2019年撮影のエズラ・クーニグ(Photo by Rich Polk/Getty Images for iHeartMedia)

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ヴァンパイア・ウィークエンドの6年ぶりカムバック作『ファーザー・オブ・ザ・ブライド』が、3作連続の全米アルバム・チャート1位を達成するなど大きな話題を集めている。『Jazz The New Chapter』シリーズで知られるジャズ評論家の柳樂光隆が、独自の切り口からニューアルバムの魅力に迫った。

ヴァンパイア・ウィークエンド(以下VW)の前作『モダン・ヴァンパイアズ・オブ・ザ・シティ』がリリースされたのは2013年のことだった。それから今日までの6年間における、音楽シーンのめまぐるしい変化を思うと、2013年は遥か昔のことのように思える。とてつもなく長い空白をやり過ごしながら、VWの面々はどんなことを考えていたのだろうか。

今年4月にSony Music Studiosで開催された先行試聴会に足を運び、大きなスピーカーで新作の音を浴びながら最初に思ったのは、変わった部分と変わってない部分が両方あること。従来のVWらしい部分もあるし、これまでにはないアプローチも見受けられる。

とりあえず、ギターが前面で鳴っていることは誰にとっても明らかだろう。様々な音色のギターが前景化していて、どの音も徹底して生々しく、それが楽曲を先導している。最初に公開された「Harmony Hall」もそうだし、細野晴臣の楽曲がサンプリングされて話題になった「2021」では、ギターだけでなく、ドラムのシンバルやバスドラムの生々しい響きにも驚かされた(それこそ、細野晴臣の2017年作『Vu Ja De』の異常な音の良さと比べてもよさそうだ)。全体的にいい音で録られた楽器のなかでも、ギターがとりわけ前に出ていて、楽曲のイメージを司っている。

ただ、そこでVWらしいのが、似たような音色やエフェクトばかりに頼っていないこと。曲ごとにエレキやアコギに加えて、ペダル・スティールも使っていて、それぞれが全く異なる色彩とテクスチャーを鳴らしているので、ほとんどの曲でギターが強調されていても、殊更にギターだけを強調したアルバムのようには聴こえない。1曲の中で扱うギターを切り替えたり、様々な奏法やスタイルが用いられていて、その多彩ぶりがアルバム自体にもカラフルな印象をもたらしている。

そこでクレジットを確認すると、中心人物のエズラ・クーニグとプロデューサーのアリエル・リヒトシェイドのほか、ジ・インターネットのスティーヴ・レイシー、VWの盟友ことダーティー・プロジェクターズのデイヴ・ロングストレスと、その兄のジェイク・ロングストレス、ベックからビル・フリゼールまで共演してきたスティール・ギター奏者のグレッグ・リースなど、幅広い個性をもつ7人のギタリストが参加していることに気がつく。

グレッグ・リースが参加した「Stranger」

エズラはローリングストーンのインタビューで、「バンドをやっている連中の多くが『もうロックは死んじまったよ、誰も気にしちゃいない』みたいな運命論者っぽい空気感を漂わせているのをよく目にするよ。だから、そんな状況でお前はどうする?って自問するわけだ。(中略)ここ2〜3年は今まで生きてきたなかで一番ギターを弾いていると思う」と語っていた。彼はここで、逆境に立たされているギターの使い方を今一度探求し、そのスタイルや鳴らし方さえ見誤らなければ、まだまだフレッシュに聴かせられる可能性があることを示したかったのだろう。

その一方で、『ファーザー・オブ・ザ・ブライド』はこれだけギターをフィーチャーしながら、ありがちなギターロックの体裁には全く当てはまらない作品だ。随所で聴こえてくるのは、フォークやカントリー、ブルーグラスを思わすメロディーやフレーズだったりする。そういったサウンドは、1st『ヴァンパイア・ウィークエンド』なら「M79」、2nd『コントラ』なら「Cousins」というふうに、彼らの過去作からも聴き取ることができるし、前作『モダン・ヴァンパイアズ〜』でも、エルヴィス・プレスリー的なヒルビリー要素も含むロックンロール「Diane Young」を披露していた。このような歩みを経て、最新作ではアメリカーナ志向がこれまでになく前面に出ている。

それに加えて、「Sunflower」などの曲から僕が思い浮かべたのは、カエターノ・ヴェローゾやムタンチスといった、ブラジルのトロピカリア勢にも通じる異形のサイケデリアだった。

そしてもう一つ、本作はデビュー時のトレードマークだったアフリカ音楽の影響を、ここにきて再び強く感じさせるアルバムでもある。

そもそもVWは、ヒップホップやR&Bを通過した感性を持ち合わせてはいるが、ブルースやソウル、ジャズといった「黒い」イメージが希薄なバンドだった。いかにも白人然とした生い立ちとファッションの4人組が、アフロアメリカンを飛び越え、一気にアフリカ音楽へアプローチしたのが、デビュー当初に話題をさらった要因でもある。

1st収録の「Cape Cod Kwassa Kwassa」では、アフロビートというより、リンガラやハイライフを想起させるサウンドを奏でていた。アフリカのポップスを経由したギターサウンドに対する憧憬は、ポール・サイモンとも多く比較されてきたわけだが、『ファーザー・オブ・ザ・ブライド』収録の「Married in a Gold Rush」や「This Life」におけるギターにも同様のエッセンスを感じるだろう。その流れで、西アフリカ発祥のパームワイン・ミュージックっぽく聴こえる「Rich Man」の和んだ旋律に浸っていたら、(同ジャンルの代表格である)S.E.ロジーのレコードが実際にサンプリングされていたので驚いてしまった。

「Rich Man」でサンプリングされた、S.E.ロジー「Please Go Easy With Me」

音楽評論家の高橋健太郎は、『アフロ・ポップ・ディスク・ガイド』掲載のコラムで、「いわゆるワールド系のジャンルの中では、アフリカン・ミュージックほどエレキ・ギターとの親和性が高い音楽はないと思う」と記していた。VWの初期作を聴き返すと、彼らはアフロビートのグルーヴ感よりも、アフロポップのギターのフレーズや音色に惹かれていたことが容易に聴きとれる。そう考えると、ジミ・ヘンドリックスやエリック・クラプトンのようなブルース経由のロックギターとも、オルタナ以降のディストーション・サウンドとも異なる、時代にふさわしいギターミュージックの可能性を、彼らはずっと探してきたのかもしれない。

そうやって色彩豊かなギターサウンドを形成しつつ、歌とギター、ピアノ、ベース、ドラム、パーカッションなどの楽器が入れ替わりながら、時に重なったり、バトンタッチするように切り替わったりしている。そんな本作ではアコースティック・ピアノとベースの役割がかなり大きくなっている印象だ。

ピアノはギターと同じような扱いで、旋律を奏でるもう一つの音色として、オーガニックな質感を生み出すことに貢献している。歌やベースは饒舌ながらも、ブルーグラスやショーロのような旋律のレイヤーが重なるのもあり、情感は全体的に抑えめ。その分だけ、楽曲に軽さや爽やかさが宿っている。

そして、これまでの作品と大きく一線を画しているのがベースのサウンドだ。ベーシストのクレジットがないので、(オクターバーを使った)ギターもしくはシンセサイザーを使ってベースラインを奏でているのかもしれないが、本作では低音部分がかなり重要な役割を果たしている。

これまでのVW作品で、ロックバンドとして明らかに欠如していたのはグルーヴだ。リズムセクションががっちり噛み合い、うねりを生み出していくような快感は、彼らの音楽に存在しなかった。それこそ初期の彼らは、アフリカ的なリズムを積極的に取り入れてはいても、パーカッションやドラム、ベースがしっかり絡まり合うことはない。アンサンブルの工夫や身体的な快感よりも、カラフルな音色を巧みにコントロールすることが優先事項であったのは間違いないだろう。

例えば、2ndの「White Sky」でも、アフリカ音楽のリズムパターンを取り入れているが、それによって際立つのは躍動感ではなく、カラフルな色彩感覚だ。アフリカの楽器とは全く異なる音色に差し替えることで、小気味良いビートは華やかな装飾のように機能している。リズム楽器についても同様で、リフのフレーズや音色を重視していて、そもそも低音域自体がかなり薄い。特にベースの演奏は、推進力をまるで感じさせなかったが、それがVWの個性に繋がっていたのも事実である。最小単位のリズムを切り取ってサンプリングし、それを重ねてループさせたような演奏や、そこから生まれるクールなエモーションは、同じくアフリカ音楽をカットアップしつつ取り入れた、トーキング・ヘッズの『Remain in Light』にも通じるものが感じられた。

ところが、『ファーザー・オブ・ザ・ブライド』では初めてグルーヴが生まれている。これまでになく低音域が出ているだけでなく、小節を跨ぐような息の長いフレーズがメロディーやギターと並走するように奏でられることさえあり、ドラムやパーカッションに関しても、一般的なセットとは離れた音色やリズム・パターンが駆使されている。とりわけ変化を感じるのはベースラインとドラムの連動性だろう。

エズラによって疑似的に作られたバンドのアンサンブルは、ベースが示したリズムの基準となる位置やハーモニーを中心に、ドラムを含めた全体のサウンドが連動しているように聴こえる。しかも、そのベースラインは歌やギター並みにメロディアスなのも面白い。時折、ベースラインが前景化してギターなどと入れ替わり、主旋律のような役割を担ったりもする。ギターやピアノなどのいくつもの旋律が先導する本作のサウンドの中でベースはリズムだけでなく、メロディー楽器としても重要な要素になっているのだ。

そして、もう一つの特徴はこれまでになく低音が出ているサウンドで、ここでもベースが鍵になっている。かなり低いところまで出ているベースが空間を下に押し広げたことで生まれた、広くゆったりした空間の中で、ギターやピアノの旋律が軽やかに流れ、曲ごとに微妙に変化がつけられた声の質感やストリングスなどの響きが気持ちよく鳴っている。空間が広がった分、一見、スカスカに感じるかもしれないが、全体像に耳を傾けると、実にバランスよく音が配置されており、入念にデザインされていることに気付くだろう。

それらの高音・中音・低音の音域や帯域の配置を波形で見たら、もしかしたらジェイムス・ブレイクの音楽ともそんなに変わらないかもしれない。だが、ここでVWはギターや(ウッドベースっぽい質感も多めの)ベース、生ドラムやパーカッション、ストリングスなど、徹底的にオーガニックな楽器を使っており、その生楽器っぽさを強調した音色や響きを巧みに組み合わせている。

現行のヒップホップ〜R&Bと同じような音域・帯域に音を配置しながらも、そういったジャンルでは無視されがちな、オーガニックな音色ばかりを扱って曲を作ることで、無意識的にメインストリームの音楽とも同じような地平で聴ける感覚をもたらしつつ、同時にそれらとは全く異なる印象や感触も届けている。これはVWなりの反抗であり、ロック・ミュージシャンならではの矜持なのかもしれない。

VWにとって6年の歳月は、音楽家としてじっくり成長するために必要な時間だったのだろう。彼らの音楽はますます機能的で豊かになり、その魅力をさりげなく表現することもできるようになった。そのうえで、彼らがデビュー時から世に問うてきた「インディーロック的な価値観」が、ブラッシュアップさえすれば今も有効であることを証明している。海外では奇しくも同日リリースとなったビッグ・シーフの最新作『U.F.O.F』と同じように、『ファーザー・オブ・ザ・ブライド』からも、「ロックが蓄積してきたものの延長線上にある普遍的なサウンド」を聴き取ることができるはずだ。


ヴァンパイア・ウィークエンド
『ファーザー・オブ・ザ・ブライド』

<日本盤CD>
2019年5月15日(水)発売
全21曲収録
SICP-6117 / 2,400円+税
日本盤限定ジャケット&初回仕様限定ステッカーシート封入 & 抽選でアーティスト・グッズが当たる応募ステッカー付
日本限定ボーナス・トラック3曲収録

<配信アルバム>
発売中
全18曲
再生・購入リンク:
https://sonymusicjapan.lnk.to/VampireWeekendFOTBTW