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「残さず食べよ」と学校給食で教えられたことが、今、子供たちを苦しめている。教師からの圧力、クラスメートからのいじめ……楽しいはずの「給食」の世界が地獄に変わる瞬間とは?

◆脈々と続く“昭和の美徳”は過去の遺物に

 一昨年9月、岐阜市内の小学校教諭が担任するクラスで給食を残さず食べるよう指導し、児童5人が嘔吐していた問題が起きた。また、ツイッター上には「#給食」と並んで「#完食指導」という言葉も躍り、教師の行きすぎた指導が各地で後を絶たない。昭和にあった「残さずきれいに食べましょう」の美徳文化が時代を超え、陰湿さを増して今なお残っている。子供たちが楽しく給食を食べられる空間は、大きく歪められようとしている。

 この春から都内で新3年生になったAくん(8歳)は、元来、明るく闊達な子だった。幼稚園から1年生にかけてこれといった問題はなく、毎日の学校生活を楽しんでいた。Aくんに異変が起きたのは昨年の春だ。

「2年生に進級してすぐ、『担任の先生が給食を残さず食べた子の名前を言って褒めてた。残した子の名前も言われた』とクラスの様子を話してくれたのが始まりでした」とAくんの母親は振り返る。

 新しい担任教諭は、給食を残さず食べる指導に強いこだわりがあった。保護者面談のときに理由を尋ねたが、明確な回答は得られなかった。

 早生まれで小柄なAくんは、食べる量が多くない。個人差を無視し画一的に完食を推奨する給食の時間は、Aくんから次第に笑顔を奪っていく。

 給食の時間を極度に嫌がるようになったAくんは、5月になると登校を渋るようになった。「イヤだ、学校に行きたくない」と泣き叫ぶAくんを父親が肩に担いで登校班の集合場所まで連れていったこともあった。

 Aくんの父親は「給食の時間が苦しかったなんて、自分の経験からは想像できなかった。何が嫌なのかを聞いてあげればよかった」と後悔の念を滲ませた。小学校低学年の語彙力では「給食を食べられない」という生理的なニュアンスは「好き」「きらい」「イヤだ」など、大きな言葉に括られて埋もれてしまう。親であっても心の機微を把握するのは難しく、子供にとっても言語化するのは簡単ではない問題だ。

 Aくんは毎日泣きながら「給食完食主義」と闘っていたのだ。

◆“担任王国”の権力者による人権侵害

 小学校で23年の教員キャリアを持つ教育評論家の親野智可等(おやのちから)氏は「Aくんのケースこそ閉ざされた密室で行われた“担任王国の権力者”による人権侵害、これは暴力です」と指摘する。

 Aくんの母親は連絡ノートを使って、我が子の苦しみを担任に訴えた。「給食を残した子の名前を呼ばれるのが嫌だと言っています」と伝えたとき、驚いたことに担任の教諭は「残した子の名前は言っていません」と抗弁したという。

 教員としての評価が欲しかったのだろうか、近所に住むクラスメートのBさんも「給食の時間内に食べないと、居残りになるから怖かった」と怯えながら給食の時間を過ごしていたことを教えてくれた。

「食べる食べないは本人の意思。楽しくおいしくが優先されない給食の時間は悲しい。残すのは絶対不可。こんなことが数十年来続いているんです」と親野氏は嘆く。

「食べ終わるまで席を立たせない」という指導は昭和の時代そのもので、食が細い児童は給食の時間が終わった昼休みの時間まで残されたこともあるというから驚きだ。

 ここには学校教育の問題点が見え隠れする。教員の多くは「自分自身が家庭で受けた食事教育」「自分が小学生のときに受けた給食指導」を自身の指導に反映しがちだという専門家の調査研究論文が出ている。しかしながら、教員を志す大学生に「食育の授業」を施している大学は全国で4分の1程度。その矛盾が大きなひずみを生み出しているという。