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もくじ

ー 土砂降りの雨 士気は高く
ー レースは手段 門戸を広く
ー 素晴らしいキャンプ 難しい現実
ー さまざまなメンバー 突然のトラブル
ー 逆境こそチャンス
ー 心から欲するもの
ー 番外編:もっともクレージーなマシンは?

土砂降りの雨 士気は高く

今年のカルタ・ラリーのオープニングステージを飾る荒涼としたブドゥニブの町は、サハラ砂漠の外れ、アルジェリアとの国境から16kmほどの距離にあるモロッコ東端に位置しているが、いまの天候は、とてもここがそんな地理的条件の場所にあるとは思えないだろう。

7日間、2000km以上に及ぶこの一風変わったラリーへの準備を進めている一団には、ダカールで活躍した三菱パジェロや、スペースフレームのバギー、さらにはモンスタートラックなども含まれているが、土砂降りの雨と強い風にひとびとは戸惑い、砂漠に広がるこの低木地はまるで、音楽フェスで有名なグラストンベリーのように泥にまみれている。

予想外の天候に見舞われたお陰で、現場はまるでこの鉛色の空のように重苦しい雰囲気だったが、あるチームだけが異彩を放っており、それは徹底的に改造されたラリーカーばかりのなかで、まるでショールームからそのままやってきたかのような3台のダチア・ダスターだけでなく、時おり冗談を言い合う以外、黙々と自分たちの仕事を進めている様子によるものだった。

「これがわれわれのやるべきことですから」と、肩をすくめながらスコット・ガースリーは話す。「基本的なトレーニングです」

フューチャー・テレインチームのメンバー14人全員が、現役かかつての軍人であり、彼の表現は決して大げさなものではない。

メンバーの多くが重い障害を負っており、そうでなくともPTSD(Post-Traumatic Stress Disorder:心的外傷後ストレス障害)といった、心理的なダメージに苦しんでいるが、文句や言い訳をするものは誰一人としていない。彼らは何カ月にもわたりこのラリーへの準備を進めて来たのであり、雨もそれを邪魔することなどできないのだ。

レースは手段 門戸を広く

こうした傷痍軍人のためのモータースポーツ活動というのは、フューチャー・テレインが初めてではなく、ラリーでも、すでにRace 2 Recovery(レース・トゥ・リカバリー)が2度ダカール・ラリーに出場して、チャリティーのための資金集めを行ったという実績がある。

だが、確かにこの先例が刺激になったとは言え、フューチャー・テレインの活動はまったく異なるものであり、それはチームが使用するデザートオレンジのダチア・ダスターが物語っている。

「ここにはモータースポーツのために来ていますが、それはわれわれが達成したいことの手段でしかありません」と他のメンバーとともにチームを立ち上げたグラント・ホワイトは言う。「われわれに不可能などないのです」

かつてBCCC(British Cross Country Championship:英国クロスカントリー選手権)に参戦していたホワイトは、何人かのRace 2 Recoveryのオリジナルメンバーと会った後、2016年にフューチャー・テレインの立上げをサポートすることとなった。当時、BCCCには障害を持つドライバーやコ・ドライバーも参戦可能であり、このチームはふたりの障害を負った選手を参加させることに成功しているが、重視していたのはクロスカントリーラリーであり、ダカールまでは想定していなかった。

ホワイトは「Race 2 Recoveryが義手や義足を付けたメンバーで構成されたチームとして、初めてダカール・ラリーを完走したというのは驚くべきことですが、その参戦費用の高さは、とても続けて出場できるようなものではありませんでした。確かに、フューチャー・テレインは、彼らの成功に刺激を受けてはいますが、さらに門戸が広く、且つ、実世界で役立つトレーニングになるようなものにしたいと考えています。参加したメンバーに、それぞれの人生の基盤になるようなものを掴んで欲しいと思っているのです」

BCCCに集中することで、当初ランドローバー・フリーランダーを使用していたフューチャー・テレインでは、ダカール・ラリー参戦よりもはるかに手ごろなコストで、40人から50人の元軍人をメンバーにするとともに、その活動はより多くのひとびとの目にも留まっている。チームでは、1台のマシンをBCCCに出走させるとともに、同乗試乗まで準備していたのだ。

素晴らしいキャンプ 難しい現実

「レースそのものはあまり重要ではなくなってきています」とホワイトは言う。

「本当に素晴らしいのはレースに伴うキャンプです。そこでは、みんながそれぞれの問題をオープンに語り合うのです」

そして、ダチアがフューチャー・テレインに4台のダスター・ディーゼルを提供したことで、彼らの活動の場はBCCC以外にも広がることとなったのだ。3台はすでにカルタ・ラリーへ出場可能な状態であり、そのうち1台には、BCCC参戦可能な競技仕様のロールケージが、残る2台には、カルタのようなラリーやデモ走行で使用可能な、ボディ外付けのケージが与えられていた。

ダスターによって、フューチャー・テレインの可能性は広がったが、それでも、まだその活動は比較的手ごろなものに留まっている。アマチュアも出場可能なカルタ・ラリーで、彼らが参加するのは、決められた各座標間を、所定の時間内に通過するGPSカップ部門であり、このレースにおいて重要となるのは、全開走行ではなくナビゲーション能力と地形を読む力なのだ。さらに、元軍人にとって、特に砂漠のような場所は非常に馴染み深い場所でもある。

彼らの目的は、元軍人たちが任務中に身に着けた能力が、どれほど軍隊以外でも役立つものかを示すことにある。「軍人でいるというのは楽なことではありません」とホワイトは言う。「軍人は任務によって自己を規定しています。ですから、一旦軍務を離れてしまうと、自分の存在意義を見出すことが難しくなるのです。そして、それは狙撃手や爆弾処理といった任務についていればなおさらです」

さらに、もし人生に大きな影響を与えるほどの心理的、肉体的なダメージを負った場合は、より困難な状況に陥ることになる。ホワイトは、軍が「素晴らしい」支援の輪を提供してくれていると話すが、それでも、そうした活動によって、ふたたび「過去の古傷を思い出させる」こともあるという。「彼らにそうしたことで、苦しんで欲しくはないのです」

総勢14名のフューチャー・テレイン・カルタ・チームのメンバーの、軍での任務や障害の程度、そしてモータースポーツ経験はさまざまだ。

さまざまなメンバー 突然のトラブル

ダン・グリムスは現役の軍人であり、それは、参加車両に石を投げつけていた地元の子供たちを、その場に姿を現すだけで、まるで蜘蛛の子を散らすように追い払った圧倒的な存在感が証明していた。彼がチームに加わったのは、ノッティンガムシャーにある国立リハビリテーションセンターでフューチャー・テレインの活動を耳にしたことがきっかけだった。

グリムスは、そこで重症を負った膝と足首の治療を受けていたのであり、そのケガとはドイツにある基地での降下訓練の際、粉砕骨折と頸椎へのダメージを受けたというものだが、彼はその後14年間も正式な診断を受けないまま、2度のアフガニスタンへの派遣を含め、歩兵として軍務に就いていたのだ。単なる見掛け倒しの男ではない。

ガースリーは、2003年のイラクでスカッドミサイルの攻撃を受けたことで、何カ所にも傷を負っており、いまも心臓に問題を抱えるとともに、最近、四肢の切断手術まで受けている。彼は努力して人事マネージャーとしてのキャリアを築き上げてきたが、それでも「何か熱中できるものを探していたんです。チームの取り組みを知った瞬間、大きな魅力を感じました。どこででも通用するトレーニング方法です」

凍えそうな砂漠で一夜を過ごした翌朝、スタート時刻を迎えても天候はまったく改善していなかった。なるべく多くが経験できるようにと、ボディ外側にケージを付けた2台のダスターに3人ずつ、残りの1台にはふたりが乗り込んだ。

3台はステージをともに進み、干上がった川床や巨大な岩が散らばる平原、さらには急こう配の丘といったコースを乗り越えていった。ときには、何人かのメンバーがクルマから降りて、注意深く進路を誘導する必要があったが、それでも、決して速くはないものの、着実に前進を続けている。

天候は回復したものの、チームの前には暗雲が垂れ込めていた。ラジエータのダメージによって、1台が停止を余儀なくされたのだ。残りの2台が先を急いだものの、タイムロスによってすべてのチェックポイントを通過することは不可能な状況だった。

それでも、決して恥ずべきようなことではなく、20カ所すべてのチェックポイントを通過したのは、GPSカップクラスに参戦した20台のうちたった1台しかおらず、先頭を行くダスターは、この日を3位でフィニッシュしている。

逆境こそチャンス

10時間ものあいだ、ほぼノンストップで極度の集中が必要とされるタフな1日であり、脚の障害に加えPTSDと戦うジョージ・フロストは、ほぼ丸1日ステアリングを握り続け、疲労困憊していたが、その興奮はまだ収まっていないようだった。

コース途中でストップしたダスターが車両回収トラックから降ろされ、残り2台のうち1台にもラジエータートラブルが見つかると、メンバーのリーダーを務めるショーン・ホワットリーは明らかに困惑した様子だったが、かつて、銃弾が飛び交うなかで、戦車の修理を行っていた彼にとって、ダスターのラジエータ修理が困難な任務だろうか? そんなことはあり得ない。

問題はラジエータを固定しているボルトにあり、圧力で粉々に粉砕され、泥によって、ラジエータ内部へと押し込まれていた。乾燥していれば、何も問題にはならなかっただろう。修理方法は明らかだったが、予備のボルトが手元になく、応急処置しかしていないラジエータで2日目のコースへと送り出すことは、さらなる重大なダメージに繋がるリスクがあった。

ダチアはモロッコでもっとも人気のブランドだが、現地仕様のダスターはまだEURO 6には適合しておらず、ボルトの種類が違うのだ。交換用ボルトを手配したものの、届くには24時間以上が必要であり、チームは2日目のレースへの出走取り止めを決断している。

その夜遅く、ホワイトがこの決断をチームに伝えたが、誰も不平や不満を言うものはおらず、翌朝、なぜか晴れ渡った青空の下、チームは新たな任務に取り組んでいた。車両のチェックや、増し締めなどを進めるこのチームは、どんな状況も無駄にすることなく、新たなトレーニングや能力開発の機会として活かすつもりのようだ。

だが、皮肉にもこうした時にこそ、フューチャー・テレインの真の姿を見ることができる。「実際の仕事に役立つトレーニングというものを重視しています」とホワイトは言う。メンバー全員がオフロードコースでのトレーニングを受けており、多くがダチア主催の講習会か、HSE(Health and Safety Executive:安全衛生庁)認定のファーストエイドコースにも参加している。「こうした資格や知識はラリー以外でも活用することができます」とホワイトは話す。

心から欲するもの

ダカール・ラリーチームで責任者を務めたことのある元軍人で、いまはさまざまな人生におけるコーチングを行っているアンドリュー“パヴ“テイラー主導で、精神の充実にも力を入れており、チームにメンバーの情熱や経験が反映されるように仕向けている。

テイラーのレッスンは、Race 2 Recoveryでの経験が生み出したものだ。「2年半この活動に集中しました」と彼は話す。「ですが、それは単に軍隊の替わりであって、この活動が終わると、ふたたび別の何かを必要としていました。つまり、自分の障害を認める術を学んでいなかったということです」

チームにおけるテイラーの役割は、フューチャー・テレインが各メンバーに対して、新たな人生を始めるきっかけを創り出せるようにすることにある。

テイラーがこのチームに植え付けようとしているものを目にすることができた。ボルトが届くと、チームは3日目以降のレースに備えた準備へとふたたび戻っていったのだ。その後は止まることなく走り続け、悪天候や、自分たち自身とダスターに対する疑念にも打ち勝った結果、最終的にそれぞれが3位〜5位でフィニッシュしている。

だが、ホワイトは「優勝カップを勝ち取ることが目的ではありません」と言う。彼らの目的とは、それよりも大切な何かであり、心から欲しているものなのだ。

「われわれには責任があります。例え障害を負ってもその責任を果たすことが重要であり、それこそがわれわれの価値を示しています」とガースリーは言う。

「ひとびとを勇気づけるようなことができるのであれば、そのために何かをすべきなのです」

番外編:もっともクレージーなマシンは?

カルタ・ラリーのクロスカントリーセクションでは、砂漠のラリーのために研ぎ澄まされた数々のマシンを目にすることができるが、この地形への挑戦のしかたはそれぞれが独自の方法を採用している。

見るだけなら簡単であり、GPSの通過点を探して、そこでマシンがやって来るのを待つだけだ。両サイドを急な岩だらけのスロープに挟まれた干上がった川底にあるGPSポイントを見つけ出すことができた。

車高を上げたトヨタ・ランドクルーザーや三菱パジェロ、ボウラー・ワイルドキャットのような、伝統的なダカールレーサーは、速度を落とし、慎重に川底へとラインを辿る必要があるが、一旦川底へと達すると、あとはパワーと四輪駆動システムに任せて、ふたたび砂漠へと猛然と飛び出していく。

よりクレージーなのはサイド・バイ・サイドでやってくる、バイク用エンジンをスペースフレームに搭載した軽量なバギーたちだ。彼らはその長大なサスペンションストロークによって、ほとんどアクセルを緩めることなく、そのまま飛ぶようにして干上がった川を横断していく。

もっともクレージーなのは誰か? それはヘビー級のDAF FAV75レイドトラックであり、その強大なディーゼルのパワーで砂漠をものともせずに進む驚くべき存在だが、完全無欠というわけではなく、このワジと呼ばれる雨季以外には水の流れることのない川岸に突っ込んで、その日のレースを終えている。

ここからこのマシンを引っ張り出すには、バカ力が必要だろう。