欠点のない、完璧な男などこの世にはいない。人には誰でも長所と短所があるものだ。

しかし、女性が絶対に許せない短所を持った男たちがいる。

浮気性、モラハラ、ギャンブル、借金、ストーカー…

そんな残念男ばかり引き寄せる女が、もしかしたらあなたの周りにもいないだろうか。

橘梨子(たちばなりこ)、32歳もその一人。人は彼女を男運ナシ子と呼ぶ。

この話は、梨子がある出来事をきっかけに、最後の婚活に挑む物語。彼女は最後に幸せを掴むことが出来るのか、それとも…

久しぶりにお食事会に参加した梨子は、イケメン医師・智也と出会う。智也に惹かれ始めた梨子は、2人で食事に行く約束をしたのだった。




その日、朝から梨子は自分の手掛けるオーガニックブランドのパックをして、入念にメイクをした。クローゼットから新調した服を取り出し、鏡の前で笑顔を作る。

―今日は勝負の日。仕事でも、プライベートでも。

梨子のブランドが、二子玉川の百貨店に出店することになり、オープンの初日を迎えていた。そして夜は、お食事会で会った智也との初めてのデートの予定が入っている。

智也とは毎日LINEでやりとりをしているが、仕事を頑張る梨子にとっての何よりのご褒美になっていた。

気が付けば智也からのメッセージを心待ちにしていて、仕事の合間についつい携帯をチェックしてしまう。

こんなにそわそわとした気持ちは何年ぶりの感覚だろう。

今夜のデートのため、智也は、懇意にしている麻布のうなぎ屋さんを予約してくれたと言う。好きなものはあるかとLINEで尋ねられたとき、梨子がうなぎと答えたからだろう。

ハイブランドが集う百貨店の化粧品売り場で、異彩を放つパーフェクトオーガニックのカウンター。光沢のある黒と赤のコントラストが一際目をひき、壁一面に飾られた外国人モデルの巨大な写真は、シンプルかつクールなイメージで、他のブランドとは印象が異なる。

健康的で洗練された大人の女性をイメージし、梨子がこだわり抜いて考えたデザインだった。

「あの人がプロデューサーの梨子さんだよ」
「あー、この間雑誌で特集記事みた」

遠巻きに噂をしていたスタッフも、梨子が会釈をすると緊張した様子で整列した。

「梨子さん、今日はいつも以上にお綺麗ですね」

そう言ってくれたのは、百貨店のバイヤー・桃花だ。今回こうして無事に出店に至ったのは、彼女のおかげと言っても過言ではないくらいお世話になった。

「桃花ちゃんのアイシャドーもいい感じ。パーフェクトオーガニックの新作、使ってくれたのね」

梨子は桃花に向かってニッコリ微笑んだ。そして売り場の前で、ぎゅっと拳を握り締める。

―ついに百貨店での出店が実現したわ…。よし、今日も気合いを入れて頑張る…!

オープンと同時に、パーフェクトオーガニックには長蛇の列が出来ていた。梨子はお昼ご飯どころか休憩を取る暇もなく、関係者へのあいさつ回りやプレスの取材に追われ、メイクショーなどの仕事もこなした。

一息ついた頃、スタッフの一人が頬を紅潮させて駆け寄ってくる。

「今の売り上げ、このフロアで1位です!オーガニックで初めて店舗売上1位いくんじゃないですか!」

その言葉に、梨子は心から充実感でいっぱいになったのだった。

無事に閉店時刻を迎えると、スタッフ一人一人に労いの言葉をかけ、梨子はカバンをつかんだ。

「今日は梨子さんと一緒に飲めると思ったのに…」

残念そうな顔を見せるスタッフに「また別の機会で行きましょう」と声をかけると、そそくさとその場を後にする。

―いつもなら、仕事で成功したお祝いに、みんなで飲みに行ってただろうな。

でも、今は違う。なぜなら梨子には、もう一つの目標があるからだ。


仕事を成功させた女が、デートという決戦に挑む!


雨が降っているからと桃花に傘を渡されて、梨子はお店にタクシーで向かう。

雨に濡れてきらきらと輝く東京タワーはまるで、久々にデートに向かう梨子の胸の高鳴りを表しているかのようだ。




―智也さんとの初めてのデート。仕事より緊張する…。

店に着く頃には、雨はすっかりあがっていた。店内の狭い廊下を抜けて個室にたどり着くと、掛け軸のかかった壁を背にして座る智也の姿が目に入った。女性の梨子から見ても、男の色気に溢れている。

「梨子ちゃん!」

爽やかな笑顔からこぼれる白い歯。40代の余裕を感じさせる、カジュアルだけど品のある装い。

―智也さん、やっぱり素敵…。

緊張を隠すためにメニューを眺めながら、お昼を食べそびれてお腹が空いていたことを思い出す。

「真剣にメニューを見てるとこ悪いけど、今日はコース料理なんだ」

智也に言われて恥ずかしくなり、慌てて今日の出来事を説明した。長年の夢が叶い、百貨店で店舗を出せたこと。プレスの取材のこと。

「本当はすごく緊張していたんですけど、お客さんの反応が良くてほっとしました」

そこまで話したところで、智也の携帯のバイブ音が鳴る。

智也はちらりと携帯に目をやり、メッセージを確認した後、再び顔を上げて尋ねた。

「梨子ちゃんは、どこの大学を卒業したの?」

―仕事の話ばかりして、つまらない女と思われたのかな…?

急に話題を変えられたことが気になりながらも、梨子はにこやかに答える。

「あ、はい。慶應の文学部です」

するとまた、智也の携帯がメッセージの着信を知らせる。

「ごめん。職業柄、携帯は手放せなくて…」

「全然、急な患者さんのご対応とかもありますよね。お気になさらないでください」

コース料理は、うなぎの肝から白焼き、かば焼きとどれも美味しく、今まで食べたことないほど絶品だった。

都内で開業している医師の智也は、梨子のお給料では手が届かないお店もたくさん知っているのだろう。

ー智也さんと付き合ったら、新しい世界をたくさん知ることができるのかな…。

でも、肝心の智也との会話は、前回会った時より弾まなかった。2人が話している間も、智也は携帯のメッセージが終始気になるようだったし、何故だか梨子に質問ばかりするのだ。

「家では自炊とかしてるの?」「得意料理は何?」「親御さんは何をされている人なの?」「結婚に求めるものは何?」

―何だか、結婚相手を面接してるみたい…。結婚に対して焦りがあるって言ってたけど…それにしても。

ただ、梨子が今まで付き合った男は、みな会った瞬間に恋に落ちて…。気が付けば距離が近づいて、相手のバックグラウンドを何も知らないまま恋人になっていたのも事実だ。

直感ばかりで恋をして、「男運ナシ子」という不名誉なあだ名までつけられた。

―私に必要なのは、相手をよく知ることかもしれないわ…。

気を取り直した梨子は、智也の質問をそのまま返した。

「智也さんは、結婚相手に求めるものってなんですか?」

すると、再び携帯が鳴ったのだ。


まさかの展開。エリート医師の許せない正体とは…


智也はメッセージを確認した後で、顔を上げて微笑んだ。

「安らぎかなぁ。医者だとどうしても外で緊張する場面が多いから家ではリラックスしたい。3年前に亡くなったうちの父と母は、まさにそんな関係だったから憧れてるのかな」

―お父さんもお医者さんなんだ…。

彼のあまりに完璧なプロフィールに、梨子は感心して頷くのだった。



コース料理を食べ終えて、梨子は化粧室へと席を外し、鏡の中の自分を見つめながらボンヤリと考える。

イケメンで育ちがよくて、都内で開業している医師。梨子の仕事のことも理解してくれて、結婚を真剣に考えている男性。

やっぱり、結婚を考えるならこういう人の方がいいはずだ。心の中で自分にそう言い聞かせながらも、なぜだか気分は晴れなかった。

そして、席に戻ろうとした時だった。個室の中から、智也と、店の女将らしき女性の声が聞こえてくる。

「いつも、ごひいきにして頂いて」

部屋の入り口からそっと覗くと、智也が財布を出そうとしている。すると女将は、「お代は大奥様から頂いております」と言ったのだ。

―大奥様?智也さんのお母さんのこと…?今日、一緒に食事をするのを知っていたのかしら…?

気にはなったものの、席に戻ると智也は何事もなかったような顔で「じゃあ、そろそろ出ようか」と言って立ち上がる。

結局、2人は次のお店に移動することなく、店の前で解散した。

別れ際、智也は真剣な顔で梨子を見つめていた。

「今日はありがとう。俺、梨子ちゃんのこと、真剣に考えてる。次に付き合う人とは結婚したいって思ってるから」



帰り道、何となくモヤモヤした気持ちが止まらなかった。智也は梨子のことを真剣に考えていると言ってくれたけれど。

でも…それにしても…会話の途中で、あんなにも携帯を気にするものなのだろうか。




デートなのにお店で解散だったし、お会計の時に出てきた「大奥様」という言葉も気になる。梨子は智也にごちそう様でしたと伝えたが、お会計は別の誰かが支払ってくれたものだ。

―智也さんには、結婚していない本当の理由があるのかな…。

今までに付き合ってきた残念な男たちの残像が蘇る。いや、きっと、今回は違うはずだ。悪い想像を頭の中から追い払おうと、歩くスピードを速める。

そのとき、ポツリ、と再び雨が降ってきた。

「いけない。傘、お店に置いてきちゃった」

慌ててお店に戻ると、信じられない光景が梨子の目に飛び込んできた。

梨子が忘れた傘の中で、身を寄せ合うように智也と中年の女性が佇んでいるのだ。

「今までともちゃんが連れてきた中では、いい線いってると思うわよ。ただね、ちょっと、仕事がんばってます!感が鼻につくわ」

「ママはキャリアウーマンに厳しいんだから。僕的には顔がタイプだし、慶應卒なんだから頭だって悪くないと思うよ」

「ともちゃんがそこまで言うなら…もう一回デートに誘ってもいいわよ。仕事してます、私!ってところが気になるけれど、ママが教育してあげるしかないわね」

梨子は呆然と立ち尽くし、その奇妙な光景に、開いた口が塞がらない。

―まさか、智也さんのお母さん…!?もしかして、ずっと同じお店にいたってこと…?どこかから見てたの!?

そして、こう悟ったのだ。

ーデートにママ同伴って、究極のマザコン男だったの?

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智也はスーパーマザコン男だった!彼がデート中に携帯ばかり気にしていた理由とは?そして、梨子に次の出会いはあるのか…?