企業に求められるメンタルヘルス対策とは?

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「働き方改革」が叫ばれる中、従業員が心身ともに健康に生き生きと働くことのできる環境づくりは、企業にとっての大きな課題です。しかし、適切なメンタルヘルス対策を実施できていない企業も少なくないようです。ネット上では「自分の部署からも立て続けに休職者が出た」「メンタル疾患になる社員が多い会社には何か理由がある」「そういう会社を見抜くコツが知りたい」など、さまざまな声が上がっています。

 現代の企業に求められるメンタルヘルス対策や、メンタル不調の従業員が多い企業の特徴について、精神保健福祉士・キャリアカウンセラーの小松美智子さんに聞きました。

そもそも「メンタルヘルス対策」とは?

Q.そもそも、メンタルヘルス対策とは何でしょうか。

小松さん「メンタルヘルスというと『心の病気』『精神疾患』という限定的なイメージがあるかもしれませんが、『心の健康状態』として広義で捉える必要があります。つまり『心が病気でなければ大丈夫』ではなく、さまざまな日常生活の場面で、主体性を持って意欲的に臨める心の状態にあるかが問われます。

『自分にとって満たされた心の状態とはどんな状態か』をひもとくことが、メンタルヘルス対策の第一歩です。まずは仕事や家庭の場面で『どんなときに楽しさを感じ、喜びを得て、内面から生き生きとした活力が湧いてくるのか』、自分で心の状態を理解する必要があります。楽しさや喜びを感じるためには、その対極にある苦しさや悲しみの感情と向き合う必要があるでしょう。

どのようなモノ、言葉、環境、人と触れあったときに自身の思考や感情、身体感覚に変容が起こったのか、もしくは起こらなかったのか。どんな行動をしたのか、もしくはしなかったのか。自己の内界と外界環境の両方へ焦点を当て、意識して捉えることが大切です。メモなどに書き留めて整理すると客観的に捉えられます」

Q.企業にとって「適切なメンタルヘルス対策」とは、どのようなものだとお考えですか。

小松さん「労働契約法で、企業には『安全配慮義務』が課せられ、厚生労働省は『労働者の心の健康の保持増進のための指針』を示しています。この中で企業が策定すべき『心の健康づくり計画』が定められ、次の4つのメンタルヘルスケアを計画的に継続性を持って行うよう提唱しています」

【1.セルフケア】

 労働者自身が、自身にとってのストレスや得手・不得手を正しく理解し、身体の不調や心のモヤモヤ、意欲低下などが生じた際に、自身で早期に適切な対策を取るようにします。

 先述の通り、普段から自分の心と体、環境の変化に意識を向けることが大切です。睡眠、食事、運動の見直しはもちろん、どうしたら回復するのか、安定した状態を継続維持できるのかなど、人によって手法はさまざまです。自分に合った方法を身に付けましょう。

【2.ラインによるケア】

 管理者は、部下の健康状態や労働時間、仕事の量や質を日常的に把握し、部下が心身ともに健康で意欲的に業務に臨めるようマネジメントする必要があります。状態や状況を正しく把握し、より良い職場にするためには、普段からの良好なコミュニケーションや信頼関係の構築が欠かせません。管理者には、傾聴技術や、相手に合わせた柔軟なコミュニケーション技術の体得が求められます。

【3.事業場内産業保健スタッフなどによるケア】

 職場内にメンタルヘルスの相談室を設けたり、産業医や保健師、精神保健福祉士、カウンセラーなど専任スタッフを配置したりして、ケア対策をします。

 一定水準の知識と技術を持つ専門家からの支援によって、医学的・心理学的なアプローチから職場の生産性ロスを最小化し、成果を高めることが期待できます。スタッフは現場との密接な連携が必要です。常勤の専任スタッフがいると、企業内にいるからこそ理解できる、その職場ならではの人間関係、組織・人事労務管理体制、職場の文化・風土に着目したアプローチが可能になるでしょう。

【4.事業場外資源によるケア】

 職場外部の専門的な知識を有する専門機関と連携し、メンタルヘルスケア対策に取り組みます。

 社外資源は、従業員が安心して利用しやすいというメリットがあります。職場内のスタッフには言いにくいことでも、社外の人だと言えることもあります。主な専門機関には、産業保健総合支援センター、精神保健福祉センターなどがあります。

外部から見抜くヒントは「離職率」

Q.メンタルの不調・疾患を訴える従業員の多い企業には、どのような特徴・共通点がありますか。

小松さん「一人一人が期待される役割が不明確で、成果や『誰の幸せに貢献できているのか』が見えにくく、仕事に取り組む意義が見いだしにくい環境に置かれていると、自己肯定感が下がっていき、メンタル不調になりやすいです。

例えば、少人数体制のまま会社が急成長し、常に納期やノルマに追われていたり、本人しかできない仕事があったりすると、休めずに、疲弊感に襲われることがあります。また、対人コミュニケーションや距離感に問題がある上司の下で働くと、部下の心労は大きくなるでしょう。

業務内容や働き方に見合った給与が支払われているのか、給与は公平に決められているのか、自分のやり方と責任の下、一定の自由裁量で進めていけるのか、休暇制度が整っており、気軽に取得できるのか、困ったときの相談体制が明確に整備されているのか、などもポイントです」

Q.メンタルの不調・疾患を訴える従業員の多い企業を、外部から見抜くポイントはありますか。

小松さん「離職率がヒントになります。また、入社前にメンタルヘルス対策について人事労務責任者へ質問と確認をすることが大切です。制度だけでなく、しっかりと運用され、従業員が活用できているのかも確認しましょう。具体的な説明が返ってこない企業は、把握や着手ができていない可能性があります」

Q.メンタルの不調・疾患を訴える従業員が増加した際、企業に求められる対応・対策とはどのようなものでしょうか。

小松さん「予防段階を越えてメンタル不調者が増えると、業務上のミスや遅延、けがや事故などのトラブルが発生しやすく、会社全体の生産性や収益が悪化し、ケアのためのコスト負担も増えます。企業イメージも悪くなります。

産業医や保健スタッフ、衛生委員会、人事労務担当、現場社員が連携し、早急に労働者の現状確認を行い、職場環境の見直し改善を徹底するとともに、就業規則を確認しながら、休職者の復職に向けた支援プログラムの策定実施に取り組む必要があります。社内全員にメンタルヘルス教育などの研修をより浸透させることも大切です」

Q.ネット上のコメントなどを見ると、適切なメンタルヘルス対策を実施できていない企業も少なくない印象です。

小松さん「『誰かがどうにかしてくれる』という意識ではなく、一人一人がしっかりと当事者意識を持ち、『メンタルマネジメントは仕事の一部である』と自覚することが強く求められます。もちろん『仕事のために』という意識だけではなく、より広義に捉え、仕事の背景にある家族や大切な人たちとの時間、自身が納得のいく人生を送るためにも、メンタルヘルスケアは大切です。

あなたの心が生き生きと満たされているときは、どんなときでしょうか。ぜひ、これまでの自分、現在の自分、これからの自分の人生や日常に思いをはせ、楽しみながら、メンタルヘルスケアに取り組んでみてください」