3月にグーグルは、クラウドゲームサービス「Stadia」を発表。2019年中のサービス開始を予定している(写真:グーグル)

グーグルが3月にクラウドゲームサービス「Stadia」を発表、5月17日にはソニーがマイクロソフトとクラウドゲーム領域での提携検討を発表するなど、クラウドゲームがにわかに注目を浴びている。

『週刊東洋経済』は5月20日発売号で「5G革命」を特集。「超高速」「超低遅延」「多数同時接続」という特徴を持つ5G(第5世代移動通信システム)がもたらす、ゲーム業界を含めた産業の未来を分析している。

クラウドゲームとは、データ処理をサーバー上で行うゲームのことだ。家庭用ゲーム機や高価なゲーム専用パソコンがなくとも、手持ちのパソコンやスマートフォンがあれば、ハードウェアのスペックに左右されず、どこでもプレイができる。ただ、約20年前から各社が開発に挑戦してきたものの、ソニーが2015年から展開する「プレイステーション・ナウ」を含め、商業的な成功を収めているところはない。

今、再びクラウドゲームにスポットライトが当たっている背景にあるのが、日本では来春から始まる5Gの商用化だ。普及のボトルネックとなってきたデータの通信遅延が、超低遅延を特徴とする5Gによって、大幅に改善することが期待されている。長年クラウドゲームの普及に関わってきた当事者はどう見ているのか。元スクウェア・エニックス・ホールディングス(以下、スクエニHD)社長、和田洋一氏に聞いた(『週刊東洋経済』5月20日号掲載のインタビューを大幅加筆)。

――ソニーが家庭用ゲームで競合となるマイクロソフトとクラウドゲームで協業を検討すると発表しました。ゲームやコンテンツのストリーミングサービスにおいて、両社が「Microsoft Azure」を活用して、クラウドソリューションを共同開発するというものです。この動きを率直にどう見ていますか?


「そりゃそうだよね」というのが感想だ。「プレイステーション」と「Xbox」の競争領域はゲーム機や遊べるソフトの種類であり、インフラであるクラウドではない。なので、クラウドの領域を共有する分には不自然さはない。ソニーは「Gaikai」や「OnLive」を買収し、すでにクラウドゲームサービスを展開しているが、ここに本腰を入れるとしたら、アマゾン、グーグル、マイクロソフトといったクラウド企業のどこかと手を組むということは、これまでも想定されていた。

――和田さんがスクエニHD社長退任後に社長を務めたシンラ・テクノロジーズ(注:スクエニHD子会社で2016年に解散したクラウドゲームサービス会社)を含め、これまでクラウドゲームのプラットフォームで商業的に成功したところはありません。5Gの普及で、今度こそ本格的に立ち上がるのでしょうか。

クラウドゲームには、大容量のデータをリアルタイムで相互にやりとりできる5Gが決定的に重要になる。過去に誰も商業的に成功していないのは、このパーツが埋まらなかったからだ。


家庭用ゲーム機「プレイステーション」を展開するソニーは5月17日、クラウドサービス「Azure」を持つマイクロソフトとの提携検討を発表した(写真:ソニー)

2014年にシンラを設立したのも、来るクラウドゲーム時代に向けた実験環境を作り、通信インフラの整備を促すためだった。今振り返っても、時代の先端を行っていたと思う。ただ結局、親会社であるスクエニとの方向性の違いがきっかけで、第三者からの資金調達のメドが立たなくなり、プロトタイプを出す前の2016年に解散することになった。

ちなみに、当時シンラがアメリカでの通信環境を整えるために交渉していたグーグルの社員は、3月に発表された「Stadia」の立ち上げメンバーの1人だ。

キュレーターが大事な存在になる

――「Stadia」を発表したグーグルは、世界20地域にクラウド拠点を持ち、自社のデータセンターとつながり遅延を抑える「エッジノート」と呼ばれるデータ処理施設は7500カ所以上を保有しています。巨大なインフラを持つIT企業は、今後のゲーム業界で優位に立つのでしょうか。

世界中の膨大なトラフィックをさばいているグーグルに、インフラ面での優位性があるのは確か。ただグーグルは今、既存の超人気家庭用ソフトを、クラウドゲーム向けに移植することに注力している。サービス開始当初は、一度ユーザーもゲームソフト会社も戸惑いを覚えることになるはずだ。

想像してみてほしい。専用コントローラーでダイナミックに遊んでいたシューティングゲームをスマホでやろうとしたら、指は画面にかぶさるし、敵は小さくて見えない。そこでまず、プレイするデバイスによってUI(ユーザーインターフェイス)が違うゲームが必要になってくる

――グーグルですら、クラウドゲーム参入のハードルは高い?

「クラウド1.0」の段階ではそうだ。ただ、クラウド専用に設計されたゲームソフトが出てくる「クラウド2.0」の世界になると状況は変わってくる。クラウド2.0では、1つのコンテンツに対し、ユーザーが多様な関わり方をするようになる。ゲーム実況やeスポーツに代表されるようにプレイヤーに加えそれを発信する人、編集する人、見て楽しむだけの人といったノンプレイヤーもゲームを楽しむことができる。クラウド2.0は、早ければ2020年にも実現するはずだ。

――その際、ゲームソフトの開発会社が意識すべき点は何でしょうか?

編集を担当するキュレーターの存在だ。ノンプレイヤーもゲームを楽しむためには、視聴者の嗜好に合わせてカメラのアングルを調節したり、最適なCMを流したりする役割が必要になってくる。例を挙げるとしたら、ライブ配信サービスの「SHOWROOM」が近いだろう。

ガラガラポンの戦いが始まる

クラウドゲームに適しているのは、同じ難易度のもとで大勢が競い合うものだ。「自分がすごい」ではなく、「みんなの中の自分がすごい」という自己実現は、感情を昇華させる方向が、従来のゲームデザインとは違う。従来の家庭用ゲームは、それぞれのプレイヤーが楽しめる形に最適化するのが主流になっているのと比べて正反対だ。


和田 洋一 (わだ よういち)/1984年、野村証券入社。2000年、スクウェア入社。2001年に同社代表取締役社長兼CEOに就任。2003年スクウェア・エニックス代表取締役社長に就任。2008年から2013年まで持株会社スクウェア・エニックス・ホールディングス代表取締役社長を務める。社団法人コンピュータエンターテインメント協会(CESA)会長や、経団連の著作権部会長なども歴任。現在メタップスやマイネットの取締役を務める

ソフトメーカーよりむしろ、ソーシャルメディアが得意としてきたことであって、両者が横連携すれば、一気に「クラウド2.0」時代のコンテンツが出てくる。開発環境が整ってくれば、会社の規模や過去の実績とは関係ないガラガラポンの戦いがスタートする。

――和田さん自身は、クラウドゲームを盛り上げていくためのコミュニティ作りを進めています。

所属や利害に関係なく、「この指とまれ」でやりたい人が参加できる開放的なコミュニティを作りたいと思い、啓発のために講演などをしている。会社を立ち上げるというよりは、IT系の人とゲーム系の人が交流できるような、あえてゆるやかな組織にしたい。すでに、「やりましょう」という声はジャンジャン来ている。

実は、大企業のゲーム開発者と話をすると、「(クラウドゲームの開発を)やりたいんですけど、予算が通らないんですよね」という話ばかり聞く。組織の中で孤独な彼らが横でつながれば、及び腰の企業へのレジスタンス(抵抗勢力)にもなる。

『週刊東洋経済』5月25日号(5月20日発売)の特集は「5G革命」です。