1/162016年の大統領選が終わり、ニューヨークに住む写真家ブライアン・ローズは、アトランティックシティへの巡礼の旅を心に決めた。そこは、ドナルド・トランプが巨大なカジノ帝国を築いた場所だ。 2/16ニュージャージー州の海辺にあるアトランティックシティ に、トランプは1980年代前半からカジノ・リゾートをいくつもオープンした。これらのカジノは最盛期に8000人を超える従業員を雇用し、その売上はこの街におけるギャンブル事業収入の約3分の1を占めていた。 3/16「私の住む場所からほんの2時間ほどクルマを走らせれば、アトランティックシティがあります。そこには、トランプが手がけたビジネスの失敗例があると、瞬間的にひらめいたのです」と写真家のローズは語る。 4/16ローズ自身も84年に開かれた見本市でポスターを販売する友人を手伝うため、「トランプ・プラザ」に宿泊したことがあった。「トランプは目新しかったし、そこはきらびやかなホテルでした」とローズは振り返る。 5/16アトランティックシティをローズが16年11月に訪ねたとき、80年代の記憶に刻まれた街の華やかさはほとんど跡形もなく色あせていた。 6/16「暖かい日でしたが、あまり人はいませんでした」と彼は振り返る。「ゴースト・タウンと言っても差し支えないでしょう」 7/16トランプのカジノ帝国の崩壊は、興隆と同じくらい急速に起こった出来事だったとは言わないが、それに劣らず劇的だった。90年代前半には事業の過度な拡大、高金利の負債、期待に反した収益によって、カジノは次々に破産していった。 8/16アトランティックシティには「トランプ・プラザ」、「トランプ・キャッスル」、「トランプ・タージマハル」が次々にオープンした。いまではトランプ・タージマハルが(新しいオーナーの物になっているが)大統領の名前を冠した最後の資産だ。 9/16デトロイトと同じように、アトランティックシティでは数十年にわたって人口減少が続いてきた。 10/1666,000人いた1930年代のピーク時を境に、現在では昼夜とも住んでいる人は4万人を切った。またトランプ・プラザをはじめ、荒廃したカジノ数軒を含む廃墟ビルや空き地が街の景観を損ねている。 11/16アトランティックシティは、勝者がすべてを奪い取るというトランプ流のゼロサム・ゲーム哲学に基づくあまりに完ぺきなメタファーだと、ローズは考えている。 12/16「アトランティックシティを失業率が高く、空き家の多い荒れ果てた街にして、ドナルド・トランプは立ち去りました。ここを見れば、トランプのビジネス・モデルや彼のやり方がどんな結果をもたらすのかが、生々しいまでに伝わるはずです」と、ローズは主張する。 13/16ローズは、この街を米国全体の象徴として捉えている。「米国には一生懸命働けば出世できるという神話がありますが、いまとなってはその神話に幻滅している人が多いでしょう。一方で、アトランティックシティは、ギャンブルで金持ちになれるかどうかを賭けることができる場所です」 14/16大統領選における予想だにしなかったトランプの勝利は、アメリカン・ドリームに対する人々の幻滅がもたらしたと考える評論家も多い。選挙戦というゲームがいんちきなものだとすれば、トランプに投票した人たちはこう考えたのではないだろうか。一か八か、テレビのリアリティ番組におけるスターを大統領にしてみたっていいじゃないか──。 15/16ローズの写真は、奇抜な組み合わせで構成される。ガラスがきらめくカジノを前に広がる雑草のうっそうと生い茂った墓地、ストリップ・クラブを背にした砂の丘で積み重なるゴミ、威厳に満ちた古い教会の通りを挟んで向かいに立つ怪しげなモーテル──。いまとなっては、これらがアトランティックシティの街並みをつくり出している。 16/16「ギャンブルは負ける、あるいはゲームはいかさまだとわかっていても、そこには常に勝つ可能性があります」とローズは話す。

2016年の大統領選挙でドナルド・トランプが勝利し、大半の人はあっけにとられた。ニューヨークに住む写真家のブライアン・ローズも同様である。

「トランプ帝国が残した傷痕:その街は巨大カジノで「グレート」にはなれなかった」の写真・リンク付きの記事はこちら

「本当に気が変になりそうでした。オバマ大統領の下で多くの進歩をなし遂げたと思っていたのに、こんなことになるなんて。どうしたらいいのか、わかりませんでした」と、ローズは言う。

しかし、彼はソーシャルメディアで不平不満をわめき散らすような真似はしなかった。新しい写真プロジェクトに自らの主張を委ねることにしたのだ。

「瞬間的にひらめいたのです。わたしの住む場所からほんの2時間ほどクルマを走らせれば、アトランティックシティがあります。そこには、トランプが手がけたビジネスの失敗例があると言えるでしょう」

カジノ帝国の栄華と落日

ニュージャージー州の海辺にたたずむこの街に、トランプは1980年代前半からカジノリゾートをいくつもオープンした。これらのカジノは最盛期に8,000人を超える従業員を雇用し、その売上はアトランティックシティにおけるギャンブル事業収入の約3分の1を占めていた。ローズ自身も84年に開かれた見本市でポスターを販売する友人を手伝うため、「トランプ・プラザ」に宿泊したことがあった。

「トランプの存在は目新しかったし、そこはきらびやかなホテルでした」とローズは振り返る。「当時のアトランティックシティは、カジノリゾートが街をきっと活性化させてくれるという希望に溢れていました。何年もの間、カジノリゾートは華やかで魅力ある場所だと思われていたのです。しかしそのころでさえも、遊歩道から数ブロックも歩けば、町はひどい状態でした」

トランプのカジノ帝国の崩壊は、興隆と同じくらい急速に起こった出来事だったとは言わないが、それに劣らず劇的だった。

アトランティックシティではトランプ・プラザのほか、「トランプ・キャッスル」「トランプ・タージマハル」が90年代前半までにオープンした。しかし、事業の過度な拡大、高金利の負債、期待に反した収益によって、カジノは次々に破産していった。

トランプは、カジノから利益を最後まで搾り取ったと豪語している。しかし実際には、数千人の人々が職を失い、多くの下請け企業が売掛金の一部しか受け取れないはめに陥った。そして現在ではトランプ・プラザは閉鎖され、「トランプ・マリーナ」は「ゴールデン・ナゲット」に変わり、トランプ・タージマハルは新しいオーナーの手に渡っている。

まるでゴーストタウン

アトランティックシティをローズが16年11月に訪ねたとき、80年代の記憶に刻まれた街の華やかさはほとんど跡形もなく色あせていた。「暖かい日でしたが、あまり人はいませんでした」と彼は振り返る。「ゴーストタウンと言っても差し支えないでしょう。夏になればビーチを訪れる人たちでもっとにぎわうかもしれませんが、1年の大半はとても寂れた場所になっています」

デトロイトと同じように、アトランティックシティでは数十年にわたって人口減少が続いている。66,000人いた1930年代のピーク時を境に、現在では昼夜とも住んでいる人は4万人を切った。またトランプ・プラザをはじめ、荒廃したカジノ数軒を含む廃墟ビルや空き地が街の景観を損ねている。

ローズの写真は、奇抜な被写体の組み合わせで構成されていた。ガラスがきらめくカジノを前に広がる雑草のうっそうと生い茂った墓地、ストリップ・クラブを背にした砂の丘に積み重なったゴミの山、威厳に満ちた古い教会の通りを挟んで向かいに立つ怪しげなモーテル──。いまとなっては、これらがアトランティックシティの街並みをつくり出している。

これらの写真をまとめた1冊の本が、出版社のCirca Pressから新たに刊行され、ピューリッツァー賞を受賞した建築評論家のポール・ゴールドバーガーが序文を寄せた。写真の1枚1枚に的を射た内容のテキストが添えられており、そのうち16枚にトランプのツイートが引用されている。

アメリカン・ドリームに対する幻滅

アトランティックシティは、勝者がすべてを奪い取るというトランプ流のゼロサム・ゲーム哲学に基づくあまりに完ぺきなメタファーである──。これがローズの考えだ。

「アトランティックシティを失業率が高く、空き家の多い荒れ果てた街にして、ドナルド・トランプは立ち去りました。ここを見れば、トランプのビジネスモデルや彼のやり方がどんな結果をもたらすのか、生々しいまでに伝わるはずです」。彼は、この街を米国全体の象徴として捉えている。

「米国には懸命に働けば出世できるという神話がありますが、いまとなってはその神話に幻滅している人が多いでしょう。一方で、アトランティックシティは、ギャンブルで金持ちになれるかどうかを賭けることができる場所です。負ける、あるいはゲームはいかさまだとわかっていても、そこには常に勝つ可能性があります」

大統領選における予想だにしなかったトランプの勝利は、こうしたアメリカン・ドリームに対する人々の幻滅がもたらしたと考える評論家も多い。選挙戦というゲームがいんちきなものだとすれば、トランプに投票した人たちはこう考えたのではないだろうか。一か八か、テレビのリアリティ番組におけるスターを大統領にしてみたっていいじゃないか──。

トランプからのささやかな“勝利”

その賭けがいい目に出たか、裏目に出たかを巡っては、当然意見が分かれるだろう。それに、ギャンブルではカジノ側がいつも勝つとは限らない。

ローズはトランプ・プラザに80年代に滞在したとき、スロットマシーンをやってみることにした。このとき彼は人生で一度だけ、ギャンブルを体験したのだ。

驚いたことに、大当たりだった。「みんなにいつも話しているんですよ。ドナルド・トランプから400ドル(約44,500円)勝ち取ってやったよってね」