麻疹・風疹の流行が続いている。その深刻さは、米国から「日本を訪れる旅行者はワクチン接種をすべき」と勧告されるほどだ。医師の濱木珠恵氏は「会社での集団接種を増やすべきだ。集団接種にすれば、安くて、早くて、安全。それなのに可能なことすら知られていない」と訴える――。
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■米国からみれば「麻疹と風疹が蔓延している国」

予防接種は、自分を守るだけでなく社会全体として流行を防ぐのにとても重要な手段だ。しかし頭では分かっていても忙しい日常では予防接種に行く余裕はないという人もいる。分からなくもない。だが、現在の日本はそんな悠長なことを言っていられないのだ。

日本では、昨年の春以来、麻疹と風疹が流行し続けている。子供の病気と思われがちだが大人にも感染し、むしろ大人のほうが重症化しやすい。妊婦が風疹にかかると、生まれてくる赤ちゃんが先天性風疹症候群という障害をもつ可能性もある。米国疾病管理センターは、日本は麻疹と風疹が蔓延している国であり、日本に行く旅行者はワクチン接種をすべきであると勧告しているほどだ。

日本では土着の麻疹ウイルスが根絶したと認定されたが、30代以上を中心に麻疹の予防接種率が低いために、いまだに麻疹が国内で流行している。風疹ウイルスにいたっては、いまだに根絶することができていない。厚生労働省は2020年までに風疹を根絶することを目標に掲げているが、その対策はお粗末だ。

■仕事を休んでまで予防接種に行くか

この春から、昭和37年4月2日から昭和54年4月1日までの間に生まれた男性を対象にした風疹第5期定期接種が開始された。2022年3月31日までの限定で、まずは抗体検査を受けるという条件付ではあるが、接種されるのは麻疹風疹混合(MR)ワクチンだ。半歩くらいは前進と言えるかもしれない。

だが、自治体によって開始が遅い地域や、クーポンを自分で取り寄せしなければならない地域もある。第5期の対象となっている39〜56歳男性は会社員でも自営業でも忙しく働いている人が多い世代である。仕事を休んでまで、クリニックを受診して検査や予防接種をするための時間を割いてもらえるだろうか。

私は、会社ぐるみで集団接種を行うことを提案したい。しかし医療機関側としては2つ障壁がある。

■ワクチンが確保できないことがある

ひとつは、ワクチン確保の問題だ。国全体として供給量には限りがある。2018年は、春先に麻疹が流行して成人への接種需要が増えたため、MRワクチンは一時的に供給不足になった。またインフルエンザワクチンも製造工程の事情で例年より供給が遅れた。このため卸業者は注文をうけても無制限には販売できず、前年度の使用実績をみながら配分していたようだ。

国内での生産が間に合わないのであれば輸入ワクチンを使う方法もある。例えば当院では、MRワクチンの代替としてMMR(麻疹風疹おたふくかぜ混合)ワクチンを個人輸入している。国内では過去に髄膜炎の発生が問題となり導入されていないが、現在は問題ないとされている。

しかし個人輸入をしているクリニックは多くはないだろう。MMRワクチンは国内未承認だ。未承認医薬品の輸入は、厚生局が発行する薬監証明の取得など手続きが煩雑だ。これは輸入代行業者を利用すればいいが、まとまった数量で発注するので事前に支払う費用はそれなりに負担となるだろう。小児の定期接種には使えないから成人への接種数が少なければ不良在庫となる。MMRワクチンを出張接種で用いるのが便利ではあるが、後述するようにクリニックとしては手続き上の面倒くささがある。

■出張接種ができることを知られていない

ふたつめは、出張接種をする手続きである。出張して行う予防接種は通常、巡回診療として届出を行う。インフルエンザワクチンは一般的に行われているが、MRワクチンの集団接種をしたことがある医療機関は少ないだろう。まとまった数のワクチンが確保できない以外に、前例がなく「MRワクチンを巡回診療で接種できる」と知らないことが障壁だ。

MRワクチンは予防接種法に掲げられた疾病の予防を目的とした予防接種だ。平成7年の厚生省健康政策局長通知では、定期接種の対象年齢以外の者に接種する場合でも巡回診療として法令が適用されることが示されている。しかし数年前までは保健所の反応は厳しく、必要性と適法性について理解を得られるまで、上記の通知について根気よく繰り返し説明しなければならなかった。

一度実施した後は、前例があるからか比較的話が通りやすくなった。さらに平成27年3月に任意の予防接種でも巡回診療として実施できることが改めて通知された後は、対応が柔軟になったと感じている。

■保健所には「臨時の診療所開設」を届ける

MMRワクチンで出張接種を行った際には、未承認薬であるため、MMRワクチンの有効性と安全性を説明はしたものの、巡回診療の対象と見なしてもらえず臨時の診療所開設を行うことになった。臨時の診療所開設では、クリニックの院長である私は臨時診療所の管理医師にはなれないので、別の常勤医が管理医師として対応したが、手続きを進める際の保健所とのやりとりには時間をとられた。その手間はかかったが、MMRワクチンでの集団接種も可能ということだ。

地域によって保健所の反応が異なるであろうことは否めないが、所定の手続きをとれば、制度的に問題はない。当院の事例がすでに前例と考えていただければよいだろう。

■「集団接種」は会社の会議室で十分可能

私のクリニックでは、以前から出張による集団予防接種を行っている。インフルエンザワクチンはもちろん、MRワクチンの集団接種をしている。ここで昨年の当院の事例を紹介したい。

2018年10〜12月、当院では10社のべ13回の集団接種を訪問先の企業で行った。そのうち5社のべ6回はMRワクチンの集団接種で、計475人が受診した。

▼MRワクチンの集団接種の事例
10月19日/L社/MRワクチン/79人/医師2人、看護師2人
10月24日/Sa社/MRワクチン(インフルエンザとの同時接種)/61人/医師1人、看護師2人
10月26日/Se社/MRワクチン43人(インフルエンザとの同時接種)/医師1人、看護師1人
10月30日/K社/MRワクチン/48人/医師1人、看護師1人
12月7日/T社/MRワクチン/37人/医師1人、看護師1人
12月14日/L社/MRワクチン/207人/医師2人

2社はインフルエンザとの同時接種であり、人数が多かったL社は2回に分けて行った。

これらは会社の会議室やミーティングルームなどが会場として使われており、平日の昼間の時間帯に実施した。当院からは医師、看護師を1〜2名ずつ適宜派遣し、時には事務スタッフも随行した。直前の準備や片付けの時間も必要になるが、接種数にもよるが実質的な接種時間はだいたい1〜3時間程度だった。

■集団接種にすると、安くて、早くて、安全

このような集団接種で着目すべき点としては、費用、時間、安全性が上げられるだろう。

まず費用だ。これは会社の福利厚生としてあてがえる。職場で麻疹や風疹が流行して生産性が低下したり、妊娠中の社員に不安が出たりするのを防ぐための投資である。そうすれば社員は個人負担をしなくても済む。自治体の助成を使える場合もある。実際、去年までに当院のMRワクチン出張接種を受けた企業の中には、若い世代への流行を防ぐ、会社としてのソーシャルアクションとして行う、医療機器メーカーとして当然である、などの考えを持って依頼してくださった企業が多い。

また接種される側にとって時間的制約は少ない。会社の建物内で行うので、仕事の合間に接種しにくることができる。かつ待ち時間をなるべく減らすため、同じ時間帯に集中しすぎないよう、事前に時間ごとに接種人数を割り当ててもらい、極端な混雑が発生しないようにした。

■このままでは日本が麻疹と風疹の輸出大国に

安全性については、事前に説明文書と問診票を届けておき、持病など気になる点がある方は事前チェックしてもらうことにした。また注射をすると一部の人が迷走神経反射を起こすことがあるが、今回はそのような方はいなかった。

迷走神経反射の既往があるという申し出も特になかった。そういう方はあらかじめ集団接種をさけたり、個別にクリニックを受診していたりするのかもしれない。迷走神経反射が起きたときの応急処置ができるよう、念のために補液などの緊急医療品は持参して行った。

また妊婦は生ワクチンであるMRワクチンは接種できないが、インフルエンザワクチンは不活化ワクチンであり、妊婦がインフルエンザを発症すると重症化するため積極的に接種すべきである。これも事前に周知した。

Sa社やSe社ではMRワクチンとインフルエンザの両方の接種を行ったが、この2社は数年前から社員へのMRワクチン接種を積極的に推奨しており、担当者の方をはじめ社員の方もよく理解してくださっている。会社としてこのように動いていただけることは大変ありがたい。

2020年に東京五輪を控え、日本が麻疹、風疹の輸出大国とならないよう、成人に対する職場での集団接種を積極的に検討してもらいたい。

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濱木 珠恵(はまき・たまえ)
医療法人社団鉄医会ナビタスクリニック新宿 院長
北海道大学医学部卒業。日本内科学会認定内科医、日本血液学会認定血液専門医。専門分野は、内科・血液内科・旅行医学。2016年4月より現職。生活動線上にある駅ナカクリニックでは貧血内科や女性内科などで女性の健康をサポート中。

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(医療法人社団鉄医会ナビタスクリニック新宿 院長 濱木 珠恵 写真=iStock.com)