希少性を生かせるビジネスを始めてみてはどうか。