違いは「目を使うか、耳を使うか」 サッカー技術指導コーチが語る“ブラサカ”の奥深さ
【ブラインドサッカー日本代表コーチの挑戦|第1回】中川英治氏が語る“ブラサカ”ならではの技術と難しさ
中川英治がブラインドサッカー(視覚障がい者サッカー/略称ブラサカ)に関わり始めたのは5年前だった。
中川は子供たちにスキルに特化した指導を提供する「クーバー・コーチング」で、指導者養成アカデミーのヘッドマスターを務めている。かつて同アカデミーに障がい者スポーツ指導のカリキュラムを導入したいと考え、日本ブラインドサッカー協会(JBFA)の協力を得て授業を実施。そこに参加した日本代表選手から、「個人的に指導してくれないか」と依頼されたのが発端だった。
「週に一度、パーソナルトレーニングをすることになりました。健常の子供たちへの指導とあまり変わりません。ボールマスタリー(ボールを保持するためのさまざまなタッチ)、ストップ&スタート、パス、レシーブ、ドリブルシュート、ダイレクトシュートなどです。最もサッカーと異なるのは、ボールの運び方です。アウトサイドにボールを置くと認識し難くなるので、足の間に置いてダブルタッチでドリブルしていきます」
中川が指導した選手は、2016年リオデジャネイロ・パラリンピックへの出場を目指していた。だが、残念ながらアジア予選で敗退。それを機に代表スタッフが一新され、GKコーチだった高田敏志が監督に就任。中川も戦術技術担当としてコーチのオファーを受けた。
ブラインドサッカーは、フットサルと同様に20m×40mのピッチで1チーム5人の選手が出場し、20分ハーフで行われる。周りにはフェンスが設置され、ほとんどゲームが途切れないので、選手たちは平均6キロメートル前後も休みなく走ることになる。転がると音が鳴る特殊ボールが使用され、衝突事故を防ぐためにボールを奪いに行く選手は「ボイ(VOY)」と声をかけなければならない。
中川もアイマスクをして体験をしてみたが、「恐怖が先立ち、身動きが取れないような状態になってしまった」という。
「普通のサッカーとの違いは、周辺の情報を収集するのに、目を使うのか、耳を使うのか、です。ボールの音に集中すると、周りのスペースや相手が認知できなくなるし、その逆もあります。それに真っ直ぐに走るだけならなんとかなっても、ターンが入ると自分の現在地や方向が分からなくなります」
世界3強に勝つには「ドリブルという個の能力を引き上げるだけでは難しい」
ところが全盲の選手たちは、ほとんど常時自分がどこにいて、相手がどんな配置になっているか認識しているのだという。
「ブラインドサッカーでは、どうしてもドリブル主体の攻撃が多くなります。パスを受けるのが難しいので、パス交換をすればそれだけボールを失うリスクが高まるわけです」
現在ブラジルとアルゼンチンが二強で、中国が続き、日本はセカンドグループで追いかける状況。現状では「ドリブルという個の能力を引き上げるだけでは3強に勝つのは難しい」と、中川は分析する。
「だからもっとパスを多用し、コンビネーションやポゼッションなども加えて崩せるようにしていきたいですね」
ブラインドサッカーの日本代表は、新境地を切り拓こうとしている。
(文中敬称略)
(第2回へ続く)(加部 究 / Kiwamu Kabe)
加部 究
1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近東京五輪からプラチナ世代まで約半世紀の歴史群像劇49編を収めた『日本サッカー戦記〜青銅の時代から新世紀へ』(カンゼン)を上梓。『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(ともにカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。