今や時の人となった佐々木朗希(大船渡)。その写真や映像を目にした高校野球ファンのなかには、超人的なピッチング以前に大船渡のユニフォームにこんな感想を抱いた人もいるのではないだろうか。「東北高校のユニフォームに似ているな」と。

 東北は雄平(ヤクルト)やダルビッシュ有(カブス)の母校であり、言わずと知れた宮城県の名門校である。アイボリー地にピンストライプの入ったユニフォームは、多くの野球ファンの記憶にこびりついている。大船渡のユニフォームのデザインは、その東北とよく似ているのだ。

 ところがこの春、「本家」に異変が起きた。東北はユニフォームのデザインを一新したのだ。


昨年11月に東北高校の監督に就任した富澤清徳氏(写真右から2人目)

 5月2日、仙台市民球場で行なわれた春の地区予選敗者復活戦。一塁側ベンチから登場した東北の選手を見て、最初は別のチームかと目を疑った。それほど印象がガラッと変わっていたのだ。

 やけにユニフォームがまぶしく見えるのは、地の色が白に変わっているため。さらに紺一色だった帽子のひさしにも白が入り、紺地のストッキングにも白が入っている。これらの変更は、昨年11月から監督に就任した富澤清徳監督の発案だという。富澤監督は「深い理由はないんですけど……」と苦笑しながら、変更の意図を語ってくれた。

「変えたいなと思って、私の判断で変えました。もともとのアイボリーが暗いというか、少し重いように感じていたんです。明るくしたいと思って白を入れました」

 とはいえ、すでに全国的にイメージが定着しているデザインだけに、OBやファンからの反発も予想される。今のところは一部OBから「変わったんですね」と言われる程度だという。今後、春から夏にかけて高校野球への関心が高まっていくにつれ、東北のユニフォームが変わったことは話題になるかもしれない。富澤監督も「まあ、言われるでしょうね」と覚悟を決めている。

 ただし、富澤監督にしてみれば「変えた」という意識と同時に「戻した」という感覚もあるようだ。富澤監督の選手時代のユニフォームはアイボリーではなく、白地だったからだ。

 富澤監督はかつて、東北の主将として1985年の甲子園に春夏連続出場している。佐々木主浩(元マリナーズほか)とバッテリーを組む捕手で、チームメイトには他にも内野手兼控え投手に葛西稔(元阪神)もいる強力チーム。甲子園では春夏ともベスト8まで進出している。富澤監督はその後、立正大、社会人の朝日生命へと進み、引退後は立正大のコーチを務めていた。

 富澤監督が母校の監督に就任した背景には、近年の東北野球部の低迷がある。2010年以降の甲子園出場は春1回、夏1回のみ。以前は「2強」と言われたライバル・仙台育英に大きく水をあけられている。

 富澤監督の就任とともに、富澤監督の恩師であり、かつての名将・竹田利秋氏がアドバイザーとして東北に復帰した。そんなタイミングでのユニフォーム変更は、名門再建への強い意思表示ともとれる。

 だが、新体制の船出は順風満帆とはいかなかった。春の地区予選では2回戦で仙台三に5対7と苦杯を喫し、敗者復活戦へと回ることになった。

 仙台市民球場での敗者復活戦の試合前、東北の選手たちはキャッチボールの時間中に他校のように遠投をせず、塁間の短い距離をしっかり投げる練習を繰り返した。さらにベンチ前での軽いノックでは、選手間で「グラブを下に着けて!」「下から、下から!」という掛け声が飛んでいた。実戦的かつ、基礎的な動きを丹念に確認しているように見えた。

 富澤監督に聞くと「守備も打撃も特別なことはしていませんが、とにかく基本を日々徹底しています」という答えが返ってきた。仙台工業との試合は投打が噛み合い、10対0のコールド勝ちを収めた。

 とくにエース左腕・石森健大は被安打1、奪三振4の完璧に近い投球を見せた。富澤監督は「ストレートは130キロ台後半でしょうけど、持っているものはすばらしい」と潜在能力を高く評価する。弾力性のある腕の振りから放たれるストレートは、打者の手元でより加速するように見える。

 しかし、仙台三戦ではその石森がつかまった。富澤監督は「石森の自滅でした」と振り返り、こう注文をつける。

「まだ大事な試合で力を発揮できていません。石森の場合は技術よりも気持ち。エースとして精神的に強くなってもらわないと困ります」

 野手では富澤監督が「技術もメンタルも強くて、練習熱心」と評価する強肩強打のセンター・伊藤康人を筆頭に、能力の高い選手も目立つ。夏に向けては、石森ら投手陣の成長がカギを握りそうだ。

 富澤監督は「何年以内に甲子園、みたいな期限は設けていません。出られるものなら、今年すぐ出たいです」と語る。当然、最大のライバルになるのは仙台育英だろう。

「育英は結果も何もかもすべて上ですから。少しでも追いつけるようにやっていくだけです」

 そう言って、富澤監督は次戦の対戦校を視察するためにスタンドへと向かった。

 甲子園に出たいチームは、なにも仙台育英や東北だけではない。名門校、伝統校、中堅校、新興勢力。各校がしのぎを削るなか、東北が再び栄光を手にすることは生やさしいものではない。

 それでも白地のユニフォームのように、まぶしい輝きを取り戻すために。なりふり構わぬ名門の新たな挑戦が始まっている。