都立小岩vs瀬谷

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緊迫の1点差試合で続けて競り勝ち得るもの多かった小岩、夏へ向けて好感触ピンチをどうしのぐか、マウンドに集まった小岩選手たち

 総武線の新小岩駅から、商店街を通り抜けながら徒歩10分ほどで小松中学や住宅街などがある文教地区に出るが、その一角に都立小岩高校がある。いわゆる団塊の世代が高校進学する時期に備えた1962(昭和37)年に創設された学校だ。あの大女優大竹しのぶやアナウンサーの吉田照美、元おニャン子クラブの白石麻子らの出身校でもある。

 野球部は、早稲田実業出身の西悠介監督が就任して六年目となるが、近年はチーム力も上がって来ていて都立城東、都立江戸川、都立紅葉川といった近隣で実績を挙げている都立校に肩を並べられる存在となってきた。それとともに、部員も増加し、今年もある程度意識の高い生徒たちが入学してきたと言う。

 西監督は、「地域の人や保護者の人たちも協力してくれていますし、助かっています」と、応援してくれる人たちに感謝しながら、質の高い野球を伝えていこうという姿勢である。

 グラウンドが長方形で、左翼は95mを確保することが出来るのだが、右翼は75mほどなので、右越単打や右越飛球認定アウトと言ったローカルルールの中でやっていかざるを得ないというところもある。

飛球の飛び出し防止のために、複数のネットが張られる

 また、飛球の飛び出し防止のネットが、打席の上などには複雑に掛けられている。それに、ネットのほかに、砂塵防止ネットも覆われているので、内野側からは非常の観戦しづらくなっており、訪れた保護者や近隣の人たちのためには、外野左中間の一郭に椅子などが置かれて観戦できるようになっている。

 グラウンドの土もあくまで校庭ということなので、野球場のような黒土の混ぜ込みは、近隣への配慮もあって難しい。また、予算的に人工芝にもなかなか踏み切れないというのが現状のようだ。従って、グラウンドはすぐに固くなりやすく、イレギュラーバウンドなども多くなっている。この日も一つ、何でもないゴロが跳ねて野手の股間を直撃するというアクシデントもあった。

 とはいえ、そう言ったハンデのある環境を整えていくことで、グラウンド整備の価値を改めて見直すことや、環境を整えていくことへの意識を高めていかれることにもなる。また、試合で質のいい土のグラウンドに遭遇した場合には、より思い切ったプレーが出来るということも意識の向上ということも含めて、利点として捉えようと思えば利点とも言えよう。

 そうした環境の中での試合遠征とホームとは半々くらいで試合が組まれている。 この日は神奈川県で「熱い思いの指導者」として注目されている平野太一監督率いる瀬谷を迎えての2試合だ。内容的には、2試合ともに1点を巡って質の高い攻防が展開された。こういう試合を経験していくことで、競った場面での意識コントロールということでもいい経験を作っていかれるということになる。

瀬谷・橋本晃太君

 最初の試合は、春季大会に1番を背負っていた小岩の渡部君と瀬谷の橋本君との投げ合いという展開で始まった。どちらも4回まで無失点。丁寧な投球で試合を作っていっていた。小岩は、当初から継投という予定だったので、5回からは右サイド気味の関根君が登板。瀬谷の橋本君は当初から、平野監督は「今日は完投と言うつもりで投げさせた」ということだったが、制球も意識して、5回までは無四球で3安打に抑えていた。

 瀬谷は代わった関根君に対し、5回に失策の走者を進めて3番二瓶君の左前打で先制する。しかし、ここから試合は動き始めて、前半とは異なった展開になっていく。

 6回に小岩は大谷(おおや)君が左翼柵越の3ランで逆転。しかし、瀬谷も失策暴投などで同点とし、7、8回と取り合う展開になって結局同点で9回。1番からの好打順だった小岩は先頭の岸部君が二塁打で出ると、バントで一死三塁としてここでも3番大谷君が中前打して、これが決勝点。勝負強さを示した。

 大谷君はこの試合では4打数2安打で犠飛も含めて5打点だった。「アスリート能力としては、チームでも一番高いくらい。50mも6秒前半で、センスもいい」と、西監督もその能力を高く評価している。その大谷君だが、中学時代はクラブチームで野球をやっていたのだが、高校入学当初は俊足を磨きたいと陸上競技部に入部していた。しかし、同じグラウンドで野球の練習を見ているうちに、「やはり野球をやりたい」ということで、2年前の5月連休明けの今頃に入部してきたと言う。

 小岩は最後、再びマウンドに戻った渡部君が瀬谷の反撃を0に抑えた。

小岩・渡部竜輔君

 2試合目は、終始投手戦の展開で、小岩は左サイド気味の森君が、瀬谷は慶野君がそれぞれの持ち味を出して好投。森君は、上から投げていたのだが、最近腕を少し下げ気味にして、これで球筋がよくなって、抑えられるようになってきた。小岩は5回に二死三塁から1番堀田君の内野安打で追いつき、さらに失策で2点目が入った。これに対して瀬谷は2回と8回、それぞれ暴投で三塁走者が帰る。

 こうして2対2のまま9回となったが、小岩は「よし、サヨナラの形を作っていくぞ」とベンチで声がかかり、先頭の佐藤大君が左前打で出ると、代走黒川君が出てすかさず二塁盗塁。この試合では6回から代打で出てそのまま6番に入っていた大谷君がしっかりバントで送り一死三塁。ここで代打渡部君の三塁ゴロが野選となりサヨナラの形になった。

 プレー上、記録としては失策などはあったものの、最後まで緊張感のある試合が相次ぎ、お互いに内容のある試合だった。「こういう終盤の競り合いをモノにしていくという成功体験は、いい形で次へつながります」と、西監督はその成果を実感していた。

 また、平野監督は、「競り合った場面でこらえきれない、我慢しきれないというところに、まだまだ脆いなというところを露呈してしまった」と言いつつも、「投手は、今の自分たちの力の中で、よく粘って投げられた」と、評価をしていた。

(取材・写真=手束 仁)