「俺…本当は一途だよ」深夜のバーで、モテる男が囁いた言葉の真意とは
「モテる男なんて苦労するだけ」
「結婚するなら誠実な男が一番」
早々に結婚を決めた女友達が、口を揃えていうセリフ。
だが本当にそうなのだろうか。ときめきのない男と結婚して幸せなのだろうか。
そう疑問を呈するのは、村上摩季・27歳。
同期とともに参加したバーベキューで、相原勇輝のさりげない優しさに心奪われた摩季。
勇輝からの連絡を心待ちにする摩季。だがようやく届いたLINEは、まさかの当日夜の呼び出しだった。
西麻布『BOCTOK』のソファに座り、相原勇輝は私に手を振った。
その仕草はあまりにも自然。初めて二人きりで会う男女とは思えず、「あれ?私たち恋人同士だったっけ…」と勘違いしてしまいそうになる。
挙動不審を必死に抑え、私は勇輝の隣にそっと腰をおろした。
「ナイスタイミング。会えて良かった」
無邪気に顔を覗き込み、そんなことを言う彼。
「そうだね」と笑顔を返すけれど、ナイスタイミングなのは彼にとっての話。確かにちょうど近くにはいた。女子会が終わるタイミングでもあった。しかし青山から移動したのは私だし、何より私だけが動揺し慌てている。
けれども慣れた様子でスタッフを呼ぶ横顔を眺めているだけで「まあ、いっか」と思えてしまうのだった。
話のきっかけを探って、共通の友人・玲奈の名前を出したのは私だ。玲奈は普段からひたすらクールで、ほとんど自分の話をしない。勇輝の話もこれまでに聞いたことはなかった。
彼の説明によると二人は大学時代のゴルフサークル仲間で、社会人になった今でも頻繁に交流があるらしい。
「玲奈が言ってたよ、相原くんはすごくモテるって。いろんな女の子とデートしてるんでしょ?」
ちょっとしたジャブを打ってみる。
しかし勇輝は「あはは」と笑っただけだった。…否定も肯定もしないのは、図星なんだろう。けれど次の瞬間、彼が急に真剣な表情を見せ、私をドキッとさせた。
「でも俺、本当は一途なんだよ?」
大きくて、まっすぐな瞳。
そして私はこの後、彼の言葉の真意を知ることとなるのだった。
一途だ、と言う勇輝の真意とは…?
考えてみれば私と勇輝に共通の話題などない。1週間前にバーベキューで初めて会って、ほんの少し言葉を交わしただけの関係なのだから。
「玲奈ってさ、あいつめちゃくちゃ運動音痴なの知ってた?」
「え、そうなの!?何でもできるイメージなのに意外」
玲奈の話題を最初に持ち出したのも私。学生時代の仲間が特別な関係であることもわかる。私にとって花苗や裕子がそうだから。だけど…。
「ゴルフとかも余裕でできそうに見えるだろ?でも最初めちゃくちゃ下手でさぁ。まあ皆に隠れてコソ練して、なんとかついていける位にはなってたけど」
しかし勇輝が玲奈のことを語るのを聞いているうち、私の中に小さな違和感が生まれた。
うまく言えないが、行間に漂っている気がするのだ。何か…特別な感情が。
「摩季ちゃんは、いま彼氏いるの?」
一杯目のカクテルが終わる頃、ようやく核心に触れられた。
「いない」と即答し、そしてすぐに後悔する。…何も正直に答える必要はなかった。適当に濁しておけばよかったのに。
−相原くんは?
そう尋ねようとして一瞬、迷う。その刹那、彼が再び玲奈の話題を持ち出した。
「そういや玲奈って、いま誰と付き合ってんのかな。知ってる?」
「え…?」
どうして、そんなこと聞くの。
喉元に何かが詰まったように、声を出せなくなった。
私が気にしすぎているのだろうか。これはただの世間話?それとも…。
「うーん、どう…だったかな。玲奈、自分のことあんまり話さないから。でも前に、すごく年上の彼氏がいるって聞いた気がする」
ざわつく心を懸命に隠し、何でもない素ぶりで答えた。心にスーッと、冷たい風が吹いた気はした。
私の言葉に、勇輝は「へぇ」と小さく呟く。そしてそのまま、何も言わずにブランデーを飲んだ。その静かな横顔に私は益々孤独を感じてしまう。
「そろそろ行こっか」
その後、他愛のないやり取りをいくつか交わし、勇輝は立ち上がった。
なんだ。本当に一杯だけのつもりだったのか。
−…私、バカみたい。
勇輝は何も悪くない。彼は最初から「一杯だけ」と言って私を誘ったのだから。
突然の誘いに浮かれ、動揺し、ひとりで大騒ぎしたのは私。
そうは言っても、実はその後もあるんじゃないか…なんて勝手に期待して、もし家に誘われても絶対に行かないんだから!なんて誓いながらやってきた私、本当にバカみたい。
彼の後に続いて店を出る。
「ありがとね、摩季ちゃん。今度はぜひゆっくり。…あ、家どこだっけ?送ってく?」
勇輝は「送る」と言ってくれたけれど、私は断った。彼がそれを望んでいる気がしたからだ。
「大丈夫。相原くんはタクシー?私は駅まで歩くから、気にせず乗っちゃって」
そう言って、私は自らタクシーを停めてあげた。
−何やってんだろ、私…。
こういうとき、下手な気を回さず甘えられる女が心底羨ましい。相手の都合などお構いなしに送ってもらえば、違う展開になる可能性も0とは言えないのに。
しかし27年積み重ねた性格は、そう簡単に変えられない。勇輝を乗せたタクシーのテールランプを眺めながら、私は「はぁぁぁ」と大きなため息をついた。
六本木の駅まで多少あるが、歩こう。歩きたい気分だ。
…今夜ここにきたのは、果たして正解だったのだろうか。
自問自答しながら、私は早くも失恋したような気持ちで帰路に着いた。
初デートは、意気消沈して終了。堪えきれず、摩季は玲奈に打ち明ける
「相原くんって、もしかして…」
「…何それ?マジで絶対ないから」
私の問いかけを、玲奈は真顔で一刀両断した。
週明け、19時過ぎに営業フロアを出たら、廊下でばったり玲奈に会った。
私たちは同じ恵比寿に住んでいる。「アトレの『鼎泰豊』でも寄ってく?」なんて話しながら、自然な流れで一緒に帰ることになった。
それで私は思い切って尋ねたのだ。
玲奈は同期で一番の仲良し。ひとりで悶々と悩み、彼女との関係がおかしくなるのは嫌だったから。
「相原くんって、もしかして玲奈のこと好きなんじゃない?」
できる限り明るい声を出す私に対し、玲奈は即座に「ないから」と低い声を出した。
「共通の知り合いで話題にしやすいから私をダシにしただけでしょ。相原が私を、とかあり得ないし。それは絶対に摩季の勘違い」
「勘違い…かなぁ」
正直、そうは思えなかった。
けれど玲奈が頑なに否定するので、それ以上の追求はしないでおく。どちらにせよ玲奈には彼氏がいる。確か10歳年上の経営者。少なくとも彼女のほうは、勇輝のことなど眼中になさそうだ。
「それにしても本当に一杯だけで帰っちゃうなんて。私、女として見てもらえてないのかも…もう、次はなさそう」
さっぱりと去っていった勇輝の笑顔を思い出しながら、私は玲奈に愚痴った。
過去の経験上、当日夜の呼び出し→家に誘われる、までがセット。もちろん断りきれず着いていったが最後なので、今回はそうならなくて良かったのだが…しかし一方でこのまま終わってしまうのでは…という不安に苛まれる。
次にまた誘ってもらえる自信などまるでなかった。
「いやいや、なんでそうなる?当日夜に呼び出してそのまま持ち帰る方がよっぽど軽く見られてる証拠じゃない。むしろサクッと帰したのは相原の誠意なんじゃないの」
不躾な言い方だが慰めてくれているのがわかる。
「…玲奈って本当にいい女だよね」
しみじみと呟いた私を無視し、玲奈は焦れったいとばかりに言葉を続けた。
「うだうだ言ってないでさ、自分から誘えば?摩季がくだらない勘違いしてる間に、バーベキューで出会った他の子がアプローチしてるかもよ。っていうか、絶対してると思う。…先越されてもいいの?」
−それは、絶対に嫌…!
玲奈の言葉に、私はゴクリと唾を飲む。そして衝動的に心を決めた。
「わかった。…自分から誘ってみる」
▶NEXT:5月4日 更新予定
勇輝に、自ら誘いのLINEを送る摩季。二度目のデートの行方は…