1本5千円と超破格の値段のレンコン。マーケティングと民俗学の知識を応用した戦略で、ニューヨーク、パリ、フランクフルトなどの高級和食店で使われるだけでなく、注文を断るほどの「バカ売れ」に

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 レンコン1本5千円。そう聞いたら普通は「高い!」と思うだろう。通常のレンコンは1本千円程度で、スーパーならビニールパックされた1節が200円か300円くらい。5千円のレンコンは、通常のざっと5倍の値段である。

 しかし、この5千円レンコンが「バカ売れ」している。生産・販売しているのは、茨城県にある「野口農園」。同社取締役の野口憲一氏によれば、国内の高級料理店だけでなく、パリやニューヨーク、フランクフルトなどの高級和食店でも使用されており、「デパートの外商の商材として使わせて欲しい」「カタログギフトに使わせて欲しい」といった依頼も相次いでいる。しかし、満足できるレンコンの生産が追いつかないので、大半は断らざるを得ないのが現状なのだそうだ。

1本5千円と超破格の値段のレンコン。マーケティングと民俗学の知識を応用した戦略で、ニューヨーク、パリ、フランクフルトなどの高級和食店で使われるだけでなく、注文を断るほどの「バカ売れ」に

 なぜ、こんな超高額商品が売れているのか。当然のことながら、そこに至るまでの道は平坦ではなかった。野口氏はそのプロセスを最近、『1本5000円のレンコンがバカ売れする理由』という自著で振り返っている。成功の理由を本人に解説してもらった。

圧倒的な商品力を武器に、「生産性の向上モデル」を拒否

「まず前提として言えるのは、ウチのレンコンの商品力がきわめて高かった、ということがあります。私の父親が丹精こめて作っているレンコンは『味よし』という品種ですが、このレンコンは圧倒的に食味がよく、香りも段違い。『レンコンってこんなに甘いのか!』『食感がシャキシャキしている』という声をよく頂きます。
 ただし、このレンコンは病害虫に弱く、栽培の手間もかかる。生産性が低いのです。だから、このレンコンを大々的に栽培している農家は他にほとんどありません」

霞ヶ浦のほとりのレンコン農家に生まれ、民俗学者となった若者が、実家の農家を大変革。目玉は1本5千円と超破格の値段のレンコンだ。「ブランド力最低の茨城県」から生まれた、痛快な「逆張りの戦略ストーリー」

 実は、この「生産性」がポイントなのだ、と野口氏は言う。

 生産性が低く食味がよいのであれば、その食味の良さをアピールしなければ、生産者の手元に利益は残らない。実際、野口氏が加わる前の野口農園は、商品の全量をJAに出荷している普通の農家だった。

「ウチのレンコンが高値でも売れるようになった根本の理由は、戦後農業を呪縛していた『生産性の向上モデル』と決別したからです。
 生産性の向上モデルとは、生産面積を拡大し、常に技術革新や経営革新を怠らずに効率化・合理化を図り、生産コストを下げることによって利益を確保する、というモデルです。これは、端的に言えば『生産すればするほど儲からなくなるシステム』です。

 食べるものは安ければ何でもいいわけではありません。ゴディバの高級チョコレートと明治の「たけのこの里」は同じチョコレートですが、どちらを選ぶかは消費者次第。1本何十万円もするワインとスーパーで1本300円で売られているワインも、ワインというカテゴリーは一緒ですが、どちらを買うかは消費者の選択に任されています。1本5千円レンコンも、こうした『消費者の選択に任せる』という路線の延長線上にあります」

伝統の創造による「ブランド化」

 もう一つのポイントは「伝統の創造」だ。

 実は野口氏は、レンコン農家であると同時に、博士号を持つ民俗学者でもある。

 民俗学でいう「伝統の創造」は、「伝統」とは常に作り替えられていくものであり、決して固定したものとして存在しているわけではない、という考え方だ。だったら、メディアや社会に操作されるのではなく、「伝統」を農業者が自分で創り、それを社会に受け入れさせればよい。そう考えた野口氏は、大正11年生まれの自分の祖父が「オラが生まれるめぇから親父がレンコン作ってたんだ」と語っていたことに注目し、「大正15年創業」という「伝統」を創出。そこを基盤にブランド化を図っていく。

「エルメスのバーキンというバッグは平気で300万円とかしますが、元を正せばただの牛やワニの皮でしょう。それが300万円で売れるのは、そこに『ブランド』があるからです。人は使用価値でのみモノの価値を決めているわけではない。そのモノの持つ『記号』からモノの価値を測っているのです。レンコンのような農産物だって、同じ事ができるはず。実際、加賀野菜、九条ねぎ、魚沼コシヒカリなどのように、ブランド化に成功している農産物もあるわけです」

「伝統の創造」によって「ブランド」を身にまとった5千円レンコンは、「マーケットインよりプロダクトアウト」「消費者ニーズより生産者の事情を優先」「既存の認証には頼らない」といった、農業の常識の「逆張り戦略」を徹底しているが、これは「1本5千円のレンコンの価値を持続的に高める」という戦略の中では、合理的な施策なのだ。

「大正15年創業という伝統」を出発点に、「伝統の価値を訴え、ブランド化する」→「ブランドの裏付けとなる商品力を高める」→「規模の拡大を追わず、希少性を維持する」→「消費者が欲しいと思う状態をキープする」→「価値が認知される」→「高い値段でも買ってくれる」→「さらにブランド価値が高まる」(以下、繰り返し)というストーリーは、民俗学の考え方をベースに野口氏が悪戦苦闘して練り上げた。

「これは、私の友人でもある経営学者の三宅秀道さんの著書『新しい市場のつくりかた』の中の言葉なのですが、大事なのは、『社会に需要が潜在している商品をつくろうというのではなく、新企画商品を受容する社会そのものもセットで形づくる』ということです。単に「商品が売れたら満足」ということではなく、『農家が心を込めて大切に育てた作物を、本当に大切に扱ってもらえるような社会』をこそ作るべき、と私は考えています。それが、農家の息子に産まれた自分に負わされた責任でもある、と」

 野口農園の所在する茨城県は、各種のブランドランキングでは「最低」の常連である。その「ブランド力最低の地」から生まれたブランド農産品の成功には、今後の日本農業に対する多くの示唆が含まれている。

デイリー新潮編集部

2019年4月23日 掲載