1月、日清食品が10本4000円の美容ドリンクを発売し、話題となっている。カップヌードルの印象が強い日清食品がなぜ? と感じる人も多いのでは。マーケティングライターの牛窪恵さんは、令和の時代は「なぜこの企業が、この商品を?」と思うような新商品が続々と登場すると予想。その理由とは?

■女性の9割が乾燥肌の自覚あり

5月といえば、季節の変わり目。夏に向けて、紫外線が本格化するシーズンでもあり、肌荒れや皮膚のかさつきなど、「お肌の潤いが気になる」という方も多いでしょう。

2019年1月に発表された、ある調査結果を見ても「(自分が)乾燥肌だという自覚がある」と答えた10〜40代女性は、なんと9割弱。ほとんどの女性が「肌の潤い」を気にしていることになります(19年 マイボイスコム調べ)。

何を隠そう、私もその一人ですが……、乾燥肌対策として普段、やっていることと言えば、「乳液やクリームを多めに塗る」ぐらい。忙しいなかで、毎晩スチームを当てたりパックをしたりと、時間をかけて肌の潤い対策を続けるのは、結構しんどいですよね。

そんな皆さんに、朗報です! 近年は、わざわざ手間や時間をかけなくても「肌を乾燥から守れるのでは?」と期待できる方法が、複数の研究から分かってきました。

その一つが肌の潤いに効果が期待される“食事や飲料”。いわゆる「インナービューティ」の関連市場は、既に1500億〜2000億円超に達するだろう、とのこと(2019年1月16日発行 健康産業新聞(第1660号)より)。

■なぜ、日清食品が美容ドリンクを?

では、お肌の状態に貢献するかもしれない成分とは、具体的にどのようなものでしょうか。

その代表は、皆さんもよくご存じの「コラーゲン」、そして「ヒアルロン酸」でしょう。

一般的には、コラーゲンもヒアルロン酸も「年齢(加齢)」とともに少しずつ減っていく傾向にあるのですが……、昨今はそのマイナスをゼロに近づけるか、場合によってはプラスへと導く可能性がある商品も、次々と発売されています。

日清食品の「ヒアルモイスト発酵液」

例えば19年1月、日清食品が自社のオンラインストアで販売を開始した、美容ドリンク「ヒアルモイスト発酵液」。

「え? 日清食品が、美容ドリンクを発売したの?」と、ちょっと意外に思うかもしれません。日清食品と聞くと、真っ先に「チキンラーメン」や「カップヌードル」をイメージする人が多いのでは?

また、つい先日(19年3月末)まで、NHK総合の連続テレビ小説(ドラマ番組)では、日清食品・創業者の安藤百福(ももふく)さんとその妻・仁子さんをモデルに、その半生を描いた「まんぷく」が放映されていました。

1971年のカップヌードル
2019年のカップヌードル

俳優・長谷川博己さんが演じた“立花萬平”のモデル・安藤百福さんは、経営者であるだけでなく、世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」や、世界初のカップ麺「カップヌードル」の開発者でもあった。そのイメージからすると、「美容ドリンク」は、少し遠い存在のように映るかもしれません。

ですが、「ヒアルモイスト発酵液」1本(50ml)には、20000mgの「ヒアルモイスト乳酸菌液」と5000mgのコラーゲンが配合されており、前者は「日清食品グループ独自の乳酸菌」だと、日清食品・マーケティング部DM課ブランドマネージャーの佐藤真有美さん。具体的には、「人の体内で、ヒアルロン酸を作らせる働きを持つ乳酸菌」だそうです。

2019年のチキンラーメン
1958年のチキンラーメン

18年11月、同社が「乾燥肌」を自覚する100人のモニターに、1日1本ずつ「ヒアルモイスト発酵液」を試飲してもらったところ、試飲開始から10日目の時点で、100人中96人が「肌の変化を実感した」と答えたとのこと。かなり高い割合ですよね。

でも、なぜ長年「インスタントラーメン」で確固たる牙城を築いてきた日清食品グループが、肌にうれしい成分を、独自に研究・発見できたのでしょうか。

実はそこに、マーケティングで言う「範囲の経済」の理論を垣間見ることができます。

■規模の経済と範囲の経済

皆さんは、「規模の経済」と「範囲の経済」をご存じでしょうか。

規模の経済は、モノを多く作れば作るほど、1個あたりにかかる「生産コスト(単位あたりの費用)」が下がり、効率がアップすること。別名「スケールメリット」とも言います。

家庭でもそうですよね。例えば、「1人分」のカレーを手作りするとき。引っ越したばかりで手元に何もなければ……、鍋や包丁、まな板を買い、新品のルーや調味料、香辛料を揃え、と手間も費用もかかります。

ですが「5人分」のカレーを作るとなれば……、じゃがいもや人参など、食材は多く必要ですが、初期費用や光熱費を含めたその他の費用は、たぶん1人分とほとんど同じ。

となると、1人前あたりにかかる「生産コスト」は、規模が大きい5人分のほうが圧倒的に低くなります。この場合、マーケティングや経営学では「規模の経済性が働いた」と言います。

他方の「範囲の経済」も、同じくカレーを例に考えてみましょう。

引っ越し初日、あなたはゼロから調理するために、新品の調理器具や香辛料などを買い揃えました。もしこれらが「カレー」を作る時だけにしか使えないとなれば……、「毎日がカレー」など、よほどカレー大好き家族でない限り、登場回数はせいぜい週に1〜2回程度ですよね。

となると、調味料は「賞味期限内」に使い切れないかもしれない。収納スペースも、「カレーだけのために、こんなに大きな鍋をしまっておくの?」とムダに感じるでしょう。また「せっかく、この鍋の使い勝手に慣れたのに」と、あなたが培った「鍋スキル」を、カレーの時にしか活かせないことを「もったいない」と思うのでは?

■日本で初めて飲むヨーグルトを開発した会社

でももし、同じ調味料や鍋スキル、あるいは鍋本体が、カレー以外の別メニュー、例えばシチューやトマト煮込みなどでも活躍できるとしたら……、材料やスキルの登場回数は増え、ムダに感じるスペースや使い切れずに捨てる可能性も減るはずです。

こうした場合に、「範囲の経済が働いた」と言えます。すなわち、範囲の経済とは、一つの企業(家庭)が、複数の異なる事業や別分野の商品(メニュー)を行なったり作ったりすることで、一事業あたりのコストを削減できるという概念。おもに、事業の「多角化」などの際に、用いられる考え方です。

先の日清食品グループの例も、広い意味で「範囲の経済」が働いた一例と言えるでしょう。

というのも、同グループ企業の一つである「日清ヨーク」は、日本で初めて飲むヨーグルトを開発した、乳酸菌の老舗だから。つまり、肌にうれしい「ヒアルモイスト乳酸菌」を研究・発見できるだけの下地が、既に50年も前から、日清食品グループにあったのです。

■人口減で事業の多角化は必須

「ヒアルモイスト乳酸菌」の研究を支えたのは、東京・八王子にある日清食品グループの研究拠点「the WAVE」。ここではインスタントラーメンやチルド、冷凍食品などの商品開発と並行して、健康科学の研究も行なわれています。

また、「ヒアルモイスト乳酸菌」は、同グループが長年大切に蓄積してきた「微生物ライブラリー」の中から発見した、とのこと。今回、そのライブラリーがあったからこそ、「美容ドリンク」という新たな分野に進出できたと言えるでしょう。

自社が持つ技術や素材を活用して、別の事業や分野を伸ばす……、マーケティングや経営学の分野で、こうした「範囲の経済」の好例としてよく取り上げられるのは、富士フイルムホールディングスの化粧品ブランド「アスタリフト」です。

こちらも発売された06年当時、「なぜ富士フイルムが化粧品を出すの?」との疑問が、多くの消費者から寄せられたと言います。ですがここには、同社が長年かけて培った3つの技術や原料が活かされていました。

1つ目は、フイルムの主原料でもあるコラーゲン。2つ目が、写真の色あせや肌の老化を防ぐ「抗酸化技術」。そして3つ目が、写真の画質向上や化粧品成分の肌浸透に役立つ「ナノテクノロジー」です。逆にこの3つが備わっていなければ、富士フイルムは化粧品分野に進出することはなかったと思われます。

前回、「忙しい人ほど“借り放題”の虜になる理由」でもお伝えした通り、日本は人口減少が顕著です。多くを作って売ることで効率を上げる「規模の経済」は、今後あまり期待できません。

だからこそ令和の時代は、事業の多角化によって効率を上げる「範囲の経済」を狙う企業が、今以上に増えていくはず。

今後も「なぜこの企業が、この商品を?」と驚くような新商品が、続々と登場するでしょう。そのとき、ぜひ「範囲の経済」の視点がどこかに活かされていないか、注目してみてください。きっと何かの形で、その企業が長年培ってきた技術や施設、ものの考え方が活かされているはずですよ。

(マーケティングライター 牛窪 恵)