錦織は粘りを見せて8強入り(C)ロイター

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武田薫【スポーツ時々放談】

ローマ大会が順延で日程タイトに…錦織圭を襲う“雨の試練”

 全仏オープンがジワジワと迫っているのに、日本勢はパッとしない。錦織圭はクレーシーズンに入ってからバルセロナのベスト4だけで、モンテカルロ、マドリードとも早々に姿を消した。大坂なおみも線香花火で、いいショットをチラつかせながら集中力がポトッと切れてしまう――どうも覇気が感じられない。

 テニスにはマラソンのような難しさがある。春からのハイシーズン、まずは2カ月間、足元が滑りイレギュラーの多いクレーコートでの長いラリー戦が続く。慣れた頃に今度は一転して、球足が速く弾道の低い芝の速攻勝負に移る。細かな不規則バウンドのイライラを乗り越えた先に、アメリカの夏の炎天下……転々とする環境で体力と精神力を競り合い、冬にはインドアでしっかり技術を試されるのだ。

 こうした、山あり谷ありのシーズンを乗り切るカギはリラックス、すなわち、気持ちの切り替えであり前向きの精神構造だ。選手たちがよく口にする「楽しむ」心持ちがなければ、とてもやっていられない世界である。

「人間何が嫌かって、煩わしいのが一番ですよ」

 これは長嶋茂雄の述懐だが、大坂なおみには、育てのコーチに訴えられるなど、まだ煩わしさが付きまとう。だが、いまの錦織に振り払うべき煩わしさはないはずだ。ネット小姑の恋人いびりも潮を引いたようだし、マスコミも“持ち上げ疲れ”で騒がなくなった。嵐が去ったところで、ゴールを忘れ、ホッとしてしまったのではないか。

■アマとプロの世界観

 日本のテニス界には〈この一球〉という言葉がある。戦前を代表する全日本選手権の初代優勝者、福田雅之助が残した「この一球は絶対無二の一球なり」は、日本のテニス界に燦然と輝く金言で、松岡修造はいまも色紙にこの言葉を書く。そうでもないのに……。

 女子テニスのレジェンド、キング夫人は大の野球好きで、弟はメジャーリーガーだった。現役最後の頃、なぜ野球が好きか聞いたことがある。

「野球にはテニスにない一発逆転の緊張がある。テニスはポイントの次にゲーム、その先にセットがあり、デュース、タイブレーク……いくつもネクスト(次)がある」

 キング夫人によれば、テニスは〈この一球〉ではなく〈次にも一球〉と言うことになる。この違いはアマチュアとプロの世界観の差だろう。この捉え方の違いにこそ、日本がなかなか乗り越えられない壁があるように思う。錦織は日本人だがアメリカ育ちのプレーヤーで、〈次の一球〉があると考えているはずだ。ただ、見ている日本のファンには〈この一球〉がこびりついている。この際、ハードコートで演じる生き生きした自分を信じ、「また次があるさ」と楽な気分でヨーロッパのシーズンを乗り切るしかない。

(武田薫/スポーツライター)