新卒で夢叶わず、派遣社員となった高学歴女子。彼女が目の当たりにした“東京の格差”とは
女の人生、その勝敗はいつ決まるのかー?
それは就職・結婚・出産など、20代で下した決断に大きく左右される。
ある分岐点では「負け」と見なされた者が、別の分岐点では幸せを勝ち取っていることなんてザラにあるのだ。
昔からその分岐点において、全く異なる結果になる2人がいた。その2人とは福岡出身の幼馴染、塩田ミキと佐藤菜々子。
大学受験に失敗したミキは、就職でようやく菜々子に勝ったと思っていたが、28歳をむかえた2019年、母から急に菜々子の”玉の輿婚”を知らされる。
就職に失敗した菜々子の人生はミキの知らないところでどう進んでいたのか?
―菜々子はどうしてアパレルを選んだの?
ミキの質問に「第一志望の広告業界から内定をもらえなかったから」とは答えず、なんでだろうね、とはぐらかしたのは菜々子なりのプライドだった。
しかし菜々子はミキに尋ねられてから、真面目に考え始めてしまったのだ。どうして私はアパレルの会社で現場勤務なんだろう、と。
就職後は、まだ本社で広告の仕事に携わる道もある、と前向きに考えるようにしてきた。だが周りを見渡すと、多くの社員が本社への異動を希望しているのに、先輩社員は30歳を過ぎても現場にいるー。
急に、未来が理想からどんどん離れていくように感じ始め、その3ヶ月後には退職の意を伝えていた。
会社を辞めると決めたとき、そのあと派遣社員になるつもりは全くなかった。だが菜々子が行きたいと思う会社で正社員として雇ってくれるところはなかなか見つからず、有休消化の日々はあっという間に過ぎ去っていこうとする。
菜々子は無職になるかもしれない不安に勝てず、結果として派遣社員となったのだった。
◆
派遣社員として初めての勤務先は赤坂の不動産会社だった。「赤坂」と聞き、菜々子は心がざわつくのを確かに感じとっていた。
ーわたしの行きたかった広告代理店がある場所だ……。
菜々子は傷を蒸し返されるような気持ちになりながらも、赤坂駅から5分ほどの不動産会社へ、ケガで3ヶ月間休職する正社員の穴埋めとして働きに向かった。
菜々子が垣間見た、東京の“一番上”とは?
「駅に向かう大通りを六本木方面まで歩くと、このタワーマンションが見えてくるから、迷うことはないはず。お客様より先に行って、エアコンをつけておいてね」
他のアポのため同行できないのだという営業担当に内見用の鍵を渡され、菜々子は一人で赤坂のタワーマンションの内見立会に向かう。
高揚感とともに部屋の鍵を開けた。地上33階からの赤坂、いや港区の景色は派遣社員の菜々子にとって衝撃的だった。青山霊園の緑が専用の庭のようだ。
ーここで毎朝起きる人がいるんだ……。
物件の高級感だけでなく、東京の格差社会を目の当たりにして、菜々子は息を呑む。東京がこんなにもピラミッド構造になっているなんて、学生のときは気づかなかった。
数日後、あの部屋に申込が入った。
申込書を手にすると、意識するわけでもなく、職業と年収の欄を見てしまう。「経営者」「3,000万」。そのあとで、そっと身分証のコピーを見た。
ーああ、やっぱり、あの人だ。
内見立会のあの日、エレベーターの位置が分からずあたふたする菜々子にふっと笑みを漏らしたあの男性が写っていた。
3か月後、契約期間最終日の出来事
ーわたし、なんで福岡に帰らなかったんだろう。
最終出勤日となった今日、帰り道にあのタワーマンションを遠目に見ながら、菜々子は考える。
最後だからと、お昼に配属先の社員が『赤坂 金舌』に連れて行ってくれた時、ふと地元に帰る気はないの?と聞かれ答えに窮してしまったのだった。
東京に残った理由は自分でもわからない。
赤坂駅の改札のそばで広告業界の人らしい、華やかな女性たちとすれ違う。ミキによく似ている人がいて、思わず振り返った。
ーミキはどんな生活を送っているんだろう。
「会おうよ」とLINEは何度か来ていたが、大手化粧品会社に就職したミキとは会いたい気持ちにどうしてもなれなかった。
菜々子は派遣社員となってからめったに新しい服を買わなくなり、お昼はお弁当を持参する生活を送っている。今日は久しぶりの外食だった。
ーもうミキとは話も合わなくなってるのかな……。
菜々子は改札をくぐり、松戸行きの混んだ電車に乗る。餞別にもらった花束を体に引き寄せた。
来週からは赤坂を通り過ぎて、表参道の外資系アパレル会社へ行くことになっている。派遣社員ではあるが、次は休職中の社員のつなぎではない。正社員になれるチャンスがあると聞いていた。
これを、最後の花束にできるだろうか……。ピンクのガーベラが菜々子の目には眩しすぎた。
自信を無くしつつある菜々子の前に現れるものとは?
表参道の外資系アパレル会社でリテール部門に配属となった菜々子は、1ヶ月が経っても職場の雰囲気に慣れることができずにいた。
スピード感もさることながら、女性のレベルも高く、隅々まで手の行き届いた完璧な容姿はさらに親近感を失わさせた。
菜々子はその華やかな社員たちの中でも、特に斜め前の席にいる「白石百合」から目が離せなかった。
百合は高価なものを身につけていても、全くブランドの華やかさに埋もれない。それでいて強そうな女、というわけでもなく不思議と穏やかさを兼ね備えていた。
聞くところによると、百合は広報部時代、あるプロモーションを成功させ顧客層の拡大をもたらした実績があるのだという。そのせいか社内でも一目置かれているようだった。
時おり百合に目を奪われていると、隣の女性社員に声をかけられた。
「佐藤さん、またこの表の関数が壊れてしまって。直してもらえる?」
はい、大丈夫です、と小さく応える。
正社員になれるチャンスがあると身構えるほど、逆に縮こまってしまいうまく立ち振る舞えない。
ー私、ずっと派遣のままなのかな……。
焦りは日々大きくなっていた。
◆
定時になり帰り支度を始めると、資料が会議用のテーブルに出しっぱなしになっているのが目に入った。
「あの、これ、直しましょうか」
菜々子はテーブルを使っていた社員に尋ねた。
「直すって何を?」
互いに顔を見合わせる。すると、助け舟となって入ってきたのは百合だった。
「直すって、片付けるって意味」
だよね?と菜々子に向かって優しく続ける。
「方言ですか?」
社員は百合に向かって聞いた。
「確かそう。佐藤さんって、西の人?」
「……福岡です」
百合の表情が明るくなる。
「あら、私も福岡なの。高校はどのあたり?」
答えに少し詰まる。進学校なのに派遣社員ー。落ちたなと思われる気がした。
しかし、百合の反応は意外だった。
「わあ、隣町の学校!こんなところで出会うなんてね。せっかくだから今度是非ごはんでも行きましょう」
百合からの誘いに驚きつつも精一杯笑顔で応える。
会社を出ると、母からメールが来ていたことに気づいた。派遣社員になってからメールの頻度は増え、生活を心配しているといった内容も多くなった。
ーこの会社でチャンスを掴めなかったらもう福岡に戻ろう。
菜々子は母のメールを読みながら静かに決意を固めていたー。
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菜々子とは対照的に、大手化粧品会社に勤め始めたミキの生活とは?