出口治明さんと小林せかいさんが考える「強いチーム」とは?(写真提供:祥伝社)

東京・神田神保町にあるカウンター12席の小さなお店、「未来食堂」が話題だ。1度来店した人なら誰でも50分のお手伝いで1食無料になるシステム「まかない」をはじめ、メニューは日替わり1種のみ、着席3秒で食事ができる、決算や事業書を公開するなどのユニークで合理的な仕組みで飲食業に新風を吹き込んでいる。

仕組みが面白いだけでなく、ランチ時には約60人のお客が訪れ、ひと月の売上高が110万円を超えることもある繁盛店でもある。

店主の小林せかいさんは、元エンジニアという異色の経歴の持ち主。日本IBM、クックパッドに勤めたのち、1年4カ月の修業期間を経て、2015年に「未来食堂」を開業した。その活動は「食堂の枠を超えた食堂」と共感を呼び、新しいことを始めたい人がお手伝いに訪れる。

その数、年間500人。このような不特定多数の人たちと、どのように「強いチーム」をつくっているのか? 未来食堂の取り組みを題材に、これからの組織論・リーダー論について、立命館アジア太平洋大学学長の出口治明さんと語り合った。

「出戻り社員」を歓迎する理由

出口治明(以下、出口):アメリカの社会学者、ロバート・D・パットナムは、『われらの子ども 米国における機会格差の拡大』という著書の中で、“ゆるいつながり”が人生を豊かにすると言っています。例えば、弁護士の知り合いがいたら、ちょっと困ったことがあったときに聞くことができるし、お医者さんの知り合いがいたら病気になったときに聞くことができますよね。

富裕層の人たちはそうした“ゆるいつながり”を、いろいろな分野のいろいろな人たちと持つことができるというわけです。

僕はパットナムの本を読んで、なるほどと思いましたが、せかいさんの新しい著書『誰でもすぐに戦力になれる未来食堂で働きませんか ゆるいつながりで最強のチームをつくる』を読んで、“ゆるいつながり”にはもう1つの意味があることに気づかされました。

自分とまったく接点のなかった人であっても、さらに言えば特別な知識や技術を持っていない普通の人であっても、ゆるいつながりを持つことによって、助け合い、一緒に何かを作り、1人を乗り越えていくことができる。これがもう1つの「ゆるいつながり」ですね。

小林せかい(以下、せかい):ありがとうございます。出口さんも、以前、ライフネット生命で働いていた方が別の会社に行って、別の会社でいろいろ経験を積んだ後、またライフネット生命に戻ってくるというのもオッケーだとおっしゃっていました。それもまたゆるいつながりですよね。

出口:日本の古い体質の会社では、出ていくのは裏切り者みたいに思うんですよ。そんな人を再雇用するなんてありえへんと、要するに見せしめにするんですよね。

出ていくほうは、青い鳥を探して出ていくわけです。でも、青い鳥なんていなかったということがわかって、帰ってくる。そうしたら、きっとものすごく働きますよね。合理的に考えたら、出ていくときは頑張ってこいと、いつでも帰ってきていいよと、気持ちよく送り出すほうが絶対いいんです。

帰ってこなくても別にいいし、出ていく人というのは仲間に対して申し訳ないなと思っているんだから、そこで頑張っておいでよといったら、出ていく人は自然とその会社のファンになる。そして、そのファンが帰って来れば強力な戦力になる。 

せかい:はい。今までは、ずっと同じ会社で、ずっと同じ人と働くことが普通でした。でも、これからは「ゆるいつながり」で、そのつど、そのつどでチームをつくっていくことが、求められていますね。

出口:せかいさんは、見ず知らずの人、何が得意か不得意かわからない人と毎日一緒に働き、未来食堂を運営しているわけですが、そもそもなぜ特定の誰かではなく、誰とでもやっていこうと思ったんですか?

せかい:私はもともと会社員でしたので、未来食堂を開店するため、いろいろな飲食店で修業をしたのですが、思い返せば本当に“使えない人間”でした。

初日に電気コードを包丁で切ってしまったり、とあるレストランではようやく厨房に立てたと思ったのもつかの間、手際の悪さにレジ打ちに戻されたり。でもどうしても「未来食堂」を開店したい、という思いで修業を続けました。

そのときの体験から、誰であっても、スキルがないことを理由にチャレンジの機会を奪いたくないと思い、誰でも参加できる「50分働くと一食無料」という仕組みを作りました。これが、誰でも参加できる「まかない」というシステムです。

必要なのは、タスク整理ではなく仕組みづくり

出口:不特定多数の「まかない」さんと一緒に、いろいろなお客さんが次々にやってくる食堂を運営するというのは、非常にハードルが高い仕事ですよね。でも、未来食堂は実験的な食堂にとどまらず、繁盛店としてしっかり利益も生み出しています。

「まかない」さんが全員優秀だったら楽ですけれど、優秀な人はそうそういるわけではないですよね。ところが、せかいさんは「どんな人でも参加できすぐに戦力になれる」仕組みを作った。そこが面白いですよね。要するに、パズルをはめればいいわけですから。

せかい:この話になると、よく「やるべきタスクが整理されているから、誰でも戦力になれるんですよね」と勘違いされるのですが、タスクが整理されているから、誰でも戦力になれるわけではないんです。

もちろん、未来食堂でのタスクは整理されてはいますが、いちばん大切なのは、全体の中で個々人がどうあるべきかをデザインすること、つまり組織づくり。ここがしっかり機能しないと、ただ人が集まるだけでは、最強のチームにはなりません。

誰かとやっていくには、作業の切り分けが必要になるのですが、意識してふるまわないと、ただ人が集まっているだけの弱いチームになってしまいます。

出口:せかいさんは、人と仲良くする必要はない、ときには距離をとることが大事だとか、人は仕組みで気持ちよくなるとか、言い切っていますよね。

せかい:“誰とでも一緒に働く”というと、笑顔でニコニコ働けばいい、みたいな精神論的なことで終わらせてしまうことが多いのですが、理念には何の意味もないですから。わかりやすい仕組みや使いやすい仕組みをどれだけ作れるかが、勝負を決めるのだと思います。そこを本ではしっかり書きたかった。読者の方に好かれるために“いいこと”だけを書くようなことをしていないので、最初はどこまで書いていいのか、悩んだんです。

出口:書いていいと思います。ここまではっきり書かないと、わからない人が日本には多いように思います。よく、社員の意識を変えて無駄な会議をなくしましょうと、訓示を垂れるような管理者がいますが、そのような管理者は即刻クビにすべきですね。管理者の仕事は、意識を変えることではない。仕組みをつくって意識が変わらざるをえないようにする、それがマネジメントなんですから。

できない1%の人を見捨てない仕組みを作る

出口:仕組みについて、もう少しお聞かせください。

せかい:赤と緑のピーマンの見分けがつかないという「まかない」さんがいらしたんです。あるお皿は赤ピーマンだけだったり、こちらのお皿は緑ばかりだったりと偏りがあったのですが、じつは色盲のため、色の違いがわからずアトランダムに盛り付けていたためだったのですね。そこで、どちらのピーマンも均等に盛り付けられるように、赤いピーマンと緑のピーマンを別々の容器に分けて入れる、という仕組みを作りました。

おかげで、誰もが盛り付けしやすくなりました。誰であれ、そもそも見分ける必要がない作業にできれば、ずっと楽に仕事ができるようになります。

“できない人”だけでなく“できる人”も、できるとはいえ無意識のうちに、作業をこなすには何らかのコストを負担しているのですが、できることを当たり前にしてしまうと、そのことに私たちは気づかない。“できない人”が、その見えないコストに気づかせてくれたのです。

出口:単なる経験に終わらせず、そのときの気づきをベースにして仕組みづくりに落とし込んだところがすごい。不得意なことがある人や能力が高くない人をも生かすという仕組みをつくることは、ビジネスで大いに役に立つと思います。

せかい:99%の人ができていれば、できない1%の人をできるように矯正したくなります。でも、それではできない人を切り捨てることになってしまう。「できないから来ちゃダメ」というのは本当にナンセンス。

できない1%の人を切り捨てるのではなく、どうやったら参加できるだろうかと考え、考えた結果を仕組みとしてつくり出すことが大切だと思います。

つぶれたモチベーションは元に戻らない

出口:「モチベーションを上げる」ではなく「モチベーションをつぶさないことが大事」という点も、同感ですね。

だいたい人間は、大したモチベーションなんて持っていないと思ったほうがいいんですよ。それぞれにみんなモチベーションは持っているけれど、それほど高いものではないので、誰かから「あかん」とか「違う」とか言われたとたんに、たやすく消えてしまうんです。

だから、人を育てようと思ったら、どんな人であっても絶対につぶしてはいけないんです。組織でダメなのは、一度つぶしてから鍛え直そうとかいう発想。鍛え直すどころか、壊れたものは元には戻らないんですよ。

せかい:繊細なものを壊してしまうたとえとして、私は“アリと巨人”という言い方をしています。アリはメンバー、巨人はリーダーです。巨人は足元のアリをつぶしていることに気づかない。ワンマンな方は、場をあっという間に壊してしまいます。

出口:パワハラとはそういうものですね。人の気持ちは有限なものです。人の気持ちと同様、善意も、意欲も、能力も、体力も、時間も、すべて有限。人生は有限の中でのゲームですから。いちばんまずいのは、無限大の考え方。頑張ればなんとかなるとかいうのは、根本から間違っています。

せかい:はい。「頑張ろう」という精神論は、もろいですから。

出口:例えば、自分自身を成長させるために「週に1つはチャレンジを設定してみる」と決められているそうですが、せかいさんをはじめ、いい仕事ができる人というのは、自分で仕組みがつくれるんですよね。

僕は、ある人から、「会社の同僚と飲みに行くのは楽しいけれど、違う人と行くのは嫌なのですが、どうしたらいいいでしょう」という相談を受けたことがあったんですね。そこで「今日から、机の上に1カ月に1回見知らぬ人と飲みに行く、と書いておいたら」とアドバイスしたことがあります。そうしたら年間12人の友達ができると。

せかいさんは週に1つだけれど、月に1つでもいいんです。こうした仕組みを上手に作り、自己暗示にかかってその仕組みどおりに動く人が、いい仕事ができるんだと思います。

出口:「一人」を超えていく方法、つまり人をどのように巻き込んでいくかについてお聞かせください。

せかい:未来食堂のように、誰でもすぐにゆるいつながりによって、「一人」を超えていく方法には、2通りあります。自分の元にメンバーを集め「縦の関係」を作るのか、すでにある「横の関係」から力を借りるのか。

リーダーシップには縦だけでなく横の関係もある

出口:リーダーシップというと、リーダーとフォロワーという「縦の関係」だけのように思われがちですが、いろいろなリーダーシップの形がある。フラットな「横の関係」において協力してもらうにも、リーダーシップって必要になりますからね。縦横のリーダーシップがすべて書かれていますと、この本のことをまとめていいですか。


せかい:人を巻き込むためには、その人の欲やアイデンティティーを見る必要があります。

出口:なるほど、先ほどもちょっと述べましたが、せかいさんは、「人と仲良くする必要はない」とか「ときには距離をとることが大事だ」とか「人は仕組みで気持ちよくなる」と言い切っていて、人間に対する甘い幻想がどこにもない。リアルに人間を洞察したうえで、腹落ちするまで考え抜いて、自分の考えを組み立てているから説得力があるんですよね。

先程も申し上げたように、マネジメントとは仕組みを作り、仕掛けをつくって、人の意識が変わらざるをえないようにすることです。そのためには欲とか自尊心とか、快楽とか、人間の本質に正面から向き合わないといけない。

そういう意味で、せかいさんの本は、とくにビジネスパーソンに読んでほしい。あるいは人事担当の人とか、人事部長とか。そして根拠なき精神論を深く反省して欲しいです(笑)。