松下洸平 撮影/佐藤靖彦

写真拡大

 今、演劇界でもっとも勢いのある若手俳優として注目の松下洸平さん。2018年に出演した舞台『母と暮せば』とミュージカル『スリル・ミー』での演技が高く評価され、第26回読売演劇大賞 優秀男優賞と杉村春子賞などを受賞した実力派だ。

【写真】松下洸平の全身カット

お客さんを意識したお芝居をしないでね

「受賞を最初に知ったときは、喜びよりもやはり驚きのほうが先にきてしまって。賞をいただく瞬間って、両手を上げて“やったー!”って叫ぶのかなってイメージしていたんですけど、あまりのことの重大さにしばらく呆然と立ちすくんでしまった自分がいました。

 お客様の中で特別なものとして残り続けるいい作品を作るためだけに専念してその結果を認めていただけて、ご褒美じゃないですけど、このような名誉ある賞をいただけたのは本当にうれしいですし、これからの自分にとってすごく大きな糧になると思います」

 穏やかな口調で受賞の喜びを謙虚に語る松下さんだが、今回の受賞の対象となった2作品には手ごたえがあったと話す。

「『母と暮せば』は、見に来てくださった関係者の方がみなさん泣きながら楽屋に挨拶にいらっしゃって。そういう経験は初めてでしたけど、伝わってるなという実感はありました。客席もすすり泣く声はすごく多かったですね。演出の栗山(民也)さんが、あくまでもここはあの70年前の長崎のある一家のお話であるから、母と息子の2人だけで会話してとおっしゃって。お客さんを意識したお芝居はしないでねと。

 僕たちが誘うのではなくお客さんはその中に入ってきてくれるからということを信じてお芝居ができて、それが届いたときはすごくうれしかったですし。それは『スリル・ミー』にも同じことが言えて。栗山さんはよりリアルなものをここ数年追求なさっている気がして。難解な演出ではなくて、大掛かりなセットもなければ、照明と俳優の佇まいと言葉だけにすべてを集約させる演出をしてくださっているような印象がありました。

 それが『母と暮せば』に関しても『スリル・ミー』に関しても色濃く出て。今回、栗山さんも読売演劇大賞の大賞を受賞されました。ある種、演劇の原点に戻れたような2作品だったから、僕も評価していただけたような気がしますね」

 恩師のような存在でもある栗山さんからはうれしい言葉をもらったそう。

「杉村春子賞が決まったときに、初めて栗山さんに電話しました。栗山さんは携帯を持っていらっしゃらないので、こまつ座のスタッフの方からご自宅の番号を伺ってお礼のお電話をしたら、“『母と暮せば』で、洸平に杉村春子賞を取らせてやりたかったんだよ”と言っていただいて。普段あまり役者を褒めない栗山さんが、“おめでとう!”って何度も言ってくれたのは宝物のような時間でした」

僕がやってきた作品史上いちばんハードです

 5月には栗山演出のこまつ座公演『木の上の軍隊』の再演に出演する。実在のエピソードをもとにした井上ひさしの原案を蓬莱竜太が書き下ろした戯曲で、南の島で戦中戦後の2年間をガジュマルの木の上で過ごした2人の兵士を描いた物語。松下さんは2年半ぶりに新兵を演じる。

「これは僕がやってきた作品史上いちばんハードな作品です。精神的にも体力的にもいちばんきついかもしれない。僕と上官役の山西(惇)さんの2人の会話劇で、1時間50分、木の上でしゃべり、騒ぎ、泣き、笑い、走り、もう喜怒哀楽すべての感情が全部つまっている作品で。

 それをしかも斜めの木の上でやらなきゃいけないのでボロボロになります。でも、初めてこまつ座に出させていただいた作品でとても思い入れがあるし、大好きです」

 役作りのために前回の公演の前に実在エピソードの舞台となった沖縄の伊江島を訪ねたという。

「実際に兵士が隠れていたとされるガジュマルの木が残っているんですね。その木に登らせてもらったり触ったり見たりした経験が、実際演技する上でとても役に立ったというのをすごく感じたんです。実際に舞台上で芝居をするときに、あのとき実際に木の上から見えた景色がよみがえってくるんですよね。

 舞台の上から僕らが見ているのは客席ですけど、演じてる僕らの目に何が映っているかってことがとても大切だと思うんですよ。それを山西さんと共有することも大切で。前回の公演でも、この木の上からどんな景色が見えると思うかということをすごく話した記憶がありますね」

 新兵を演じるうえで大切にしたいことは?

「いちばん大切にしていることは、彼が無垢であるということですね。無垢であればあるほど上官を苛立たせるし、戦争は悲惨だということが伝えられる気がするんです。少し大げさかもしれないですけど、当時の声の代表として僕はそこにいたいと思っています」

 演じることに真摯に取り組む松下さん。まじめな人柄がうかがえる。30代になってからの心境の変化を聞くと、

「覚悟した感じはあります。音楽でデビューして20代の間にいろいろなことをやってきて。30代に入って自分の人生を10年のスパンで考え始めたときに、いろいろな方とお仕事させていただいて刺激的な現場が続いて、改めて役者をちゃんとやろうと思いました。今、仕事がすごく楽しいです」

 性格はマイペースと自己分析する。休日の過ごし方は?

「友達があんまり多くはいないので(笑)、出かけないんです。ガッツリおひとり様です。掃除が好きなので、休みの日は怖いくらい掃除してますね。お風呂も磨くし、ベッドの下とかもベッドをどかして隅っこのほうまで水ぶきします。あとはたまった録画の朝ドラとか見て終わり(笑)」

 素顔もチャーミングな松下さん。今後もいろいろな顔を見せてくれそうだ。

井上ひさしメモリアル10
こまつ座 第127回公演『木の上の軍隊』
敗戦直前、南のある島。激しい銃撃戦の末、2人の兵士が追い詰められて、ガジュマルの大木の上に身を隠す。それから2年間、本土出身のきまじめな上官(山西惇)と島出身の新兵(松下洸平)は終戦を知らぬまま木の上で2人だけの孤独な戦争を続ける。井上ひさしの原案をモダンスイマーズの蓬莱竜太が書き下ろした傑作。演出は栗山民也。
・5月11日〜5月19日@紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA
【こまつ座公式HP】http://www.komatsuza.co.jp/

<プロフィール>
まつした・こうへい◎1987年3月6日、東京都出身。2008年11月に『STAND UP!』でCDデビュー。2009年より、テレビ・舞台などで俳優として活動の幅を広げる。平成30年度(第73回)文化庁芸術祭 演劇部門 新人賞(関東参加公演の部)、第26回読売演劇大賞 優秀男優賞・杉村春子賞を受賞。現在、映画『Bの戦場』公開中。

<取材・文/井ノ口裕子>