「世界一美しい」と言われる、板橋区大山の喫茶店「ピノキオ」のホットケーキ(撮影:今 祥雄)

ホットケーキという食べ物は、地味でありふれていて、手間暇がかかるのに値段が安い。商売として考えれば、あまり魅力的には思えないが、じつはホットケーキにはビジネスのヒントが詰まっている――。
『現場力を鍛える』『見える化』など数多くの著作があり、経営コンサルタントとして100社を超える経営に関与してきた遠藤功氏は、「一見ありふれていると思われているホットケーキだからこそ、ビジネスとして成功するチャンスがある」という。

このたび『「ホットケーキの神さまたち」に学ぶビジネスで成功する10のヒント』を上梓した遠藤氏に、いままで出会ったホットケーキの繁盛店の取り組みを参考に、ビジネスで成功するためのヒントを解説してもらう。

「おいしい」ホットケーキ探しから始まった

「ホットケーキ」と「ビジネス」。一見なんの関係もないように見えます。私も、最初はそう思っていました。


その昔、神田須田町に「万惣フルーツパーラー」というホットケーキの名店がありました。小学生のころ、そのお店で食べるホットケーキが大きな楽しみのひとつでしたが、2012年に閉店してしまいました。昭和の偉大な食べ物が「絶滅危惧種」であることに気がついた私は、それ以来、おいしいホットケーキを探し求め、食べ歩くようになりました。

ホットケーキのおいしいお店を訪ね歩くうちに、経営コンサルタントという私の職業病が徐々に頭をもたげてきました。おいしいホットケーキを食べに行きながらも、ビジネスとしての疑問が湧いてきたのです。

「なぜ、面倒くさくて値段も安いホットケーキを提供しているんだろう?」

「なぜ、家庭でも作れるホットケーキを並んででも食べに来るんだろう?」

「なぜ、外国人たちはこぞってホットケーキのお店に押しかけるんだろう?」

なかでも、私たちが知らない間に、「日本のホットケーキ」が世界を魅了していることに驚きました。私たちが気づいていない、意識していない「価値」を、日本人だけでなく外国人も高く評価しているのです。

実際、ホットケーキの繁盛店には世界中からお客さまが来店します。その国籍は、アメリカ、中国といったメジャーな国だけでなく、エストニア、北アイルランド、ポルトガル、タヒチと、じつにさまざま。ホットケーキだけで年間5万食も出るすごいお店もあります。

私は、それぞれのお店がさまざまな工夫を凝らしている様子を知るにつれ、「ホットケーキという食べ物にはビジネスで成功するためのとても大切なヒントが隠されている」ような気がしてきたのです。ともすると大企業が忘れてしまいがちな「ビジネスの本質」を突くようなとても大事な考え方や取り組みが、そこにはありました。

では、外国人がこぞって「日本のホットケーキ」を求める理由はいったい何なのでしょうか。ここでは代表的な5つの理由を紹介しましょう。

まず、外国人が絶賛するのは、日本のホットケーキが繊細な「おいしさ」と「造形美」に溢れていることです。

外国人が驚く「おいしさ」と「造形美」

【1】日本ならではの繊細な「おいしさ」と「造形美」

いま日本を訪れる外国人客は年々増加し、ありがたいことに2018年は約3100万人。対前年8.7%も増えています。

これまでは、こうした外国人客の増加は、個人経営の小さなお店には無縁でした。しかし、日本を訪れるリピーターが増え、お仕着せの旅行ではなく、「日本ならではのもの」を楽しもうとする人たちが増えています。

日本ならではの繊細な「おいしさ」と、見たこともないような「造形美」を備えたホットケーキもそのひとつです。ホットケーキの繁盛店は「わざわざ食べにいきたい」と思わせるだけの「おいしい」という価値を生み出していますが、「おいしい」という価値だけで終わっていません。

「おいしい」に加えて、「美しい」という価値を加えているのです。フォルム、厚さ、焼き色など、外国人客が異口同音に「こんなホットケーキ、見たことがない!」と驚くほどです。まさに食における「造形美」が大きな魅力なのです。

【2】商品価値と経験価値が「複合化」された商品

ビジネスの世界では、「モノからコトへ」という流れが顕著になっています。商品という「モノ」の付加価値が相対的に低下する一方で、消費者は経験という「コト」に対して喜んでお金を払うようになっているのです。これを「コト消費」と呼びます。

自動車や電化製品などが以前ほどには売れなくなる一方で、旅行やレジャーの需要は確実に増えています。消費者は「経験価値」を求めているのです。

ホットケーキは「モノ」ですが、単に「おいしい」だけでは、ほかにいくらでもおいしいスイーツは存在します。

「美しい」は「商品価値」の一部であると同時に「経験価値」にもなりえます。繁盛店に海外からの顧客が押し寄せるのも、「おいしい」もさることながら、「美しい」を自ら体験し、それを友人たちに自慢することもひとつの目的なのです。

昔ながらのクラシックな店内の雰囲気を楽しんだり、便の悪いところにあるお店をわざわざ探すことを楽しんだりするのも「経験価値」です。

個人経営の小さなお店にもお客さまが押し寄せるのは、そこに「おいしくて、美しくて、楽しい」という「商品価値と経験価値が複合化されたもの」があるからにほかならないのです。

次に、外国人がホットケーキを食べにくる理由は、家では絶対に作れない「差別化」された商品であることです。

ほかでは真似できない「差別化」を目指す

【3】「めちゃめちゃおいしい」「めちゃめちゃ美しい」で差別化する

ビジネスで成長するためには、新たな事業や商品などに挑戦し戦線を拡大させる「広げる」と、無闇に間口は広げずに新たな用途開発など需要を粘り強く掘り起こしていく「深める」の2つの方向性があります。

会社の状況や競争環境などで変わるので、どちらか一方が正解というわけではありません。問題なのは「深める」可能性があるにもかかわらず、安易に「広げる」方向に向かってしまうことです。

真の差別化を実現しようとするのであれば、「深める」ことが不可欠です。もちろん、「深める」には時間も手間暇もかかります。しかし、だからこそ、ほかの会社がまねできない独自の差別化が生まれるのです。

繁盛店は、ホットケーキを「深める」努力をしています。そしてその結果、「めちゃめちゃおいしい」ホットケーキや「めちゃめちゃ美しい」ホットケーキを生み出すことに成功しています。

「ホットケーキなんて誰も外で食べない」と諦めず、「どうしたらわざわざ食べにいく価値のあるホットケーキになるのか」と、創意工夫を凝らす。目には見えない潜在需要を掘り起こし、外国人客などの新たな市場をつくっているのです。

【4】一つひとつ「心血を注いだ」丁寧な対応

ホットケーキを作る人たちは、私にビジネスで最も大事なことに気づかせてくれました。もしかしたら人が生きていくうえで最も大事なことかもしれません。それは「本気で向き合い、心血を注ぐ」ことの大切さです。

繁盛店の店主のみなさんは、ホットケーキという一見何の変哲もないありふれた食べ物に、自分の人生を賭け、毎日毎日、真正面から向き合っています。

だからこそ、何十年もの間、お客さまに支持されつづけるホットケーキを作ることができているのです。

世の中では、新しいものばかりがもてはやされる風潮が高まっています。しかし「新しいからありふれていない」「古いからありふれている」という短絡的な見方はナンセンスであり、歪んでいます。

ありふれているかどうかを決めるのは自分自身です。周りが「ありふれている」と思っていても、自分が「ありふれていない」ものにすればいいのです。

繁盛店でホットケーキを作る人たちは、「どうすればおいしいホットケーキを作れるのか」「どうすればお客さまに喜んでもらえるのか」ただそれだけをひたすら考えています。

一つひとつ「心血を注いだ」丁寧な対応をすることによって、一見ありふれたホットケーキが特別なものに変わるのです。

世界中から「日本のホットケーキ」を食べに来るようになった最後の理由が「SNSによる拡散」です。

【5】「SNS」から世界中に拡散

地元客だけで成り立っていた個人経営のお店に、日本全国、さらには海外からお客さまが押し寄せる。そうした新たな流れが生まれている背景には、間違いなく「SNS」の存在があります。

少し前までは、どんなに魅力的なものを作っていても、小さなお店が大々的に海外で宣伝するなどということは不可能でした。しかし、今ではSNSによってその波は海を超え、世界各国からお客さまが来店します。

また、SNSだけでなく、知らないうちに飛行機の機内誌や海外の雑誌で取り上げられていたりもします。

もちろん、こうした流れはいいことばかりではありません。なかには否定的なコメントが拡散されることもありえます。SNSというのは、両刃の剣にもなりえます。しかし、知ってもらう手段が飛躍的に増えたことは、小さなお店にとっては間違いなく朗報です。

「お客さま目線」を忘れない「真に差別化された本物」であれば、その情報は世界中に拡散され、必ずいい方向に広がっていくのです。

令和は「個人経営のお店」の時代

私は「令和という時代は、個人経営のお店の時代になる!」と強く感じています。平成という時代は、チェーンストアが台頭し、個人経営のお店を駆逐していった時代だったとも言えます。

チェーンストアによって、私たちは数多くの恩恵を受けてきました。必要なものがリーズナブルな値段ですぐに手に入る。チェーンストアによってもたらされた利便性の価値はとてつもなく大きなものです。

しかしその一方で、均一的、画一的、平均的なお店ばかりが増え、個性やユニークさ、遊び心は消え去ってしまいました。「機能的な豊かさ」は増したかもしれませんが、「情緒的な豊かさ」は減少する一方なのです。

SNSの進展がこの流れを大きく変えようとしているのは間違いありません。浅草のホットケーキの名店で知られる「フルーツパーラーゴトー」の後藤浩一さんはこう言います。

「商品を一つひとつ丁寧に提供すれば、お客さまが勝手に宣伝してくれる。個人経営のお店には本当にいい時代になりました」

なぜ手作りホットケーキのお店に、日本国内のみならず世界中から人が殺到するのか。そこには令和という時代を読み解くひとつのヒントがあるのかもしれません。