ホームに停車中の西鉄の観光列車「ザ レールキッチン チクゴ」。一見すると列車とは思えない雰囲気だ(記者撮影)

今や全国の鉄道で見られるようになった観光列車。中でも豪華クルーズトレイン「ななつ星 in 九州」をはじめ、数多くの趣向を凝らした列車が走るのが九州だ。その「激戦区」に、3月23日から新たな観光列車が走り始めた。福岡県の大手私鉄、西日本鉄道(西鉄)の「THE RAIL KITCHEN CHIKUGO(ザ レールキッチン チクゴ)」だ。

列車はその名のとおり、車内にキッチンを備えた「走るレストラン」。地域の食材を生かした料理を味わいながら、特急で約1時間の西鉄福岡(天神)―大牟田間74.8kmを約2時間半かけてゆったり走る。

観光列車といえば、地域外から観光客を呼び込むことを狙って走らせるのが一般的だ。西鉄の拠点である福岡を訪れる観光客数は年々増え続けており、とくに近年は外国人客が大幅に増加している。だが、この列車の主なターゲットは「地元客」だ。

キッチンには「ピザ窯」が

「ザ レールキッチン チクゴ」は、キッチンクロスをイメージしたという赤いチェック柄の3両編成で、客席数は52席。約5億円を投じて既存の通勤車両6050形を大改造し、中間車両は車内の大半をカウンターのあるオープンキッチンにした。


中間車両のキッチンにあるピザ窯。地元産野菜を使ったピザを焼き上げて提供する(記者撮影)

車内設備の目玉は、キッチンに鎮座する「ピザ窯」だ。列車内では火を使えないため、まきやガスではなく電気窯だが、本格的なピザを焼き上げることができる。西鉄は「おそらく窯を積んだ車両は世界初ではないか」という。この窯で焼いたピザが、車内で提供する食事のメインだ。

車両デザインやサービスなど全体をプロデュースしたのは、全国で飲食店などの企画運営などを手がける「トランジットジェネラルオフィス」。同社は、東北地方を走るJR東日本のレストラン列車「東北エモーション」や、車内で現代美術を鑑賞できる「現美新幹線」といった観光列車での実績もある。

プロデュースを担当した同社の甲斐政博さんは、この列車のコンセプトについて「(西鉄からは)街に愛される観光列車にしたいということで、福岡県内に住んでいる方をターゲットとした列車をつくろうということでスタートしました。なので、ラグジュアリーといった方向ではなく、温かい家のような雰囲気の空間や料理を目指しています」と説明する。


筑後平野を走る「ザ レールキッチン チクゴ」(記者撮影)

メインディッシュをピザにしたのはその1つだ。「福岡は食材が豊かでレベルが高いので、新鮮な食材を生かして温かい料理を提供したい、そしてお子様からお年寄りまで食べやすいという点も考えました」(甲斐さん)。

ピザは、軽井沢や東京、京都でレストランを展開する「エンボカ」代表の今井正さんが監修し、地域の野菜を生かしたメニューを季節替わりで提供する。九州には店舗がないため、この列車でしか食べられない点も売りの1つだ。

店舗とは異なる列車内の窯での焼き方は「野菜の水蒸気などで条件が変わってくるので、なかなか難しい」(今井さん)といい、2年ほど前から車内と同じ窯を使って試行錯誤を繰り返してきたという。

「ホームタウン」を見直す機会に

車内のデザインは、まさに「家」の雰囲気だ。窓は洋風建築のような格子状で、郊外の駅に止まっているときの車内は、列車内というよりはこぢんまりとしたレストランの店内といった風情。天井には福岡県八女市の名産品である竹細工をあしらい、いすなどは家具生産高日本一を誇る同県大川市産の「大川家具」を使うなど、列車名である「筑後」(福岡県南部)の地域性を強く意識している。


家のような雰囲気の空間を目指したという車内(記者撮影)


インテリアは天井に八女の竹細工、いすなどは「大川家具」を使うなど地域性を意識している(記者撮影)

内装を手がけたランドスケーププロダクツの中原慎一郎さんは「ただ『家』っぽい雰囲気を出したいというだけではなくて、伝統工芸を取り入れることで自分たちの『ホームタウン』を見直すことになるといいなと考えた」と、デザインの狙いを語る。

もっとも、食事や内装に地域の産物を取り入れた観光列車は珍しくない。だが、この列車の場合、地域性をアピールする対象は地元客だ。

西鉄の観光列車プロジェクト担当、吉中美保子課長は「自分の住んでいるところのものが使われていると関心も湧くし、うれしいですよね。地域のいいものを取り入れることで(地元客に)『自分も関わっている』と感じてもらえれば」と話す。

西鉄は、沿線に「学問の神様」太宰府天満宮や、水郷として知られる柳川といった観光地を抱えてはいるものの「メインは生活路線」(吉中課長)。観光客向けの列車としては、2014年から太宰府をテーマとした「旅人(たびと)」、翌年からは柳川をイメージした「水都(すいと)」を走らせているが、これらは通勤通学客も利用する特別料金不要の一般列車としての運行だ。

その路線で本格的な観光列車を、しかも地元客を主なターゲットとして登場させた背景には、列車名である筑後、つまり福岡県南部の人口減少に対する危機感がある。

同社が「車内で料理を提供する観光列車」の導入を発表したのは2017年4月。当時の会見で、倉富純男社長はその狙いを「沿線、とくに福岡県南部の活性化」とし、「南部は人口が減ってきており、利用者数も成長はなかなか見込めない。福岡都市圏の方々に乗っていただくことで南部と沿線を知ってもらい、さらに公共交通のよさを知ってもらうことにつなげたい」と説明した。

「食事」を中心にした理由

企画が本格的にスタートしたのは2015年の夏。吉中課長は「食事をすることがマストの条件だったわけじゃないんです」という。


「ランチの旅」のメニュー。ピザをメインに、地域の野菜などを使った料理を提供する(記者撮影)

観光列車といえば「車窓」を売りにすることが多いが、西鉄には山岳区間や海沿いといった「絶景スポット」はなく、車窓に広がるのは住宅地と田園風景だ。全線が平野を走るため、全国の大手私鉄16社の中で唯一、地下線を含めてトンネルが1つもない鉄道でもある。

だが、全国各地の観光列車を調査した吉中課長が気づいたのは「食事をしているときは食べることや会話を楽しんでいるので、みんながずっと景色を見ているわけではない」ことだった。

そこで行き着いたのが、車内で食事を楽しむ列車だったという。「流れる景色は大事ですけど、必ずしも絶景じゃなくても十分楽しめる。福岡は食べ物がおいしいというイメージがありますよね。沿線には農産物もたくさんある。そうするといちばんはやっぱり食事だよね、という発想でした」と吉中課長は振り返る。

目指すのは、地元で愛される人気店のような存在だ。「まず地域で愛される存在になることで、エリア外の方にも乗ってみたいと思われる列車にしたい。観光客の方も『地元で人気のお店です』と言われると行ってみたくなるじゃないですか」。季節ごとのメニューなどでリピーターを生み、沿線から評判が波及する形で地域外や外国人観光客からも人気が高まることを期待する。

九州といえば、JR九州が「D&S(デザイン&ストーリー)列車」と銘打って各地で運行する観光列車が人気だ。この3月には、福岡県北部を走る第三セクター鉄道の平成筑豊鉄道にもレストラン列車「ことこと列車」がデビューした。全国的に見ても観光列車の運行が盛んな地域であることは間違いない。


「ザ レールキッチン チクゴ」の乗務員。車内で沿線の案内などもする(記者撮影)

だが、西鉄に「競合」という意識はとくにない。吉中課長は「ここで『負けない』とかいったほうが面白いかもしれないですけど」と笑って前置きしつつ「地域のものを取り入れた列車であれば、走る場所が違えばおのずと性格が変わってくるはず。うちの列車も含めていろいろな列車が走ることで、九州が『観光列車の宝庫』になるといいなと思う」と話す。

観光列車の先駆者であるJR九州も考え方は同様だ。同社の青柳俊彦社長は「観光列車がたくさん出るのは大いに結構なこと。ライバルというより仲間が増えたと思っている。そういう(観光列車に乗る旅という)楽しみ方が一般的になれば、われわれのD&S列車にもさらに多くの方が来てくれると期待している」との考えを示す。

「いいレストラン」になれるか

ただ、すでに数多くの観光列車が走る九州で、西鉄が「新参」なのは事実。今のところ予約は順調だが、人気の継続には何よりも地元客の評価を得られるかが重要となる。

利用シーンとして想定しているのは「日常の中の少し特別な日や、福岡を離れた方が帰ってきたときなど」。ちょっといいレストランに行くようなイメージだ。

料金は、西鉄福岡(天神)から大牟田への「ランチの旅」と、逆方向の「ディナーの旅」が8000円。6月からは、西鉄福岡(天神)から太宰府まで約40分の「ブランチの旅」もスタートし、こちらは3000円だ。食事を提供する観光列車としてはそれほど高くない料金設定だが、列車の狙いからいえば「ちょっといいレストラン」のような存在として金額に見合う満足度を感じさせられるかどうかがポイントとなるだろう。

到着後の観光も課題といえる。予約用webサイトでは「旅のプラン」として乗客専用の大牟田観光タクシーツアーを案内しているが、ほかは沿線観光地案内サイトの紹介のみだ。「パッケージツアーのような形ではなく、沿線情報を発信して自由に遊んでいただく形にしたい」(吉中課長)という狙いだが、各コースとも片道の運行だけに、降りた後の楽しみ方の提案を充実させることも重要だ。

いわゆる観光路線ではない西鉄が乗り出した地元志向の観光列車。駅ホームで列車を見た沿線利用者からは「1回くらいは乗ってみたい」との声が聞かれた。「地元で人気の店」のような存在として、その評判が沿線外からの観光客を呼ぶまでに発展するためには、その1回をリピートに結び付けるための工夫を続けることが不可欠だ。