「世界でナンバーワンになる」と話すルネサスエレクトロニクスの呉文精社長(写真は2016年6月の社長就任時、撮影:風間仁一郎)

政府系ファンド、INCJが33.4%を出資し、「日の丸半導体」の再生を目指すルネサスエレクトロニクスが7年ぶりの四半期赤字に転落した。

【2019年5月20日18時55分追記】初出時に「産業再生機構(INCJ)」としていましたが、表記のように修正いたします。

5月14日に発表した2019年12月期第1四半期(2019年1〜3月)決算(国際会計基準)は、売上高が前年同期比19%減の1502億円、営業利益は12億円の赤字(前年同期は233億円の黒字)となった。四半期での赤字は東日本大震災後の経営危機にあった2012年以来となる。

中国をはじめとした景気落ち込みの影響が大きく、世界の半導体市況が調整局面にあり、主力の車載事業を含めてすべての分野で売り上げを落とした。「世界で戦える半導体企業になる」(呉文精社長)ために巨額の買収を仕掛けてきたが、先行きへの不安は拡大しつつある。

売り上げ大幅増の陰で膨らんだ在庫

「売り上げは落ち込んだものの、受注は上向いている」(同社)というが、ルネサスの場合、実需以外の問題が深刻だ。


その1つが流通在庫。2016年の熊本地震で自社工場が被災し、商品の供給遅れを起こしたことから、2017年から工場を高水準で稼働させてきた。2017年12月期の売上高は前年比2割増になるなど、ルネサスの業績は回復したかのように見え、株価も高値で推移した。株の過半数を握っていたINCJは保有株を売却し、4000億円近い売却益を得た。

しかし、その裏で販売を請け負う代理店は大量の在庫を抱えることになった。問題に気づいたルネサスは2018年後半から工場の稼働率を落とし、在庫調整に追われた。その影響が2019年第1四半期に及んだ格好だ。

同社の柴田英利CFOは14日の電話会見で「実需よりも作り込んでしまった」と発言し、見込み違いを認めた。現在、在庫は適正水準まで落ち着いたと説明するが、2017年や2018年前半ほどの売上高は見込めない。過剰在庫を防ぐため、今第2四半期の工場稼働率も50%台と低水準で推移するという。

コスト削減のため、自社工場の一部を一時停止するという半導体業界では異例の「奇策」も検討したが、供給体制の整理がうまくいかず、「最大1カ月」とされた停止期間はゴールデンウイーク近辺の10日程度にとどまった。「最大想定の3、4割程度」(柴田CFO)という短期に終わり、肝心のコスト削減効果も1億円台に過ぎない。


一時停止の対象となったルネサスの滋賀工場(滋賀県大津市、記者撮影)

これら一連のエピソードが意味するのは、ルネサスの競争力の低下だ。

変化の激しい半導体産業で各社がしのぎを削るのは、自動運転や人工知能(AI)といった最先端技術だ。ルネサスも世界トップ級のシェアを誇る自動車向けマイコンや、得意とする省電力化の技術を売りに「R-car」という集積回路を開発。自動車メーカー向けに攻勢をかけてきた。産業機械向けにも、低電力、低コストで耐久性に優れた特定用途向けの「e-AI」を持つ。

しぼむ最先端の製品開発

これらは顧客の要求に対して仕様を変えたり、ニーズを先回りして提案したりする柔軟性が求められるほか、研究開発に多くの資金と時間が必要になる。うまく開発できれば利益率の高い製品となり、将来の事業の柱にもなり得る。2014年のリストラ時に会長だった作田久男氏は当時の東洋経済のインタビューで、「R&D(研究開発)に集中することで強い商品を作り、納得のできる粗利を出していきたい」と語っていた。

しかし、現在R-carやe-AIといった戦略は急速にしぼみつつあるのが現状だ。2018年は自動運転のデモカーをアメリカ・ラスベガスの家電見本市「CES」に出展するなどして話題を集めたが、2019年の出展はなし。際だった進化を示せなかったからとの説明だが、2019年のCESには自動車関連の出展も目立ち、存在感を示すせっかくの機会を逃した格好だ。

また、肝心の研究開発費も思うように捻出できていない。ルネサスは今春、約1000人の希望退職者を募るなど、一層の固定費抑制に動いているが、研究開発費もそのあおりを食う形で増やせない状況が続いている。関係者によると、R-carなど新製品開発の動きは止まってはいないものの鈍くなっているという。

一層の研究開発費の減少と開発スピードの鈍化も見込まれる。実際、これらの先進技術の開発に取り組んでいた幹部が相次いでその職を去っている。

そうなると、商品力の一層の低下は否めない。ルネサスの製品を扱うある特約店は、今年度のルネサス製品のデザインイン(取引先に製品を採用してもらうこと)の目標額を前年度から15%ほど引き下げている。新しい仕様の製品が実際に売り上げにつながるには数年かかるが、新製品の採用が細ると言うことは将来的な成長が見込めないことを意味している。

足元でも、「ルネサスの商品は値上げがあったり、リストラで取扱商品が急になくなったりして扱いづらくなった」という声も漏れ伝わる。実際にライバル企業が順調に業績を伸ばしている一方で、2018年12月期にルネサスは減収減益に沈んでおり、影響はすでに出始めている。

多額の減損処理を強いられる可能性も

新製品開発の代わりに呉社長ら経営陣が力を入れている、買収による規模拡大戦略にもリスクがある。3月末に米アナログ半導体メーカー、IDTを買収したことにより、ルネサスののれんは2018年12月末の1872億円から9108億円へ、一気に増えた。買収に必要な資金として6980億円を借り入れ、自己資本比率は56.7%から34.5%に大きく落ち込んだ。ルネサスは2019年12月期から国際会計基準(IFRS)に移行しているため、のれんを毎期償却する必要はないが、IDTの業績が悪化すれば多額の減損処理を強いられることになる。ルネサスの自己資本は6351億円だ。

買収による業績押し上げ効果もあまり見込めない。IDTの年間売上高は約900億円、営業利益は約120億円だ。この分がルネサスの業績に貢献するが、買収に伴って発生したのれんのうち一定程度は今後、無形固定資産として組み替えられ、この分は償却する必要がある。2017年に買収したアメリカのインターシル(現ルネサスエレクトロニクスアメリカ)の例を参考にすると、償却で約120億円の営業利益はほぼ吹き飛んでしまう計算だ。ルネサス製品とのシナジーが必要だが、すぐにその効果が現れると期待できない。

IDT買収の目的は、商品の幅を広げて競争力を向上させることにあったが、買収自体が「高値づかみ」だとの批判は免れない。呉社長は3月、「いい結婚にするためにこれからの努力が必要」と語ったが、必要な努力はかなりハードルの高いものだ。

「世界で勝ち抜く」を目標に、ルネサス製品の特約店を絞るなどの改革にも着手しているが、欧米型の改革が日本の顧客に受け入れられるかは未知数。先行き不透明感を反映してか、当初春には示すとしていた中期経営計画も「米中関係の影響がわからない」との理由でいまだに発表できずにいる。

日本に残った数少ない半導体企業として輝きを取り戻すために、ルネサスが取り組まなくてはならない課題はあまりにも多い。