イオングループに身売りの「つぼ八」(C)日刊ゲンダイ

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【平成居酒屋30年戦争】(1)

堺正章の焼肉店も…撤退相次ぐ芸能人経営店の“栄枯盛衰”

 時代は、平成から令和へ。この30年間、居酒屋チェーンの勢力図も大きく変わった。

 栄枯盛衰。いかに生き残りが厳しいかを象徴するのが、居酒屋チェーンを代表する老舗「つぼ八」が、平成30(2018)年11月、イオングループの酒類販売大手「やまや」とその子会社の居酒屋チェーン「チムニー」に買収されたことだろう。

 つぼ八は“居酒屋の神様”こと石井誠二が1973年、札幌市琴似のパチンコ屋の雑居ビル2階で創業した。炉端焼き業態、全品150円均一、ブロイラーの焼き鳥や「ザンギ」(唐揚げ)、「新子焼き」(骨付き半身の素焼き)などが大人気となり大繁盛した。北海道一の居酒屋チェーンを目指したつぼ八が全国的に知られたのは、79年にすすきののキャバレー跡地に300坪500席という、当時国内最大の「つぼ八松岡ビル店」を開業したことだ。

 これを機に、石井は82年、伊藤萬(イトマンを経て現・日鉄住金物産)との合弁で「つぼ八東京本社」を設立、全国展開と株式上場を目指した。石井はたった5年間でFC加盟店を400店舗まで増やしたが、伊藤萬に経営権を奪われ、87年に解任された。

 この頃が、つぼ八の絶頂期だったかも知れない。石井の最大の功績は居酒屋チェーンの成功モデルをつくり、人を育てたことだ。「ワタミ」の創業者である渡辺美樹も、「モンテローザ」の創業者である大神輝博も、つぼ八のFCに加盟してノウハウを学んだ後、独立した。

 つぼ八を追われた石井は、89年にホームバー居酒屋「八百八町」を開業し成功させたが、この八百八町も13年に飲食ベンチャー企業の「subLime」に売却し、引退生活に入った。

 一方、創業者がいなくなったつぼ八は、2000年には全国に550店舗を展開したが、飲酒運転の罰則強化や、若者のアルコール離れなどで苦戦を余儀なくされた。加えて08年のリーマン・ショック後の激安均一価格戦争と、3・11以降、市場環境が激変した。つぼ八から独立したワタミの「和民」や、モンテローザの「白木屋」「魚民」「笑笑」などが次々にオープンしたうえ、「全品280円均一」(当時)の「鳥貴族」などの台頭がつぼ八を追い詰めた。

 その結果、つぼ八はやまや・チムニー連合に買収され、再出発を図ることになった。買収された時、つぼ八は直営・FCで241店舗(直営52・FC国内175、海外14)まで縮小していた。

 ドル箱としてつぼ八を支えてきたのは、北海道で展開する97店舗(うち札幌33)であった。

 つぼ八を買収後、チムニー社長の和泉学はつぼ八創業者の石井を訪ね、「つぼ八の再建に協力して欲しい」と申し入れた。石井は「北海道のFCオーナーたちへの講演は引き受けた」という。ところが石井氏はインフルエンザをこじらせて都内の病院に入院。今年3月20日午前9時25分、肺炎で死去した。享年76だった。=つづく

(中村芳平/外食ジャーナリスト)